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鬼籍に登る

作者: 黒目

‐鬼籍に登る‐



「ウタ…。ウタっ……」

愛しい声がする。

「おーい…ウタ?」

私を呼ぶ、愛しい声。

足音と共に近づいてくる、愛しい人。

やがて私の姿をその瞳で捕え、小さく微笑む。

私はいつもここに居るのだから、探す必要などないのに。

それでも彼は、少しきょろきょろとしながら、いつもこの急な道なき道を登ってくる。

「……ウタ。」

もう一度、優しく私の名前を口にし、優しく笑う。

そして、ゆっくりと私に向けて、大きな手を差し出す。

私も真似て、ゆっくりと、細い手を差し出す。


重なる。

温もりを感じた。


今の私にとっての全て。

やわらかい、温もり。






―――私は幸せだった。

村の中でも、特別な家柄に生まれた私。

小さな頃から、必要以上なくらいの愛情を注がれて育った。

年を五つ数えた頃から、あらゆることを学び始め、その全てにおいて、飛びぬけた才能を披露した。

身体は美しく伸び、声は優しくも気高く、精神も清らかで、穢れなど知らなかった。

私は特に、武芸と着付けに関心を持った。

父と母は武芸が達者で、道場で汗を流す姿をみて、余りの華麗さに声を失った。

村を歩く大人の女性の、幾重にも重ねた着物は、鮮やかで私の心を奪った。



私の年が十五を数える頃には、私の美しさと強さは、村だけでなく、隣の国にまで知れ渡っていた。

いつのまにか、村の人々は、私を「神子」と呼ぶようになった。

私が祈れば、風が音を鳴らしながら吹き、雨を乞えば、雨雲が競い合うように私の上の空に集まってきたし、何より私は、神の名を冠する一族の、百八年ぶりに生まれた長女だった。


十三になった頃、だんだんと婚姻の話題があがり始めた。

村一番の力を持つ私の家。

隣の国で長を務める家の長男までもが、名を捨ててでも、私との婚約を望んだが、私は頑なに拒んだ。

私には、ずっと前に誓い合った人がいたから。

幼なじみの、(そう)

実際は、「そうえもん」と難しい漢字で書くのだけれど、幼かった頃の私にはさっぱりで、ずっと「(そう)ちゃん」と呼んできた。

宗ちゃんの方も、私の名前がよくわからなくて、勝手にウタと名づけて呼んでいた。

「宗ちゃん」「ウタ」

お互いそう呼び合って、いつも一緒に遊んだ。

宗ちゃんのお父さんは、とても偉大な封士で、よく妖魔の噂を聞きつけては、隣村までも飛んでいって、あまり会う機会がなかった。

宗ちゃんもそのことでいつも寂しそうで、よく私の隣で泣いていた。

私はそこで優しく頭をなでてあげるのが大好きだったから、宗ちゃんのお父さんが帰ってきてほしいのかどうかはよく分からなかった。

何でもできる私といつも一緒にいた所為で、日陰者だった宗ちゃん。

封士としての素質はそこそこで、それ以外はとても平凡な地味な男の子。

それでも、私が一番欲しかったのは、その平凡さだった。

まだ七つくらいの頃、最近なかったと思ったら、急に私の家まで来て、お父さんが帰って来ないと泣き喚いた宗ちゃん。

このときは、いつもの倍くらいの涙が溢れていて、頭をなでてあげても、なかなか治まらなくて不安になった。

それで、いつもと違うことをして笑わせてやろうと思って、私は庭の虫を捕まえようとした。

そのとき、私はもらったばかりの鮮やかなお気に入りの着物を着ていて、慣れていない格好で急に動いたものだから、見事に転んで着物を汚してしまった。

お気に入りの模様が土色で染められたのを見て、私はこころに大きな衝撃を感じた。

瞬間、私の意思もなにも関係なく、大粒の涙が溢れ出してきて、私は恥など知らずに大声で喚きだしてしまった。

悲しみでいっぱいのはずの心の隅で、私はこの後の酷い状況を思い浮かべていた。

子供二人の泣声が奏でる歪な音。

きっとお父さんが叱りにくるのだ。

少し不安も重なって、さらに大きな声で泣く私。

でも、泣き声は一つだった。

少し不思議に思っていると、頭の上に柔らかい手の感触がやってきて、それは私を慰めるように動いた。

視線を上げると、下唇を噛んで、必死に泣くのを堪えながら、私の髪をわしゃわしゃとなでている宗ちゃんの姿があった。

その姿はとても大きくて。格好良くて。男らしくて。

ずっと面倒を見てあげていると思っていたのに、いつの間にか宗ちゃんがお兄さんになっていた。

「……僕が、そばに…いる…よ」

まだ少し嗚咽の残る声で、宗ちゃんは優しく言ってくれた。

「ずっと…ずっと…そばに……いるから」

もう一度、今度は力強く言ってくれたとき、私は感じた。

私たちはお互いに必要としているのだと。幼い七つの心で。

それから、二人で小指を結んで、「えいえん」を誓った。

結んだのだ。

破られることのない、約束を。―――



 


手には、まだ優しい温もりが残っていた。

宗ちゃんは帰ってしまった。

此処(ここ)には長くはいられないから。

縛られた空間。

生のない、空間。

さっきまで重ねていた手を頬にあてる。

人の、温もり。

ほとんど忘れてしまったけれど、宗ちゃんのだけは覚えていられる。

それだけで幸せだった。

こうして幸せを感じると、宗ちゃんは幸せなのかどうかと考えてしまう。

私のことなど忘れてしまえば、きっと幸せになれるのだろうに。

私は分かっている。分かっていて、宗ちゃんを求めている。

こころが消えそうになり、泣きたくなった。

けれども、もう流すための涙など、とうに枯れてしまっていた。 

私は目を閉じ、手を手で包み込む。

温もりが消えないように。




―――私は十七になった。

婚姻の話は、もうみんな諦めていた。

宗ちゃんは確実に封士としての実力が上がっていて、村全体で、私と宗ちゃんの仲は認められているようだった。

お父さんは、婚姻を諦めた代わりに、道場を継ぐように言った。

よりいっそう武芸に力を入れた私の強さは、村どころか周辺諸国に敵はいないと称されるようになった。

私はそれでよかった。

毎日大好きな稽古をして、時々自慢の着物を身にまとって宗ちゃんと歩く。

私たち二人は、村民全員の憧れの的だった。


幸せ、だった。


ある日、隣の国で道場を開いているという男が、弟子を何人か連れてやってきた。

どうやら、私の噂を聞いて、女が男より強いなどありえないと考えたらしい。

私のそばにいると誓った日以来、道場にも一緒に通っていた宗ちゃんが、

「僕に任せて」

と、一言だけ残して、男達のもとへ向かった。

なにやら話したあと、相手の男と宗ちゃんが模擬戦をすることになった。

まず自分を倒してからにしろ。とか言ったのだろう。

宗ちゃんは最初、見るからに武芸に秀でているとは思えない体つきだったけれど、誰よりも努力して、今はかなりの腕前になっていた。

二人は、お互いに木刀を持って向かい合う。

相手の男のほうが、頭二つ分も大きい。

誰かが、甲高い声で合図をしたあと、大きな音とともに二人が打ち合う。

相手の男は思ったとおりの、力任せの戦術で、宗ちゃんは隙をみて、反撃を繰り返している。

互角だった。

荒々しさのなかにも、相手の動きをしっかりと捉える目を持つ相手の男。

正直、宗ちゃんもかなり強い方だと思っていたので、驚いていた。

何分か打ち合ったあと、相手の木刀が宗ちゃんの腕を捉えて、宗ちゃんは負けてしまった。

それでも、相手の弟子は動揺している。

自分の師匠と、相手の道場生が互角に戦ったのだから、驚くのは仕方ない。

そんな様子に気付いたのか、相手の男は、大きな声で罵倒し始めた。

この程度なら、噂の女もたかが知れている。とか、こんな道場来る価値もなかった。だとか。

それが、普段のあの男の態度を考えたら、弟子を不安にさせないための虚勢だということは理解できたのに。

私は異様に腹が立った。

私のことより、宗ちゃんが馬鹿にされたことに腹が立った。

互角だったくせに。あんなに努力している宗ちゃんを馬鹿にして…!

私は男の方へ、足を鳴らして進む。

 勝負を、挑んだ。―――




宗ちゃんが、そろそろ来る頃だ。

私は意味もなく、髪を手でとかしたり、着物についた埃を払ったりする。

いまだに、こんなことを気にするのだから不思議だ。

何故か、今日は気分がいい。

幼い頃の夢でも見たからだろうか。

いつもより少しだけ笑顔で、宗ちゃんを待つ。

待つ。宗ちゃんを。

けれど。

待っても。待っても。


……宗ちゃんは、来なかった。



―――木刀を振る。

目の前の男に向かって。

相手は防戦一方だった。

ただ、ただ振る。

このときの私の剣は、初めて穢れていたのだろう。

怒りを源に、力任せに、振る。

そして、相手の男が反撃を食らう覚悟で木刀を振り下ろす。

私は、それをあっさりとかわす。

目の前には、腕。

宗ちゃんにあてたのと同じ場所。

このときの私の剣は、卑しかった。

その腕目がけて、私は初めて「本気」で木刀を振るった。

自分でも驚いた。

こんなにも、疾く振ることができたのだ。

こんなにも、力強く振ることができたのだ。

こんなにも、鋭く振ることができたのだ。

目の前には、相手の苦しそうな顔。

視界の端には、青ざめた顔をした弟子達。

次の瞬間、視界いっぱいに、真っ赤な紅。

鮮やかすぎる、紅。

私は声を失った。

相手の腕が、私の横に転がっていた。―――



涙を流す。

枯れたはずの涙を。

宗ちゃんが来なかった。

此処に閉じ込められて以来、こんなのは初めてだった。

三年間、どんな空の日だって。

三年間、どんな体調の日だって。

三年間、どんな祝い日だって。

朝日が昇って、少しすると、優しい足音を連れてやってきた宗ちゃん。

欠かさず、私に笑顔を向けてくれた宗ちゃん。

……胸が苦しく、痛い。

ねじ切れるくらいの痛さ。

どんな稽古のときだって、こんな痛みはなかったのに。

痛みの種類自体が違うみたいだ。

私の何処かでは、宗ちゃんはこのほうが幸せなのだ。だとか考えているけれど、私のこころはそんな考えを頑なに否定していた。

宗ちゃん。宗ちゃん…。

偶然かもしれない。

明日にはまたあの笑顔でやって来るかもしれない。

でも、そんな考えはすぐに捨てた。

あの約束が破られたのだ。

もう、宗ちゃんは来ない。

涙が溢れる。

ずっと。ずっと。

止め方なんて知らなかった。



―――正直、模擬船の後のことはあまり覚えていない。

お父さんが来て、場の収拾に躍起になっていた。

相手の男は、片腕を失ったショックで、抜け殻のようだった。

そんな中で、はっきりと覚えているのは、相手の男の弟子が、去り際に「この妖魔が」と吐き捨てていった言葉だった。

三つ夜を越えた頃には村だけでなく、周りの国にまでこのことは広まっていて、いつの間にか「神の子」と呼ばれていたはずの私は、「鬼の子」と呼ばれていた。

私が外に出なくても、

「木刀で人が斬れるのかよ…」

「昔から、不思議すぎる力があったし…」

「宗も可愛そうだね、封士なのに鬼の子と…」

聞こえる。私の鼓膜が震えなくても、何処かでそんな会話がされているのが。

悲しくはなかった。

自分は少し人から外れた存在なのはなんとなく分かっていた。

本当の自分に気付いて、みんなが怖がるのは当然だと思った。

それでもこころが痛んだのは、あの試合のあとの日も、毎日私の家まで様子を見に来てくれる宗ちゃんに対してだった。

思えば、あの幼い頃に「えいえん」を誓って以来、一日も宗ちゃんの顔を見ない日は無かった。

何事もなかったように毎日私に笑いかけてくれる。

もう、私にとって宗ちゃんが全てだった。


その数日後だった。

私はお父さんに連れられて近くの山に向かっていた。

私とお父さんは口を聞かなかった。

どこか、他人のような空気さえ流れていた。

頂に近づいてくると、小さな洞穴があるのに気付いた。

そこには、何人かの大人達。

私は、自分がどうなるのかなんとなく理解していた。

お父さんが、洞穴に入るように促す。

大人達は少し怯えているようだったけれど、私はなんの抵抗もせず、表情も変えず、従った。

こころの中では、まだ怯える大人達を嘲笑っていた。

大人の一人が、洞穴の入り口に立つ。

見たことのある顔だった。

愛しい人の面影がちらつく。

宗ちゃんのお父さんだった。

頬に大きなあざが付いていたけれど、すぐに分かった。

いままで、ぼんやりとしか覚えていなかったその顔を、私は一瞬で記憶した。

宗ちゃんのお父さんは、よく分からない文字が蛇のように書かれている札を、入り口に並べている。その間、ずっと無表情だったから、私も無表情でその様子を眺めていた。

札を並べ終えると、先ほどの大人達と共に、なにやら唱え始めた。

とても不快な声だったけれど、私は表情を変えなかった。

大人達のほうに目を向けると、お父さんはもういなくなっていた。

こころが、渇いてく。

もう、どうでもよかった。

私は目を閉じ、不意に襲い掛かった眠気に身をゆだねる。

私は、洞穴に封されたのだ。



目など覚めなくてもよかったのに、朝日の光に起こされてしまった。

なにもない空間。

入り口には、荒い柵がしてあり、戒めのように札が巻きつけてある。

近づいただけで、気分が悪くなりそうだった。

することなど何も無く、自分でこころを空にして、過ぎ行く時間だけを眺めていた。


しばらくすると、足音が聞こえてきた。

見回りにでも来たのだろうか。

足音は一つ。

ゆっくり、ゆっくり、近づいてくる。

私は気にせず、そのまま呆けたままでいた。

しばらくして、足音がいよいよ洞穴の前で止まる。

柵の前に人影。

その人影を見た瞬間、私は空だったこころが、一気に満たされていく気がした。

「宗ちゃん!!」

私は駆け出した。

嫌だった柵など関係なしに。

「宗ちゃん!宗ちゃん!!」

柵に寄りすぎて、腕や膝を打った。

札に触れた所は熱くて焼けているような感じがした。

けれど。そんなこと、どうでもよかった。

愛しい、愛しい人。

涙を瞳いっぱいに溜めて、私は宗ちゃんを呼んだ。

「宗ちゃん…。」

「…ウタ。」

私の名前を、呼んでくれた。

優しい声で。

二人の間には柵があったけれど、私はいつもよりずっとそばに宗ちゃんを感じた。

涙が、溢れる。

「……ウタ、ごめん。止められなかった」

最初、言っている意味が分からなかったけれど、宗ちゃんの顔にできたあざと、昨日の宗ちゃんのお父さんの頬のあざを思い出して、すぐに分かった。

必死に、止めようとしてくれたのだ。

私を守ろうとしてくれたのだ。

愛しさが、涙と一緒に溢れる。

どの感情からくる涙かなんて分からなかった。

今の私は、小さくて弱かった頃の宗ちゃんにそっくりかもしれない。

そんなことを考えていると、宗ちゃんが優しく手で拭ってくれた。

宗ちゃんの手には、札が包帯のように巻いてあった。

「今の僕には、結界の中に、この手を入れるぐらいしか力がないけど…

 約束する。必ずいつか父を越えて、ウタをここから出してあげる。

 もちろん、『そばにいる』約束も守るよ。毎日この時間に此処に来る。絶対に。」

宗ちゃんが私の手を握る。

すごく暖かくて、優しい温もりがあった。

宗ちゃんは、これでいいのだろうか。

幼い頃誓った「えいえん」が、宗ちゃんを縛り付けてしまうのではないか。

そんなことも考えたけど、私にとっての世界は、もう宗ちゃんしか残っていなかった。

私は、握り返した。

約束と共に、愛しい人の手を。―――



泣き疲れた。

宗ちゃんが来なかった。

それは、私の世界が終わったのと同意義だ。

悲しい。とか、苦しい。では表現できない。

終わった世界で、私が生きていける訳が無い。

涙は、まだ止まらない。

「……ウタ。」

急に呼ばれた気がして、驚く。

倒れたままだった体を起こすと、目の前に、宗ちゃんの姿。

なんで?

なんで、この洞穴の中にいるの?

急に宗ちゃんの力が強くなった?

そんな訳ない。

目の前にいるのは宗ちゃんなのだろうか。

「…ウタ。」

もう一度、私を呼ぶ。

抱きつけばいいのに。

なんでいるのかとか、そんなこと考えずに、宗ちゃんの胸に飛び込めばいいのに。

私は、おかしくなっているのだろうか。

宗ちゃんが、ここにいる?

なんで?どうやって?

ずっと、意味もなく思考が回り続ける。

そうか、夢なのか。

約束が破られてショックを受けて、泣いて、疲れて、眠ってしまったのか。

そう考えると、急に目の前の宗ちゃんがぼやけていく。

夢なんでしょ?

頭が割れそうになる。

苦しい。

「…ウタ?」

宗ちゃんの顔に、不安が影を落としている。

そんなことしたって、私の目はごまかせない。

夢なんでしょ?あなたは。

確かめなきゃ。

ほら?よくあるじゃない。

夢かどうか確かめるために、体のどこかをつねったりするあれ。

確かめてあげる。

いつの間にか、私の手にはあの日の木刀。

急におかしくなってきた。

口元がゆるむ。

頭の中で閃光が走った気がして、目が眩んだ。



ゆっくり、目を開ける。

目の前に宗ちゃん。左にも宗ちゃん。右にも宗ちゃん。後ろにも宗ちゃん。

斜め前にも、斜め後ろにも、宗ちゃん、宗ちゃん、宗ちゃん。

そして、私の手に、紅に染まった木刀。

私、幸せ。

宗ちゃんに囲まれて生きている。

胸の奥から、笑いが込みあげてくる。

嗤う。

いままで出したことのない声で。

血に汚れた手を高々と上げて、嗤う。



目が覚める。

体は異常な量の汗をかいていた。

夢。

よかった。あんな恐ろしい光景、もう見たくもない。

ふと、疑問に思う。

どこからが、夢?

私は、自分の手を見る。

温もり。優しさ。苦しみ。悲しみ。

村。道場。屋敷。山道。

大人達。お父さん。

宗ちゃん。ウタ。


そうか。夢。

全部、夢。

さっきまでの感覚が、渇いた音をたてて崩れていく。

目を逸らし、見えなくしていた現実が覆いかぶさってくる。

やがて、私は戻ってきた。

やわらかい夢の中から、この現実へ。


私は、鬼。

洞穴に封され、過ぎ行く時間に身を任せ、永劫を生きる鬼。

それが、私。

感情などとうの昔に捨てたはずなのに、こんな長い夢を見るなんて。

人の夢は儚いと聞くけれど。

鬼の夢はなんて残酷なのだろう。


こころを、空にする。

私は、ここにいる。ずっと、このまま。


「………。」

何か、聞こえた気がした。

私を呼ぶような声が。

「………。」

確かに聞こえた。

耳を澄ませていると、今度は手が伸びてきた。

何処かで見たことがあるその手。

何か巻いているようだけど、よく見えない。


…彼の手だ。

私は思い出す。

さっきまで笑顔を向けてくれていた彼。

でも、あなたは、私の世界の中で生まれた夢に過ぎなかったはず。

手は、必死に私のほうへ伸びてくる。

ただただ、私を目指して。

「……迎えに来たよ。」

はっきりと、聞こえた。

「約束、やっと守れる…。」

あの人の、声。

信じられなかった。

「なんで…あなたは私の夢に出てきただけ…

 また私は、夢を見ているの?」

「違うよ。此処は確かに君が息をしている現実…」

「じゃあどうして?どうしてあなたが此処にいるの?」

混乱する。さっきまでのような絶望の続きなら、もうたくさんだったから。

だけど。

彼は、優しい声で言った。

「約束、しただろう?」

「……っ!」

…胸が張り裂けそうになる。

覚めて消えていった夢の中の、「えいえん」の誓いを守り抜こうというのか。


彼が、愛しい。

捨てたはずの感情が、彩りを取り戻していく。

こんなことがあるなんて。

夢みたいだ。

夢?やっぱり、今の私は夢をみているのだろうか。



…今度は考えなかった。

導かれるように、私はその手を掴む。

強く。強く。離さないように。

この手は、きっと私を明るい場所に連れていってくれるから。


夢の中でしか触れられなかった彼の手が、今こうして私の手を包んでいる。


優しい温もりと約束が、そこにはあった。


初めての投稿作品。

初投稿でいきなり夢オチってのは案外斬新・・・?ではないですよね。スイマセン。

いろいろと突っ込み所満載のこの小説を最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!

よろしければ、感想をいただけるとうれしく思います。

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