ラムネのビー玉
暑かった日に思い浮かんだお話。ゆるーくお読み下さい。
5月だというのに、茹だる様な暑さでうんざりしていた日曜日。
約束したわけでもないのにいつもの様にやって来たアイツは、近所の駄菓子屋で買ってきたであろうラムネの瓶を「ん」という声と共に渡してきた。
縁側に差し込む陽の光がラムネの瓶に当たって、律儀に開けてくれたのかサイダーの中に沈むビー玉がキラリと光ったのを見て。
ああ、コイツに似てるな、と思った。
私こと木村真波には、とてもおキレイな幼馴染がいる。
何処かの王子様みたいに勉強も運動も出来るわけではないけれど、整った顔立ちに高身長、落ち着いていて物静かとあれば、世の女子達が騒ぐのも無理も無い事だ。
私が幼馴染と知れればイジメられるのではないかと思うが、アイツは学校で殆ど私に話しかける事はなく、毎週日曜日に家でやる祖父同士の囲碁に付き添って遊びにくるだけなので、知られる事はほぼないだろう。
仲が良いのかどうかは、正直よくわからない。
私も憂樹も、あまり自分から話しかけるタイプではなく、お喋りよりも静かに本を読む方が好きだったから、遊びに来たと言っても、二人で黙って同じ空間で本を読んでいるだけだった。
たまに、
「その本、面白い?」
とか、
「その作者、来月新刊出すよ」
とか、話すだけで他に何かあるわけではないけれど、何故か私は憂樹の事が好きになった。
憂樹の側が、居心地良いからかもしれない。
激しく燃え上がる様な恋ではないけれど、ふとした瞬間に「あぁ、好きだなぁ」と感じる、のんびりとした想い。
母には何故か筒抜けで、
「アンタ、恋までそんなのんびりでどうすんの。誰かに取られちゃうわよ!」
と、小二時間ほど肉食系女子の恐ろしさと手腕を延々と聞かされたが、やはり自分からどうこうしたいとは思わなかった。
そもそも、私達が付き合っているところすら想像出来ない。
きっと、私は今のこの関係が一番好きなのだと思う。
「まな?」
ラムネを受け取ろうとしない私に首を傾げる憂樹を見て、小さく笑って誤魔化して「ありがと」と瓶を受け取った。
「ラムネの気分じゃなかった?」
「いや、ちょっと昔のこと思い出してた」
「あぁ、もしかしてラムネさんがころんだ事件のこと?」
「なに、そのネーミング」
おかしな名前も笑えたけど、何よりも覚えていてくれた事が嬉しくて、私は笑った。
あれは確か5歳の夏。
お祖父ちゃんが買ってくれたラムネを、今日みたいに縁側で飲んでいた時。
カラン
ビー玉の音が聞こえる度、私は気になって憂樹を見ていた。
ゴクゴク カラン ゴクゴク カラン
カランのタイミングで必ず見るものだから、可笑しくなったのか憂樹が笑った。
「何か、だるまさんがころんだ、みたい」
「だって、カランって気になるんだもん」
「まなだってカランってしてるよ」
「だって、のんだらビー玉がうごくんだもん」
最後の一口を飲んで瓶を立たせたら、やはりカランと音を立てた。
「ねぇ、ゆうちゃん。このビー玉取れる?」
「かして」
飲み終わった瓶を渡すと、憂樹は上の所を捻ったり引っ張ったりしたけれど、びくともしない。
「むり。とれないよ」
「でも、ビー玉ほしい」
「ビンをわらないと取れないよ」
「わかった。かして」
そう言ってビンを受け取った私は縁側から玄関に出て、コンクリートの塀にビンを投げつけた。
ガシャーン
大きな音と共に破片が飛び散り、短パンからのびた足が切れて、私は大泣きした。
大きな音を聴きつけて、慌てて飛び出した母が飛び散ったガラスを見て事を察し、大泣きしている私の頭にゲンコツを落として私は更に激しく泣いた。
あれからラムネ禁止令が出たが、もう十二年も前の事だから時効だろう。
あの日と同じように、隣で音がする。
ゴクゴク カラン ゴクゴク カラン
「ねぇ、ゆうちゃん。このビー玉とれる?」
「かして」
空っぽの瓶を渡すと、憂樹は立ち上がって台所へ向かった。
しばらくして戻ってきた憂樹の手には、外れたキャップとビー玉。
「どうやって取ったの?」
「栓抜きで上外して取った」
はい、と渡されたビー玉が、手のひらで光る。
「瓶を壊さなくても、取れるんだ」
「昔は知らなかったけどね」
そう言って笑う憂樹は、やはりラムネのビー玉みたいにキレイだった。
瓶=今の状況。昔は手が届かなくとも、今は届くかもよ!まなちゃん!