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Real;Users  作者: 熊蜂
一日目
9/44

Enigma【一別以来】

 O市の南端にある、小さな町、T町。


 そこに佇んでいるのは少し古びた一軒家の密集地。虎龍王(こたつおう)は陸上プロレベルの瞬発力と、果ての無い体力でその付近にまで来ていた。


「……解除…してみるか。」


 懸念の声を浮かべながらも、変身を解除すると宣告した。


 移動中に虎龍王は端末の【設定】で、【変身】機能を【音声認証 有】に変更していた。


【機能;変身 を解除します】


 プリズムの様な光が体を包み込み、一瞬にして変身は解かれた。その間の感触には全く違和感は無く、もう馴染めたかのように思えた。


 そして恐れていた右頬に手を(かざ)してみる。……痛みはない、瘡蓋(かさぶた)のような違和感も無い。


 ……完治している。無かったことのように、傷も何もかも。


 【Real;Users】の体は不思議だ。


 それはそうと、春とはいえまだ夜は寒い時期だからさっさと目的の家に入らなければ……


 朧気な記憶を頼りに、一つの一軒家を探す。


 体力もなければ速さもない、アルビノの体だから少し歩くだけでもバテるのは早い。だけど、【虎龍王】の体でそのまま行くのは何か……嫌だった。


 数十分後、僕は記憶と重なるような雰囲気の家を見つける。


 そして、引き戸に軽いノックをする。


「……こんな夜部遅く、誰なんだ全く……」


 かったるげな声が聞こえるが、まだ起きていたようで、応対はしてくれた。


「……お前、滉か!?」


 戸を開けて応対したのは白髪の生えた初老の男性。富凍 明王(ふとう あきお)


 言うまでもなく、僕の父……といっても僕が小学二年生の頃にはもう離婚し、別居していたが。


「とりあえず上がりなさい。」


 お父さんに会った僕は今になってとても申し訳なく思い、無愛想にも暗い顔で頷くことしかしなかった。


 しかしお父さんは僕に対して追求するのではなく、温かい部屋に入れることを選択した。


「……芽衣(めい)とは上手くやってるのか」


 富凍 芽衣(ふとう めい)……ブランギャズに殺されたが、僕のお母さんだった人だ。


「…………」


 黙るしかなかった。衝撃的な事をそんなベラベラと、言えるわけがないし、自分自身もあまり言いたくはない。


「……いや、お前一人でこんな場所まで来れるなんて流石に思ってはいないし、ここまで来るなんてよっぽどの事なのは解ってるつもりだ。」


 これも言うつもりはないけど……信じられないと思うが……一人で来たんだ。


「……飯は食ったか?」


「いえ、まだ。」


「今日はカレーにしたからまだちょっと残ってるんだ、よかったらカスってくれ。」


「……はい。では、お言葉に甘えて」


 僕は父にカレーをよそってもらった。匂いは……割と辛そうだ。


「カレーは一日目に限るからなぁ、二日目のドロドロしてるのは嫌いだろ?」


「ええ、わかります。」


「芽衣になんて教わったかは知らないが……あのな滉。そんなよそよそしい態度取らんでいいからな?形はどうであれ、()()、なんだからよ。」


「……はい。」


 可哀想なお母さんとは違って、馴染めそうだ。食の細い僕でも、特別このカレーライスにはスプーンが進んだ。


「……まぁいいさ。今日は疲れただろ、もう布団を用意してるから、そこでゆっくり休んでくれ。」


 経緯を全く話してないし、ここ10年以上、顔さえ見ていないのに、どうして、僕に対してそこまで優しくしてくれるのか。


 ──家族って、そういうものなのだろうか。


 今日の僕は、その疑問の中、夢の中に放逐されていく。


 ネオン飛び交う淡麗な街景色、嘗て中小企業しかなかった廃れた街も水で潤えばみるみると成長していくものだ。


 そして秀でて立ち尽くす超高層ビル、■■■■株式会社──【Real;Users】を製作してるゲーム会社の本部だ。


そしてその12階の社長室に二人の男女がいる。


 「アンジェラ様、アイスティーが入りました。」


 アーロンチェアに座る真っ青なスーツと金髪の目立つ伊達男、アンジェラ・(かのう)


 そしてもう一人、まさしく大和撫子と言える美人秘書は社長の机に高級店舗の厳選された紅茶を出す。


「うん、良い香りだ。」


 鼻で香りをすすり、そして、味を楽しむ。


 茶とは娯楽、安らぎだけではない。


 茶とは猛毒である。

──甘い茶という魔に魅せられたものは、苦い茶をすする事はできない。


──前者に陶酔したものはいつかその毒性に身体を蝕まれる。だからといって後者に陶酔したものの結果も前者と違うわけではない。


──結局どちらも身体を毒されて溺れる()()だ。


 カフェイン?違う違うそうじゃない。これはロマンある話さ。

 苦いのにも甘いのにもそれぞれの良さはあるし、別に紅茶ばっかり飲んでたっていいよ。


 それで甘ったるい勝利の美酒の人生を送ろうが、渋ったるい敗北の苦汁の人生を送ろうが、構わない。僕は前者の方だがね。


 でも()()はその二択だろ?


 僕は辛ったるいカレー味の人生を自分から歩む人間なんて知らないって言いたいんだ。そう、誰かさんの様にね。


「それにしても、君を秘書にできて、やはり私の目に狂いは無かったね。」


「はい、アンジェラ様のお蔭で本当に助かりました。加えて今日はこのような機会を設けさせて戴いた事にも感謝しています。」


 美人秘書はにっこりとした笑顔で、深々とアンジェラに頭を下げる。


「うん、良い子だ良い子だ」


 飼い犬の様な扱いで、美人秘書の頭を撫でる。勿論、アンジェラと秘書の信頼あっての対応と言える。


【フェットチーノ 様が登録されました】


 端末から発せられたのは3m以内の【情報共有】のメッセージ。その通知音が聞こえたのは秘書の端末。


「アンジェラ様、お下がりを、私が対処します。」


「いや、いいよ、ちょっと()()したいことがあるからさ」


 扉の真っ正面を突き破る【Real;Users】が現れる。


「アナタがアンジェラちゃんかしら?良い顔してるわね?」


「だけどね、ワタシはアナタの下らないデスゲームを止める為に来たのよ。参加者諸とも全員を救いに、そしてアナタを倒しにねッ!」


 【Real;Users】はとんでもない俊敏性でアンジェラに突進する。それだけでも並の一般人なら即死が確定するほどまでの質量と速度で。


 アンジェラにはそれを防ぐ手段も無ければ避ける手段もない。思うがままに受けるしか無く、呆気なくぶっ飛ばされる。


 宙に、踊るように四肢の肉体があり得ない方角へ曲がるのを止めずに、糸の切れたマリオネットのように地に伏せる。


「……良いですね、その“能力”。とても良いデータが取れますよ。」


 【■RESET;状態 をRESETします。】


アンジェラは先程の猛攻が何もなかった事のように、実質傷も何も無い状態で立ち上がる。


「へェっ、ソレが貴方の【能力】、かしら?」


「……んー……半分正解ですが違いますね、これは」


「利用規約はご参照なりましたか?特に最後の部分。」


 虹色に目が光ったアンジェラは目前の【Real;Users】の顔面をを腕いっぱいに掴む。


 【Real;Users】はアンジェラに目を合わせた瞬間、メデューサに睨まれたかのように何も出来なくなった。動けなくなった。


「その程度で……ぐぐ、ぐんぬぬ……」


そして第●条 準拠を【Real;Users】の耳元に呟く


「本利用規約は、【Real;Users】そのものは絶対的に法が適用されない、平等なデスゲームとなる為に作成されたもので、【Real;Users】の適用法は本利用規約のみとなります。」


「【Real;Users】と当最高責任者の間で問題の必要が生じた場合、当最高責任者は【Real;Users】にその問題の記憶を強制的に抹消す


 【Real;Users】に対して勝利を確信した為か、ペラペラとコピーペーストを音声認証する運営。


 だが、【Real;Users】はその程度で終われる存在ではなく、この【能力?】を緩和していた。そして、コンマを超えるスピードで、ラリアットをお見舞いする。


「な……ッ!」


 アンジェラは窓ガラスの方向へと真っ直ぐに飛ばされ……


 【Real;Users】は追撃を止めない。アンジェラの飛ばされる反対方向に既に位置していた。そのまま容赦なくアンジェラにアッパーカットをプレゼントする。


「ワタシの【超軟体化】は【概念操作系】……?だったかしら、とも効能があるらしいわネ!」


 それで攻撃が終わることはない。天井に当たるギリギリまで跳躍し、マグネットに引き寄せられるようなアンジェラの心臓を貫くが如く発勁で、地上に叩きつける。


 そのまま馬乗りにされたアンジェラに喋る機会は与えられない。【能力?】の発動すら許さない。殴る、殴る、殴る、殴る、殴らなければ、確実に自分は此処で終わってしまう。


 目を潰せ、喉を潰せ、脳を潰せ、原型を潰せ。そうしなければ、一握りの可能性すら掴めない。


 バキッ、バキッ、バキッ、ドシュ、ドシュ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ……


目の前に見えるのは肉塊、肉塊に見えた筈だった。


「それで、終わりですか?」


 目の前に見えた肉塊は存在しなかったかのように視界から消えており、背後からアンジェラの声がした。


 【Real;Users】は振り返ることすら許されなかった。


 そして自分でできることは何一つなかった、という後悔が芽生えた。


 【能力?】は疎か、【運営】が何者で、なんでこんな事をしてることすらも解らなかったから。


「そんな……あッ」


 今度こそ、【Real;Users】は石化したが如く、微動だにしなくなる。


「貴方はもう私の傀儡です。……ふふふ、こうやって戦ったのは久しぶりですね。」


 【■RESET;記憶 をRESETします。】


 【YES ← NO   】

 【YES←  NO   】


「あッ……」


 【Real;Users】は電池切れのロボットのように目に光を失い、一瞬にして意識を失った。


「最後に、参考として。()()()()事はありますね。結果的に皆さん()()()()()だけですから。」


「こんな速く乗り込んで来るとは思いもしませんでした。だってほら、デスゲームのゲームマスターって、最終回ギリギリとかでようやく判明する奴じゃないですか?……まあまあ、現実世界ですので、そんなテンプレートが許される訳が無いのは重々承知ですけども」


「……コホン、不自然に殺しては逆に見つかりやすいので、まぁ、デスゲームの潤滑油として踊らせてあげましょう。」


アンジェラは気絶した【Real;Users】の首根っこを掴み、秘書と共にエレベーターで見晴らしの良い屋上に昇る。


そして、雑に【Real;Users】の身体を砲丸を投げるように空高く飛ばし、屋上から、下へ下へと急降下していく様を笑顔で見つめていた。


 【■RESET;座標 をRESETします。】


「お言葉ですがアンジェラ様、【利用規約】にアンジェラ様自身のお名前が書かれているのでてっきりそのようなものかと……」


「え?あれ?そんな事書いた覚えないけどねー……」


 【利用規約】の不自然な要項を見つけ、首をかしげる。


「……【()()()()】を()()された?」


 アンジェラ・叶は難しい顔へと切り替わったが、笑顔は絶えなかった。何故なら、単純に楽しいからだ。主催者である自分自身も謎を解き明かす、という探偵気分でいるのだ。

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