Hitchhike【自我迷宮】
◇
デスゲーム三日目
新しい週の始まり。
社会人、学生は6~7時に起床、出発し職場、学校へ向かう。
特に電車はこの時間帯に満員になり、激しいぶつかり合いを今日もどこかで繰り広げている頃合いだ。
デスゲームが行われていようと、見せかけの日常は当然の様に継続される。
日常という大いなる存在にデスゲームは無力、満員電車同様、どこかで繰り広げているだけだ。
◆
昨日の【蒼蟲】との邂逅。
藤野 赤兎は戦いの末負傷し、一日中自室のベッドの上で寝ていた。
そして、彼を連れ戻した【虎龍王】こと富凍 滉も行き場が無いからかずっと彼の様子を見ていた。
時計の針がちょうど7時を刺した時、赤兎は起き上がる。
「……大丈夫なのか赤兎?」
「…………」
赤兎は壁を見つめ、沈黙を続ける。
その沈黙を断ち切るために滉が言葉を添える。
「……昨日は正義の事について、考えていた。」
「僕に正義は難しすぎる。」
「……そうかい。」
相槌を打った後、昨日と同じような“正義”への返答を口ずさむ。
「すぐにわかる必要なんてない、君にも必ず貫きたい正義はあるは──」
赤兎の返答を途中で切って、滉自身の考えを突きつける。
「少なくとも、お前の正義に共感はしない。」
ようやく滉の方向へ振り向くが、赤兎の表情は“無”だった。
憤りも気だるさも興奮も感じ取れない“無”だ。
「正義の共感なんて逃避でしかない。同一の正義なんて存在してはいけないんだ。」
「だから常に、正義は追突しなければならない。」
「……だから、昨日そこまで……」
「鎌田 桐和は……正しいよ、許すことはできないけど……正しい。」
滉は顔をしかめる。
「僕にはわからないな。」
「許せない相手は一方的に悪と決めつければいいだけなのに。その方が余計なことも考えられずに、ずっと楽だ。」
「その通りだね。」
「その言い方だとまるで……鎌田 桐和に共感してるみたいじゃないか」
「そうかもしれないね。」
相槌を叩くだけの赤兎が滉の視界からは気持ち悪く見えた。
苛立ちを抑えつつも滉にとっての“一般論”を叩きつける。
「……悔しくないのかよ」
「悔しいとは違うな、俺は俺自身が不甲斐ないだけだよ」
いや、相槌が気持ち悪いのではない。
自分を卑下ばかりするで、自分から率先して破滅の道へと向かうその姿が気持ち悪い。
「なんで……なんでこう……息苦しい方向へ向かっているんだよ。」
「君もそうじゃないか」
滉本人には“気持ち悪い”理由が、「赤兎という存在が眩しすぎる」という事ぐらい初めからわかっていた。
「ッ!違う!僕は……僕は楽な方向にしか向かっていない!」
滉は自分自身の行いを誰かに肯定してもらうことを一番に恐れている。
自分がクズであること、自分の為にしか行動しないと思い込む事によって人間関係も自分自身の可能性からも避けていた。
もういっそ人間として扱ってくれない方が本人としても居心地が良かった。
「さっきからなんなんだよ!その情けない返事は!」
だが、赤兎は今まさに滉に感情を与え、その過程に期待している。
そうやって勝手に期待され、勝手に肯定されると滉の逃げ場は消える。
だから滉は否定してもらえるように必死に罵詈雑言をぶつけ、落胆させるしか無い。
「結局“正義”なんてその程度でしかないんだろうが!!」
本当に“その程度”なのは滉の思い込みそのものである。
ずっと見放してきた彼自身の自我があからさまに芽生えている。
初めの頃は冷めた反応しかしなかった滉がここまで感情的になって口擊したことは今までない。
「……ようやく、君だけの答えが言えたじゃないか。自我の芽生え……だね。」
◆
赤兎のマンションを飛び出し、滉はただ逃げていた。
アルビノの体だと過度でない運動すらできやしないのに、そんなことお構い無しに人目から離れるために、ただ走る。
(期待外れだ、僕の期待から外れた奴は捨てる、それが正しいんだ。完璧な人間なんて居ないし結局正義なんてその程度だし……でも、なんで、こんなに胸が苦しくなるんだ……?)
息は当たり前のように続かない。
冷たい空気が喉にしつこく当たって苦しい。
足にジンジンときしんで痛い。
(そんな事、1mmも考えたくない!余計な事考えるな!ただ無知で楽であり続ければいいじゃないか!!考えるな走れ走れ走れ走れ──)
ざっと200m程は走ったのだろうか。
呼吸の仕方も走り方も何もかも下品。
それでいて本人には、宇宙人から逃げ惑うような滑な姿を鏡を通して見れるほどの余裕も気力もない。
それでも行く宛も無いまま走り続ける。
息が続かなくても、体が痺れるように痛んで動けなくても、自分の情けなさだけは突っ走っていた。
(ゲホッ)
生理的に息が詰まり、体のバランスを崩して地に転げる。
「ゲホッゴホッゲホッ」
横腹が痛む。
加えて、初めて体験するこの痛みに不慣れだからか、立ち上がることもできない。
土の匂いが染み付いたままむせ返し、ゆっくりながらも呼吸だけは取り戻す。
「……死んでも直らないのかな、この腐った性根は。」
「僕には赤兎の人間性が眩しすぎて、とても近くにはいられない。」
建前。
「親のように優しくされたくないから、道具として扱ってくれることを望んだ。」
本心。
「なのに、なんで、なんで今更……優しくされたいって思ってるんだよ!」
「どっち付かずにも程があるだろう!!」
色々な感情が込み上げてきて自分で自分を抑えきれない。
罪悪感と、羞恥心が特に心を埋め尽くして、はち切れない思いがどっさりと貯まる。
痺れて動かない自分の足を触る。
「それに……走れるじゃないか。」
「アルビノだからって勝手に自分で限界を定めていて、自分の可能性を捨てていた……ってこと、忘れてた。」
今まで全部自己責任だと思い込んで、開き直っていた事も一気に誰かのせいにしたくなった。
どうしようもない憤りが込み上げる。
両親に対して一度でも謝罪を述べたくなる。
何に対しても中途半端以下で、自分自身何をしてるのかもわからないこの状況が嫌になる。
取り返しのつかないことばかりをして、それに対する懺悔の機会もデスゲームは与えてはくれなかった。
だが、それを気付かせてくれたのもデスゲームあっての事。
結局、事の発端は滉自身の人生の選択が悪かったからだ。
何者にもなれない癖に、力を持ったら何か変わると期待していた。
滉自身の貧弱な精神年齢では具体的に何をするかも決めていない。そんな人間に人生の転機が訪れるわけが無かった。
「全部……全部……僕のせいだよ……」
「…………なんで、こんな、事に……」
全てお前自身が望んだ事だ。
◆
滉の現在位置はO市南の植林地。
観光スポットとして整備され、歩道と車道と区別されている。
観光スポットと言っても流石に平日の早朝からの来客は多くない。
早朝からの客は歩道をトボトボと進む滉と、少しお高めの軽自動車だけである。
【Second=Second 様を登録しました】
【虎龍王 様を登録しました】
滉と軽自動車がすれ違った後端末が反応を示す。
「おや。こんな所で出くわすとは。」
反応と共に軽自動車は車を止める。
運転席のドアが開き、一人の男が降りる。
仁野 次郎。
警視であり【Real;Users】の男。
「……仕事がありますので時間を消費したくはないのですが。」
「……こっちも気分が良くない、放っておいてくれ」
「左様ですか。では、お互い……」
お互い停戦を受け入れ、見なかったことにしようとした。
滉も今はそんなつもりだったのだが、帰り道がわからない事に気付く。
仁野を引き留め、恥を重々承知でヒッチハイクを要求する。
「……すみません、車に乗せてもらってもいいですか。仕事場所で降りて構わないので。」
「助手席に座るなら。」
即答。
「……はい。」
◆
車に乗ってから3分ほど沈黙が続いたが、先程の受け応えから仁野は基本的に自分から話を切り出すタイプではないと察する。
コミュニケーションに焦りながらも滉は仁野に話しかける。
「えっと……名前を聞いてもいいですか」
「仁野です。仁野 次郎です。」
「どうしてデスゲームに参加を……」
「地位の昇進の為です。」
「……」
信号で止まっている間に仁野は片手で銀色の端末を開く。
「虎龍王……ですか。外出するタイプでは無いと思っていましたが。」
「たまたま外に出ただけです。」
「左様ですか。」
「……あの、仁野さんって取り返しのつかない失敗をしたことありますか。」
「ありません。」
「え」
「何一つ失敗はありません。」
「……なら、仮に失敗したとしたら……」
「隠蔽します。」
「え」
「そもそも無かったことにします。」
「……」
「まぁ……君の年齢なら人間関係の方だとは思いますがね。人生に割り切りは大事です。」
「生きたいように生きれば良い。他人に合わせることの何が良好と言えるのか、理解に苦しみますね。」
「情と信頼とでは意味合いが違います。信頼は実績を出してこそ作られるのです。」
出鼻は何度か挫かれたが、初めて自分の心を打ち明けられた気がした。
「……」
「ありがとう……ございます。」
2分間の沈黙が続くとO市警察署の前まで着く。
「着きました。」
「あ、はい」
滉は頭を下げ、車から降りる。
「それでは。」
さも何もなかったかの様に仁野は警察署の入り口へと入っていった。
「仁野さんは警察……だったのか。」




