Disguiser【鏡面擬態】
先程の廃ビルにまた足を踏み入れる。
内装はどちらかと言うと立体駐車場に近い、コンクリートで組み立てられた建造物跡である。
「……よいしょっと、ここが指定の場所だね。」
3階の左端に待つとの事。
既に変身している虎龍王を忍ばせ、赤兎は真っ直ぐその方向へ歩いていく。
「……あぁ。」
「呼ばれたのは僕一人だ。君は扉の影辺りに潜んでいてほしい。5m圏内にも行き届いていないからバレる事はない筈だ。」
「わかった。」
那須らしき影が見えた段階で赤兎は虎龍王を壁際に寄せて、見張る様に命じる。
「すぅ……はぁ……那須さん、迎えに来ましたよ!どこ……ってああ目の前か。」
口、腕、足をロープで徹底的に縛り付けられた那須がパイプ椅子の上に座っている。人質を取るというには些か雑。そもそも電話の主がいないのだから。
「……っ、……っ!」
「よし、口から外しますので待っていてくださいね。」
後頭部に結ばれたロープをほどき、那須の口を取り戻すが、その瞬間、那須は大声で言葉を発する。
そしてその顔の方向は天井だ。
「ろっ!、今すぐ、離れろ!」
【牙狼 様を登録しました】
【蒼蟲 様を登録しました】
釣られる様に天井を見た赤兎が目にしたのは巨大なカマキリ。
今か今かと待ち望んでいたかの如く……いや、初めからそこに居たのだ。
「ッ!!」
初擊を先ずは回避。
体重の重い那須も一緒に押し出したので動作が遅れたが、避けれない攻撃ではなかった。
「こっちだ、偽善者がァ!」
だが再攻撃に多少の時間間隔は存在しない。
腕の鎌を地面から掬い上げる様に勢いよく振り上げる。
「やれ!滉!!」
だがその前に彼らの“スイッチ”は起動していた。
「あぁ。」
【虎龍王 様を登録しました】
【蒼蟲 様を登録しました】
「……ッ!?なんだテメェ!?」
今か今かと待っていたのはカマキリだけではない。
戦闘に飢えているのも蒼蟲だけではない。
虎龍王も同じく、この瞬間を待っていたのだ。
「虎龍王……って言えば昨日から派手にカマしてた奴か……」
「初めから交渉の気は無さそうだな。」
ストーブレードを起動し、水平に斬りかかる。
迎撃。
蒼蟲の鎌は肉体由来のものだが、温度すら気にしない硬度と、断熱性を誇る。
「俺は正義面した偽物の警察が憎いッ!!今お前みたいな同類と相手してる暇は無ぇんだよ!」
次も、その次の攻撃も弾き返しと、鍔迫り合いが続く。
そもそもカマキリの目は約20000個の小眼で形成された複眼、触覚の間に3つの単眼が存在し、360°全てを見ることのできる視界を持つ。
それだけ眼球があれば、反射神経も動体視力も当然ながら人の倍以上保持する。言うなれば超近接戦闘特化型なのだ。
蒼蟲にとって虎龍王の斬擊など取るに足らない。
蒼蟲自身の発想を上回らない限りは。
「お前の正義など関係無い。」
鍔迫った瞬間、虎龍王の体重を蒼蟲に押し付ける。
そして、赤兎らが逃げたことを確認し、自分の背後を点火。
ロケットを飛ばす要領で点火した炎の威力を底上げし、蒼蟲の巨躯を動かす。
「ぐぉおおっっ!?押し出さッ──」
押し出した先は廃ビル外の雑草地帯。
3階から二人仲良く落ちていくが、その刹那蒼蟲の左手の鎌が振り上げられる。咄嗟に点火で爆発を起こし、反動の爆風で壁に身を寄せる。
「ぬがぁああああっっ!!」
そのまま蒼蟲は地面に転げ落ちるが、何一つとしてダメージは与えられていない。
「柔軟性に長けた身のこなしだな。」
純粋に戦闘に手慣れている、と感じとれる。
確かに【戦闘技能】という付加能力は変身後に身に付くものだが、実体験、鍛練の結果には劣る。
つまる所、この蒼蟲という【Real;Users】は鎌を駆使した戦闘、断定するならば“殺人”に慣れているのだ。
と、思案している内にある事に気づく。
「……?消えた……?」
いや、気づけなかった方が正しい。
蒼蟲の姿が消えた事に違和感すら覚えなかった程、さりげなかったのだ。
『じゃあ先ずは手始めにお前だ。』
いつの間に後ろを取られたのか、自分の想像とは逆の位置に斬擊が来る。
「ッ!」
(攻撃を往なすだけで精一杯だ……しかも攻撃が来るまでの間隔、位置がバラバラ……どこから来ているのだ……この斬擊は)
防御に徹する虎龍王の耳元で蒼蟲は呟く。
『善とは何か、言えよ。』
「……知ったことか。自分にとって何が正義で何が悪かなんて考えたこともない。」
蒼蟲の顔は酷く歪む。
『話にならねぇ。開き直って悪役スタンス磨いてる奴に言うのもアレだが……その面の皮、剥がせろよ!!!』
その激昂を原動力に蒼蟲の攻撃は苛烈を増す。
その速さは斬擊の残像が残る程。
「な……!」
隙は与えさせない。
鎌の尖端を立たせ、太鼓を叩く様に山なりの連打を繰り出す。
「に…………ぐわぁッ!」
避けることができない。
打撃の度鎧にヒビが、砕ける音が、削岩と重なって響く。
血の代わりに漆黒の鎧の破片が飛び散る。
その衝撃は勿論肉体にも響く。
何発もの肉躍りをさせられ壁に打ち付けられる。
「おい!虎龍王くん!大丈夫か!?」
那須を安全な場所に連れていった赤兎が戦線へ戻るが、目にした光景は虎龍王が独りでに攻撃されている姿。
『もう遅いッ!この兜ごと顔を剥げば一人目だ!』
何処からの凶刃が虎龍王を貫いた。
勢いよく飛び散った血が透明の蒼蟲の身体にかかり、ようやく姿を晒す。
だがその命中箇所は顔にも心臓にも非ず。
「ぐ……ぐぁあああっッッ!!!」
リスクのある賭けだ。
刃が貫く事を知っていて、己の腕で受け止めたのだから。
尋常ならざる痛みが神経をも震わせる。
だが、ここで止まる訳にはいかない。たった一度与えられた命はチャンスなのだから。
『受け止め……たか。だがその腕では這いずって逃げることしかでき……」
ボオッ。
足下に何か音がした。大丈夫だ、わざわざ目線を集中させずとも見えている。雑草が燃えて、それを伝って……
“点火”されたッ!
こいつの能力は【点火】か!この体だと炎を掻い潜る術なんて無い……!
変身解除するか?いや、ダメだ。
こいつ……いつの間にかこの雑草地帯を燃やして、逃げられないように炎のサークルを作ってやがる……!
尚更まずい、これだと熱気の揺らめき具合で背景に擬態してもバレてしまう!
「……善とは何かは知らないが、少なくとも……僕のしていることは善ではない。人の為にならない自分勝手だ。」
「ぐぉおおおおッ!消火手段が……」
ここで慢心せず、追撃としてストーブレードで斬りつける。
腹部に命中。
「見えない斬擊、いやお前自身が見えない……擬態能力か。【点火】は指定の位置が分からないと発動不可能。こちらにとっても“見えない”事は弱点だ。ここまで深傷を負わされるとは……厄介だ。」
「ぐぉおおおおおおおおおおっッッ!!!」
……と、まぁあの虎龍王は思ってるのだろうが、一部解釈違いがあるな。わざわざ自分の能力までご説明していただき恐悦至極だ。
だって、俺は化け物の体をしているんだぜ?生きるものは皆化けの皮も人の皮も被るもんだ。なら、“脱皮”ぐらいしても当然だよな?




