Two Year Before【秘匿捜査】
俺の名は那須 隆二。
O市警察のオカルト課の所長だ。
特に大した仕事もねえし、他の刑事からは偏見の目で見られがちなオカルト課だが、俺には確固たる信念を持ってこのオカルト課で働いている。赤兎も同じくそうだ。
今から話すこの内容、それは……赤兎がオカルト課に来るきっかけとなった話にもなるだろう……
◆ 2年前
顔面部に重症を負った女性警官が担架に乗せられ、緊急治療室に運ばれる。
顔だけではない。肉体の幾つかが刃物で抉られ、意識は無い。
外傷部分の一時的な手当ては済んだが、心拍数は低下する一方。
「心拍数下がってます!電気ショックを!」
「もう一回!」
那須は緊急治療室前の椅子の上で沈黙するのみ。
「頼む……間に合ってくれ……!」
赤兎が急ぎ足で病院を駆ける。
「那須さん!姉さんの調子は!?」
「……意識不明の重体、応急措置が終わっているが……まだ……」
地面に崩れ去る。
周囲の目線など気にせず懺悔の句を言い放つ。
「悪かった!朝あんな事言ってしまって悪かったから!頼むよ姉さん戻って来いよぉ!」
治療中のランプが消え、医師が無慈悲な申告を告げた。
その一言が赤兎の時間を止めた。
「……午後22時8分、藤野 蒼羽さん心肺完全停止……死亡確認いたしました。」
手術に問題はなかった。
早急に、そして丁重に執り行われた。
だが、首の裂傷が致命傷だった。
あまりにも呆気なく、そして無惨に一つの若い命が狩られた。
「うわぁああああああああああああああ!!!!!!!」
◆
「……容疑者、鎌田 桐和行方不明、そして殉職者が一名。上層部からは『この件から手を引け』……クソが!!」
デスクを思いっきりぶっ叩く。
一課長の右腕が真っピンクに腫れ上がる程、何度も叩く。
「今日限りで一課の“O市連続顔剥殺人事件”の班は解散だ!」
その場に居た警察全員がやりきれない表情にあった。
完全敗北、好きにされて好きに逃げられた、何故防ぐことができなかったか、なんて今考えたくもない。それ程の苛立ちと理不尽に包まれている。
「那須、後で話がある。」
一課長は那須を呼び、誰もいない屋上へ誘う。
「お前にはこの事件を裏で再捜査し続けてほしい、これはお前だけの極秘任務だ。」
逆風に吹かれ、ネクタイがあらぬ方向へ棚引く中、那須に極秘任務が言い渡された。
特に一課長は責任と葛藤が煮えたぎっていた。
「配属先なんだが……上層部の目をかいくぐる為に作ったオカルト課……ってのに来てほしい。お前だけに任せて悪いな……」
一課長は立場上、上層部に目をつけられる。だが、那須は書面上の左遷を受ければ殺人事件全体の捜査権は奪われ、下手な事を明るみにしない限り上層部の目に映ることは無い。
「いや、俺にも蒼羽の残してくれたこの証拠を無駄にするわけにはいかねぇ。時間を……たくさん貰いてぇ。」
蒼羽の残してくれた最後の証拠、血を吸った“鎌”の破片。
はっきりとした使い道は那須自身もわかってはいないが、必ず使う時が来るという確信を持っていた。
そして、刑事としての誇りを殺人鬼や上層部に砕かれる事は無い。
その程度で信念が曲がるわけがないのだ。
◆
オカルト課が設立されて1週間後。
“刑事のゴミ溜め”と揶揄されるオカルト課に新たにメンバーが追加された。そう、藤野 赤兎である。
「本日付でオカルト課の配属に志願しました、藤野 赤兎です、よろしくお願いします。」
(まさか赤兎もあの事件を追って……いや、なんでそこまで知ってんだ?まさかバレちまったのか……!?)
「課長、お話が。」
先程と同じ屋上に連れ込まれ、赤兎は真剣そうな表情で話を切り出す。
「実はあの時の話、俺も聞いてたんです。姉さんが死んじまった時から俺の時間はあの時から止まったままで……端的に言えば、俺もあの事件を再調査したいんです!だから……お願いします!」
赤兎の表情がかつて相棒だった蒼羽の顔と重なって見える。
この顔は、何を云ったとしても折れそうにない、面倒臭い顔だ。
「……わかったわかった。だが、これだけは約束してくれ。……死に急がないでくれ。少なくとも、お前があんな顔をするところを俺は見たくない。」
昨夜の事の様に頭に残るあの絶望の表情は二度とみたくない。
そして二度とそんな思いはさせない。
「……はい。」
「じゃあ行くぞ!早速調査開始だ!」
◆
そして今に至る。
「ったく……赤兎の奴、またよくわからん場所にしゃしゃり出やがって」
廃ビルの方向へ向かうと赤兎らしき影ともう一人、見覚えの無い青少年の影が。
「おい!赤兎!何やってんだそんなとこで!……あ?誰だそのガキは……」
那須の声を聞いた赤兎はうぇっと嗚咽を漏らす。
「げ、面倒なことになったな……あー、那須さん?このことは見なかった事にして貰えます?」
「はぁ?何言って」
那須の質問に答えず、すかさず変身端末を起動する。
『͡コテ!メン!ドウ!』
「変身!」
変身演出の光で那須の目を掻い潜る。
【Real;Users】の姿を見られた所で、視界から消えればそれに纏わる記憶は強制的に削除されるので何があったかバレる事はない。
「あぁ!?どこ行きやがった赤兎ォ!」
「……ったくなんでこんな人気のねぇ廃ビルに気絶したガキと居たんだよ全く……あ?なんだこの緑色の……端末か?こりゃあ。」
石柱の欠けた部分に端末のようなものが落ちている。
怪訝に思った那須はそれを拾おうとしたが、不意に声をかけられる。
「すみません……草引きに参りましたので退いていただけないでしょうか?」
いかにも業者っぽい感じの服装と鎌を持った男に声をかけられる。
「あんたは……どっかで見たことあるような……」
「はあ?人違いではないでしょうか……ってあっ!この端末うちの会社の奴です!渡してくれないでしょうか?」
「ん、あぁ、これは返してやるよ、ホラよ……」
端末を男に投げ、キャッチしたとき、片方の手に持った鎌の欠け具合に違和感を覚える。そう、それは──
「ちょっと待て。その割れかけた鎌……見覚えあるな、蒼羽の残してくれた……」
「ア、ア、ア、オ、バ?」
「……それとその声、俺が耳の穴ぶっこわれるまで聞いたその声……」
ピントが重なった。
コイツは俺が一番探し求めている相手だ。因縁の様に、執念深く探り続けた男だ。あの動揺っぷりもそうだ。
「刑事の勘がビンビン言ってるぜ……お前のことだ鎌田 桐和!O市連続顔剥殺人事件の主犯!」
見つけた。
俺はあれからこの2年間、ずっとお前だけを捕まえるために奔走していた。
そして、前触れもなく現れた。ほとぼりが冷めて、冬眠から覚めるように出てくる瞬間を待っていたんだ。
「二年越しで中国に亡命したってのに、顔も極力晒さなかったのに……もうバレちまったのかよ!いいぜ、いいぜ。有象無象の偽善者共よォ……」
居直り強盗の様に開き直る。
自分がまるで悪ではない、お前らが悪だと主張するような矛盾した態度をとる。
(なんだ……この不気味さ……)
「手始めに聞いてやる……“善”ってなんだ?」
想定外の質問。
殺人鬼が“善”という概念を警察に問う。
そもそも警察と犯人の間に審問以外の会話を交わすというのは、感情に流されてしまい、警察としての本分を見誤るという恐れがありタブー視されている。
ここで敢えて答えるなら、余程のバカなのだろう。
「……少なくとも、お前のような殺人鬼を逮捕し、正当な裁きを受けさせ、更正させるまで、それが善だ。俺はお前を許さねぇが……ここで私怨に囚われちまったらそこまでだ」
バカだ。
バカ真面目なのだ。彼は情に厚すぎて、一般的な警察の視点からは大きくかけ離れているのだ。
「……チッ、本物か。認めてやる。お前の面の皮を剥ぐ必要は無い。」
桐和の顔が曇る。
何をポリシーにして殺しの原動力を高めてるのかは知らないが、先程の様子から一変したことは明らか。
「だったら黙ってお縄に……」
「バカか?俺が今まで剥いできたのは“偽善者”、正義面したクズ共の粛清だ。だから寝てろ……変身ッ!」
緑色の端末がメモリーカードを差し込むようにガチャリと桐和の額に挿入される。
桐和の背中から何かが皮を破るように顕現する。その姿はまるで虫の羽化のようだった。
「な……な……なんだこいつは!?」
体長3mに及ぶ巨体、緑色の四足歩行の体躯、腕に伸びた鋸状の鎌、人とは大いにかけ離れた異形の頭部。形容するならそれはまさしく“巨大カマキリ”と言える。
「悪くはねぇ、顔が割れないってのは俺にとっても都合が良いからなぁ……」
キシャリ、キシャリと体をうねらせ、変身体の感覚を再確認する。
「こんなでけぇカマキリの怪物……赤兎の好きな特撮の世界だけだと思ってたのに……」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
3発の銃声と怒号が鳴り響く。
鳴り響いた音はたったこの数秒間のそれだけ。言い換えるのならもはや断末魔でしかなかったのだ。




