Peeler【断罪予告】
警察署近辺にある10階建てマンション。
その3階6号室の“藤野”の表札のある部屋。
「……ここは……」
藤野 赤兎の自宅。
綺麗に整頓された机、棚、ベッド、テレビと冷蔵庫と一般的な家庭に見えるが、
集中して覗いて見ると至る箇所にレトロゲーム機、またそのレトロゲームのキャラのグッズが割と散らかっている。
富凍 滉は二時間ほど気絶状態にあった。
幸い、変身解除により、大きな怪我には至りはしなかった。
「起きたかい?」
「あーちょっと散らかってるけど気にしないでくれ。……ってその前に言うべきことがあったね。」
「君には謝っておく。俺の勝手な捜査でお父さんを殺してしまって……」
赤兎は滉に対して負い目を感じていた。
身勝手に能力を使った所為で真実が裏返しとなり、結果として滉の父を自殺に追い込んだからだ。
滉の体も肉体的な傷は回復したかもしれないが、精神的な面でダメージを受けているのは聞かずとも解る。
まずは謝ることに徹底。
「……勝手に自殺する方が悪いんだ」
だが、滉の眼差しは弔いの心すら無い、深く闇を見つめる眼差しだった。
「そしてようやく理解できた……自殺だとか、心中だとか、現実から眼を背けてるだけなんだって……」
二回に及んで自殺と隣り合わせに居た滉は死への体験を経て、もう既に興醒めていた。
醒めるというよりは冷める、両親に灯された火は弱々しく、将来と失望により遮られ消滅した。
「でも……多分僕は命を投げ捨てるようなデスゲームに心から楽しんでる……と思う」
だが、死ではなく、力は麻薬の様に体を闘争へと蝕む。
特に今まで何も可能性すら与えられなかった滉に対しては依存性は尋常ではない。
「……特別な力を得て、ようやく自分の価値を見出だせるって、期待してるんだ」
その期待は天使の誘惑。いや、天使のような悪魔の囁き。
だが、運営と滉の利害は一致している以上、滉は今更デスゲームを止めたいなど思いすらしない。
「……だからデスゲームには肯定的だって言いたいんだね。」
「まぁ君の言い分は間違ってはいない、それが君の掴める唯一のチャンスなら俺は全力で後押しする。」
否定はできない。
自分がその立場なら、自分自身もこうやってデスゲームに参加していた筈だったからだ。
今まで犯罪者と面会し、犯罪者一個人の価値観を、正義を受け止めてきたからこそここまで共感を示せる。
「……結局、お前は僕の味方でいいのか?」
だが、決して情に流される事はない。
「いや、違うな。君の望んだ通り俺はただの利用者だよ。都合の良い道具として扱う。」
例え仕方無かった事だとしても、真に感情を表向きにすることはない。
「……そうだったな。」
「“正義の味方”とは言わないんだな」
「そりゃ、俺自身が“正義”だからね。」
何故なら、自分の正義に嘘は付けないから。
「特撮の主人公みたいな“正義の味方”なんてあやふやな存在なんていない。共通認識上の正義の鉄槌なんてただの多数決裁判だしね。」
正義、とはそもそも何か。
法律上、宗教的価値観から作られた物の善し悪しの判断材料……が説明しやすい言い方だろうか。
一般的に語られる“共通認識上の正義”は上記の通り。
一個人の正義を無視した、要は“多数決の正義”である。それさえ言ってしまえば正義は制裁を為すためのただの道具にしか過ぎない。
「この世には正義しか居ないんだよ。誰も彼も“自分が正しい”って思えばそれで良いんだよ。」
「正義は正義を潰し合う為に存在するし、君が言った通り俺だって“正義”を盾にしてるエゴイストだよ。」
だが、赤兎は扱いやすい集団倫理を捨て、“全ての正義”を認めようとしている。
「だけど、正義には逆転が必要なんだ。正義はエゴイストだし、エゴイストこそ正義だ。」
それが【逆転正義】。
“逆”に考える事も、結果を“逆”にすることが本当の正義を貫ける。
共通認識の足枷を外し、自由な発想で全ての正義に理解を傾ければ、共通認識の正義はいずれ“逆転”する。
そう、赤兎は信じている。
「……そんなものなのか、正義って」
「そんなもんだよ、正義って。」
「そういや……那須さんあんな場所で何してたんだろうな……」
ピロリピロリと着信音が鳴る。
待ってましたと言わんばかりにスマホのCALLボタンを押す。
「あ、かかってきた」
「はい、もしもし那須さ──」
赤兎は那須の声を心待ちにしていたが、その電話の掛け主は彼とは異なる別人だった。
『お前が……警察組織にも【Real;Users】がいるとはな』
枯れ気味の声から響く静かな殺意が耳を刺激する。
「誰だ!?」
即座にスピーカーにし、音を最大にする。
相手は流石にこちらの動作には気付く事は難しいが、粗方予測はできる。
だが、周りの雑音一つ聞こえない事に違和感を覚えたのか、少し嗚咽を漏らした。
『藤野 赤兎……一人か。警察のお仲間は一人預かってる。白山ヒルズ近くの廃ビルで待ってる。』
那須 隆二が人質にされた。
その事実に、赤兎は冷静さを失う。
そしてもう一つのファクター。
白山ヒルズ近くの廃ビル、そう、つい先程虎龍王と戦闘した場所である。
それをわざわざ指定して選んで来る事に強烈な違和感を感じさせる。
「ふざけるな!那須さんに何を──ッ!」
「見てからのお楽しみだ、ってもまぁ、このオッサンの面の皮次第としか言いようがないがな。」
ケッ、と唾を吐いて焦燥心を煽らせる。
だが、キーワードとして“面の皮”という単語が気になる。
日本語的にも比喩表現とは言い難い。
『まぁ【Real;Users】同士……仲良く話でもしようや。』
フフフ、と気味悪い嗤い声を放ち、一方的に電話を切られた。
キーワードとして【Real;Users】、自身についての言及無し、“面の皮”、先程戦った廃ビル──
いつから見られていたか知らないが、人質をとる時点で良好な交渉とは思えまい。
「……僕の出番か?」
「そうだな、細心の注意を払って行く。君は思うがままに君の正義を貫け。」
最初の命令。
その言葉の真意について滉自身がどう思い、どう実行するのか。
生死に対してこのデスゲームで痛い程味わっている滉の答えはどのような物となるのか。
「……僕の正義……」
◆ 昨晩
O湾付近に到着したフェリーには、この街に呼ぶべきでなかった男が乗っていた。
その男の名は鎌田 桐和。
指名手配のかかった殺人鬼、数年前O市警察3名の“顔の皮”を切除し、惨殺。
その後なんらかの方法で亡命、行方不明と化した。
だが、この男は帰ってきた。
そしてその動機は、実の母親の急逝によるものだった。
「……故郷って離れねぇもんだな。」
「お袋もとうとう逝っちまって……俺一人か。」
行方不明の指名手配はザラに居る。
切り裂きジャックを準える様に、顔無き殺人鬼は他者の目線に映ることはない。
何事もなく、桐和は葬式会場に到着した。
片手に雛罌粟を添えて。
「……鎌田 芳子。享年80。誠に長く生きられた。拙僧も彼女の様に家族だけではなくとも皆に愛され安らかに眠る生き様を見習いたいものだ。」
不動住職が経を唱え終え、場所に然るべき説教に取り掛かろうとしていた。
が、その時桐和が会場の扉を開けた。
「……はッ……もう終わってたのかよ……」
「……!」「桐和……!」「この人殺し……!」
家族としてはもう桐和一人だけだが、親族たちは堕ちるに堕ちた桐和の顔を覚えている。
もう既に通報しだす親族も居たかもしれない。
「……花だけでも餞別に持ってきた。」
片手に持っていた虞美人草を棺の近くに置いた。
それぐらいが彼なりの思いやりだったのだろう。
「昔から綺麗な面の皮だったよ、お袋。」
周囲のどよめきは増す一方。
心があっても人殺しは人殺し。桐和自身も開き直る程そんな事は解っている。
「……ああ、解ってるよ、言われずとも……」
だが一人、不動住職だけは彼を引き止めようとした。
「親族はお主だけであろう。少しばかり大切な話があるのでな。残ってくれぬか?」
「……嫌だね。説教なんて聞きたかねぇ。」
「……なんて口を……!」「さっさと帰れ!」「そうだそうだ!」
だが、こちらから願い下げ。
地面に唾を吐いて、賑やかになった会場を後にした。
「こんな正義面した有象無象共に囲まれて何が嬉しいんだ、苦痛でしかねぇ……」
その時。
空間が停止し、視界がブラックアウトした。
「……!」
見渡しても、どうぞお座り下さいと言わんばかりのアーロンチェアしか置かれていない。
座るのは地べたの方が楽だ、と桐和は言い放ち、アーロンチェアを蹴飛ばす。
「なんだ……ここ……」
『やぁやぁ、初めましてかな?』
虚空より童女の声が木霊する。
『私は【Real;Users】の運営兼最高責任者、宜しくねー』
その虚空に放たれた者は必ず決断する。
どれだけ抗いたとしても【Real;Users】として選ばれ、参加してしまう事を嘲笑うかのような嫌な静けさが肌に染み付く。
「……あのクソつまらねぇゲームの運営?」
その日、殺人鬼にもう一つの顔が生まれた。




