Slash【嚮後瞬旋】
戦場というものは血潮の染み付いた荒地であろうが、野薔薇咲き誇る花園であろうが、平面のセメントで埋め立てられた街路の上だろうと、【Real;Users】同士が出会うのならば必然的に其処は戦場となってしまう。
……だが、それは憶測の範疇でしか過ぎない。
このデスゲームは単なるデスゲームと呼ぶにはあまりにも方向性がずれていっているからだ。
◆
「へ、「変身」ッ!」
共に【変身】の宣言を詠みあげる。
片方は瞬く間の閃光に包まれ、片方は不穏で邪悪な殻を突き破る。
松平 夕夏梨は旧日本帝国の軍人を想像させる軍服とセーラー服を混合させた衣服に身を纏い、古の妖、牛鬼に似た二枚角を眉上に生やす。
元の彼女に反して古風なそのアバターの名は【帝都乃旋風】。
そして右手に握ったのは、丈寸に合った、一寸五尺の脇差。
その銘を“不浪桟橋”。峰の所々に亀裂のような模様、そして黄金比の如し平坦な反りが目立つ。
数々もの刀を鍛え続けた刀匠の目すら幼子の眼球に変えるであろう代物である。
もう片方、金沢 鶴栄は飼い犬の“ロットワイラー”の愛犬ワイズと合体する。
その姿は最早犬とは言い難い。狼人だ。
強靭な肉体、凄まじいまでの巨躯、そして血のような紅に染まった剛毛。
その攻撃性、彼の嗜虐性、異常性癖の顕れか。
悪役極まりない姿のそのアバターの名は【Wonder Fool】。
そして圧倒的までの肉体差を顕著に表したこの光景、【帝都乃旋風】は思わず目をガンと見開いてしまう。
「……お、大きい……!?」
「俺と“ワイズ”は一心同体……俺もワイズも心は狼。特にメスを喰らうのは大好物だ。【Real;Users】で狼男みたいなアバターになったのも……どうした?」
狂人を演じきった様にも思えるその態度でいようとしたが、彼女の顔はお望み通りの絶望顔、とは見えない。体幹が大きい事に驚きはしたが、恐怖の様子は一切感じ取られなかった。
「あ、あの……派手にやってたって……やっぱり……?」
無知。
昨日から何が起きているか、など彼女には知る術が存在しなかった。
個人によって情報網が行き渡らないのは生死を賭けたデスゲームでは死活問題である。
「……?ニュースとか見ないタイプか?」
沈黙。
視線を逸らせたその仕草から、彼女は昨日の事件への着手がないことの証明はされた。
「……ったく知らないで来てたのか?」
愚かだな、と一蹴するのは彼のスタンスではない。
何気ない会話から“精神攻撃アイテム”を探る、そして、隙を見計らって先手を打つ。
「友達がそこに住んでまして……」
「なるほどな、なるほどなるほど……」
ニタり顔。
彼にとって最高の収穫を得た。
あまりにも無警戒な女が勝手に最高の“精神攻撃アイテム”をくれたのだから。
「ハ、ハハハ……!傑作だな……!」
「死者大多数の大事故、無人航空機がマンションに突撃したって大騒ぎだぜ?」
事実。
昨夜何人もの住居者は弾丸、爆弾の強襲のに遭遇し、無惨にも肉塊の打楽器と変えられた。
更には急速な瞬間冷凍により墜落。崩れ去った無人航空機放置されたままである。
「……え」
顔が青ざめた。
堪らない、虐めたくなる、『そんな顔だ』と彼は舌を啜る。
「お前の友達さんも死んでるなぁ、可哀想に可哀想に、生命だった物が辺り一面に散らばってるんだろうなぁ!」
追い討ちをかける。
よっぽどの幸運でも無い限りは事実そうなのだろう。たかが無力なる民間人なぞ今まさに襲いかかろうとしている近代兵器の前では死すのみなのだから。
「そんな……こと……」
「人なんて簡単に死ぬぜ、首を斬っただけで、熔けたコンクリートに顔をつけて放置しただけで、膣内を必要にまで弄んだだけで……よぉ。」
彼が今まで堕とした被害者の末路。
女の悲鳴が、骨肉砕ける殺戮の音が、絶望の顔のままホルマリン浸けにされた処女の裸体が──全て、彼がこの身の快楽の為に造り上げた悪趣味な芸術品。
「さて、こんな可愛らしい獲物はすぐ仕留めないと面倒だ。」
彼女を堕とすのは時間の問題。
今、確実に動揺しているのならば今精神的にも、肉体的にも完全なる絶望を与えなければならない。
「ヤるぜ!」
だが、動揺している、と思ったのは彼の主観でしかない。
彼が、【帝都乃旋風】に向かって切り裂こうと襲いかかった瞬間に既に彼は────
「な……ッ」
幾つもの斬撃に上半身を“米”字状に啄まれたのだから。
どの瞬間に隙があったのか、それを解らせる時間すら与えさせない音速の四連撃。
突風すら凌ぐ速さ、そしてその巨体を貫く斬撃の質量が重なり、【Wonder Fool】の体は勢いよく血飛沫を撒き散らす。
そして、彼は眼球を真っ白にし、地に伏した。
「……虚言、妄言……つまらない事、言わないでください。理奈ちゃんなら……絶対に生きてます。」
彼女は見た目以上に周りの風に流されない人間である。芯が強く、そして、自分の抱いた理念を易々とは捨てない。
それ故か彼女は風の速さ、あらゆる疾風とはかけ離れた能力を得た。
【嚮後瞬旋】、近い未来の行動、事象を一瞬の内にする能力。先程の斬撃は“斬る”という行動を一纏めに省略し、確定させたと説明できるだろう。
「主観だけで、妄想だけで物事をそうだと決めつける人……嫌いです。」
他の可能性を否定せず、主観だけで物事を決めつける。
不自由だらけの暮らしに馴れたが故に、彼女は柔軟な発想の無い人間を認めることができないのである。
気持ち悪い態度を取られる以上に、嫌う。
「唾棄する程に……」
◆
回想の回想はこれにて終了。
理奈は経緯を一纏めに要約する。
「……えーっと、襲われそうになったから先に殺ったって事?」
夕夏梨は自信無さげにコクリと頷く。
「やっぱ夕夏梨ちゃんならやる時はやるって思ってたよー!だってだって私の事信じてくれたから一人倒せたんでしょ?」
「でも……人、人を……!」
非日常を目の当たりにし、人を斬ってしまった、その抵抗は消えない。
「いい?夕夏梨ちゃん……」
夕夏梨の耳に顔を近寄らせる。
「な、なに……わっ」
耳元で唇を動かし、言葉を並べた。
その言葉は【Wonder Fool】が巨大であった事以上の驚愕を示した。
「……えっ?」
「詳しいことは家……は潰れてるんだった……お義祖父ちゃんの家で話そ!」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」
◆
そして今に至る。
「……という訳なんだよお兄ちゃん。」
「……それは朝から大変だったな。」
銀は座布団の上で足を組み直す。
「で、内緒話の内容は結局なんだったんだ……?」
「夕夏梨ちゃんがまだ一人も殺してないって事!」
理奈が見せたのは夕夏梨の端末。
画面には未だに【Real;Users】を殺した“印”が見られない。
実際に昨日【Second】を殺害した寸白 銀にしか解らない。
「……つまりあの状態でまだ生きていた、と?」
「多分そうじゃないかな?斬ってみた感触どうだった?」
何の躊躇もせずに平然と、直球な発言をする。
「デリカシーの無い奴だな全く……」
おい、と呆れた顔でツッコミを入れる。
「いえいえ、良いんです。私の問題ですし……」
「事象を一纏めにしたから自分で斬った感触ってあんまり伝わらないんですけど……でも、骨までは行き届いて無さそうな感じでした。肉と脂肪が異常に多い……というか……」
本人にその感触が伝わらずとも刀にはその重圧は伝わる。
その微かな感触から冷静に分析し、答える。
「……それは不可解だな……」
◆
【Real;Users】には特殊な認識阻害がある為に周囲の一般人の視界から外れるとその【Real;Users】の記憶は無かったことになる。
その為に【Wonder Fool】の体は人々の目からは確認出来なかった事となる。
そして、【Wonder Fool】はあの斬撃では死んではいない。
「痛ぇな……ったくよぉ……」
抉られた肉片がポタポタと落ちる。
だが、傷口は塞がる、と言うより異常な細胞分裂を繰り返し肉体を錬成する。
そう、彼の能力は【腫肉変生】。
骨も筋肉も、脂肪も、体のあらゆる部分を無限に生成できるのだ。




