Arrest【保身材料】
◆富凍 明王宅
朝。テンプレートのように鳥は鳴かない。目が覚めるほどの日差しも無い。ありふれた午前8時。
ベランダの方からひしり、ひしりと鳴る煩わしい音で富凍 滉は目覚めた。
「……?」
目やにを取り除き、裸足でベランダに足を踏み入れる。
そこで目についたのは、天井からぶら下がり、テーブル目掛けて吐瀉物をぶちまけた実の父、明王の姿。
推定、首吊り自殺。
「…………」
無言。
何を話そうが何か返事が返ってくることもない。
何を喚き叫ぼうが……近隣の民間人は何か察するかもしれないが、何かしてやれる事もない。
失望するしかなかった。
生活においての希望を失うしかなかった。
テレビの方を目にやるとニュース番組の録画が停止されたままだった。
再生を押すと、内容は昨夜のデスゲーム開始時の事件……そう、滉自身が自宅を焼き払ったあの事件。
だが、困惑した。
……“事故死”になってない。利用規約には“事故死”になると書いていた筈なのに……。
…………どちらにせよ、こうなってしまった以上、どのみちこの家に長居は不可能。早々に立ち去るべきなのだろう。
富凍 滉は冷めたカレーをかすり、自殺現場を後にした。
◆ O市警察署 会議室
多数の刑事。一課の刑事が集う。
ここでは昨夜起きた“富凍家銃殺放火事件”の会議。ホワイトボードには犯人の有力候補として富凍 滉が挙げられていた。
「お取り込みの所失礼します。」
話を割ってまで入ってきたのは、赤い配管工の帽子を被った若い男性。
一応同じ刑事であるのは見てとれるが、周囲の目は期待とは程遠い。
「オカルト課が何の用だ!さっさと出ていけ!」
「そうもいかないんですよ。この“富凍家銃殺放火事件”は皆さんは大いに誤解してらっしゃる。富凍 滉は殺人犯じゃない可能性があります。」
O市警察オカルト課とは、心霊現象や科学的に未解明な事件を中心として住民と寄り添い合い事件解決へ赴く刑事課。
……というのは表向きの情報であり、無能な警察官達を階級関係無く詰め込み、自発的に辞職させるためのゴミ貯め。
だが、好成績を納めているにも関わらず「楽しそう」という一言でオカルト課へ移籍した元一課の刑事が一人。
その名を藤野 赤兎。
今、一課の全員の注目を奪っている青年その人である。
そして、課長の机をトン、と軽く叩き、
「窓の割られ具合から見て外から侵入しているんですよ。富凍 滉は家庭状況から常に部屋で軟禁されていてアリバイがあります。」
「外から侵入できる筈が無いんですよ。」
課長は顔を歪める。
「貴様!いきなり首突っ込んできてなんだ!一課を嘗めてるのか!?俺は怖くはないぞ!貴様の父親が警視総監である藤野 大和殿であろうとな!」
鳴り響く怒号。反射的に机をドン!とグーで叩きつけるとビシリとヒビの生える音がする。
「追い出せ!オカルト課には後で始末書を書くよう言っておけ!」
赤兎はまだ言いたげな顔であったが、係官に押さえつけられ部屋押し返される。
「はー……全く……」
「全く……じゃねぇよこのバチカンがぁ!」
帽子と一緒に髪をむしりとるが如く引っ張り上げ、赤兎に向かって怒り散らす中年男性が一人、オカルト課課長、那須 隆二。
「いだだだだ!!っていうかバチカンってそれ国ですから!」
「んなこたぁ今どうだっていい!何テメェ、一課に喧嘩売ってんだよ!」
「そりゃあ冤罪にしない為でしょうがぁ!」
「そういうのはもっと証拠を揃えてから言うんだよ!!」
もう一発髪を引っ張り上げる。ギブ、ギブと赤兎が言うとようやくその手を緩める。
「……ンな事よりオカルト課はオカルト課の仕事だ!これ見ろ!」
赤兎の目の前に見せられたのは「昨日の深夜にゾンビが徘徊していた」という目撃情報が記された書類。
「ゾンビ……?」
「まぁ映画の撮影だとかなんかだと思うが……まずは事情聴衆だ、行くぞ!」
◆
「ここ周辺にゾンビが居たって話ですか?」
「あぁ。」
平日の閑静な住宅街。とはいえもう10時である為に買い出しに出る大人も多い。そして【Real;Users】にとっては絶好の捜索タイムと行ったところか。だが、警察がそんな事が起きていることなど微塵も知らない。
警察にとってはそうだが、赤兎は違う。
そう、彼もデスゲーム参加者の一人であり、【Real;Users】である。
【牙狼 様 を登録しました】
【虎龍王 様 を登録しました】
「「ッ…………!!」」
赤兎、滉、両方は身構える。
しかし双方とも【Real;Users】の場所を知らない為に戦闘体型に入れない。先手を打った方が勝ち……ではあるが、この通りの中、誰が【牙狼】で、誰が【虎龍王】なのか解らない。
赤兎は知らない素振りをしつつも周りを見渡す。ここで刑事の勘は働くのかは解らないが、今はそれに賭けるしかない。
悟られない為には警察という身分をフル活用し、ただの警官だと思わせる。先ずはそこで保身を作らなければいけない。
「……大丈夫かい?君」
赤兎は引き留めた少年の肌、髪は白く、紅い目に老眼鏡をしている。
アルビノ……いやいや、それ以前にどこかで見覚えのある顔、そうだ、一課が捜索している、殺害及び放火で容疑を疑われている、富凍 滉その人だ。
警察てしては幸運、だが、赤兎にとっては不幸。何故なら、自分の身を守る為に手を付けようとした“保身材料”は【Real;Users】だったからだ。
「……君、もしかし……」
◆
遅い、先手を打つのは富凍 滉だ。
ここで『へ』、『ん』、『し』、『ん』の四語さえ言えればこちらが先制できる。
警察であるならば【Real;Users】でなかろうと殺すしかない。今度こそ事故死として処理してくれる筈だ。
“保身材料”が来てくれて良かった……これで奇襲を食らわずに誘き出せる……!
「へんs……もごっ!」
口を押さえつけられた。その後首を締めてきた……!しまっ
「があッ……」
左腕を掴まれ……なッ……
視界は一回転し、地面に叩きつけられた。ちょっと待て!左腕をどこに……
「あああああああああああああァッ!」
尋常でないほどの激痛が走ると共に、バキッと、してはいけない音がした。
そう、左腕が、確実に、折れた。
「午前10時13分!富凍 滉、確保!」
…………その激痛のあまり、僕はそのまま気を失った…………




