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童話

小さなねずみの大きな恋

作者: 久賀 広一


とても静かで、人がほとんど足をふみ入れることのない森に、一匹のねずみが住んでいました。


そのねずみは、”シンタ”という名前です。

彼は、とても元気に森を駆け回り、ほかの動物にもたくさんの友達がいましたが、ちょっと変わり者でもありました。


シンタは、自分と同じねずみではなく、違う動物であるキツネの女の子に恋をしていたのです。


「”ユメ”さん。ぼくは、今日もあなたにプレゼントを持ってきました」


彼は、毎日をとてもいそがしく過ごしているようです。


そのキツネの女の子のところに出かけては、森で集めた木の実をわたしたり、彼女がいつも美しい毛並みをしているのをほめたり、やりたいことがたくさんあったのです。

・・・いっぽう、そのキツネの子の名前は、”ユメ”と言いました。


ユメは、同じ動物のなかでも特にかわいい女の子で、言いよってくるほかのキツネの男の子たちとともに、シンタにもあまり関心がない様子です。


・・・二匹がばったりと出会ったのは、そんなある日のことでした。


めずらしく森の湖のそばの道で、彼らはお互いに気づいたようです。

「あら、シンタさん」

「あなたの巣からこんなに離れたところで会えるなんて、嬉しいです。ユメさん」

今日はヤマモモがれたので、明日にまたそちらへうかがってもかまいませんか?


シンタはそう話を続けました。


「・・・」

そのとき、ふだんはおだやかな顔をしているユメが、めずらしく真剣な表情になっていたようです。

いつもとは違う彼女の態度に、シンタはすこし緊張しました。


やがて、

あなたにはちゃんと言っておかないとね、とユメはしゃべり、それからねずみである彼に、本当の気持ちを告げることにしたようです。

・・・それは、シンタにはとてもつらい内容でした。


「あなたがいつも私を思ってくださるのは嬉しいけれど、それがどんなに大きくふくれあがったとしても、無駄というものです。

私はキツネで、あなたは小さなねずみなのですから。

シンタさんが毎朝届けてくださる木の実も、一つぶや二つぶ。

私にとってはとてもちっぽけなのです」


シンタはその言葉を聞いて、ぐっと歯をくいしばりました。

けれどだまったままではおらず、頑張ってこう伝えます。

「・・・ぼくは、あなたの毛並みがどれほど心をこめて手入れされているのか、そしてその目の奥には、本当の優しさがあることを、知っています。

だからユメさんを好きになったのです。

ぼくはあなたの喜ぶことを、全部したいと思っています」

「・・・」


それでもユメは、ため息をつきました。

「私を喜ばせてくれるのは、おそらくあなたではないのです。

ひどいことを言うけれど、私はみんなに、綺麗だとよく言われているわ。たくさんの仲間の中で、そんな言葉とともに、あなたの声はとても小さなものの一つなのです。

もし、私が恋をすることがあるのなら、それは心や目指すものが、私より高い場所にある方かもしれません。そういう方が、あなたみたいにほめてくれて、初めてうれしいのです」


「・・・じゃあ、ぼくはその人ができないことをします」

シンタは、それでも一生懸命に答えました。

「それは、たぶん私のうれしいことじゃないのよ」

ユメは、そう言って去っていきました。






それからしばらくの間、自分の寝床ねどこにしている木の穴で、シンタは首をひねることになりました。

ユメが言っていた、高い場所というのは、一体どこのことだろうと。


今でもみんなに美しいとほめたたえられているのに、それ以上にほめられる場所なんかが、あるのでしょうか。

ーーそして、それからさらに時間がたってしまったある日、森の動物たちから、ユメが結婚する話を聞きました。


相手は、すこし離れた東にある山で、一番広いナワバリを持っている、立派なオスのキツネです。

シンタは、悲しくなりました。


・・・でも、それが一番、彼女のうれしいことなのかと思い、まわりの動物たちに、結婚のことをたずねてみます。

「お似合いの夫婦じゃないのかな」

「さすがユメさんだよ。評判の、東のぬしに思われるなんて」


仲間たちはみんな、二匹を祝福しているようでした。

シンタは、決してできないことだけれど、もし自分と結婚していたらどうなっただろうと、考えてみます。


・・・みんな、シンタをうらやましがったり、ねたんだり。

でもユメさんには、馬鹿にしたようなことを言うんじゃないかと思いました。

「僕をさしおいて、あんなチビのねずみとくっつくなんて、どうかしてる」

「きっと、何も考えてないんだよ」

などと。


そう思うと、彼女はほしかったものを手に入れたんだな、とあきらめの心をいだくしかありませんでした。






結婚式を翌日にひかえた日、驚くようなうわさが、森じゅうに広がりました。

ユメが、オオカミにさらわれたというのです。

あまりに結婚の話が広まってしまい、美しい花嫁を見に、遠くはなれた岩場に住んでいる狼たちがやってきました。


もうすでにとらえられて、彼らの根城ねじろにつれて行かれ、閉じ込められているということです。

もし、やがてくる冬に食料がなくなると、ユメは食べられてしまうかもしれないと聞き、シンタはあわてふためきました。


狼は、とても恐い生き物です。

自分なんかが行ってもどうしようもない、と彼は分かっていましたが、ユメが食べられるかもしれないと思うと、じっとしていられません。

閉じ込められてしまったという、彼らの根城がある岩場へ、出発しました。


・・・狼にとってはあっという間でも、ねずみにとっては、とても長い距離の旅になります。

シンタは、四日間もろくに眠らないまま、一匹で走りつづけました。

ユメが心配で、ほかには何も考えられず、秋のさわやかな風も、夜の草葉についた冷たいつゆも、何も感じられませんでした。





やがて、疲れはてたシンタがたどり着いたのは、狼たちの巣、その近くにある、食料庫でした。

石の洞窟になっているそこは、ほかの動物が絶対に近づかない、危険な場所の一つです。


入り口には、見はりが一匹いました。

シンタは、今までどんな生き物に出会ったときより、そこにいる狼の目に、ふるえあがりました。

夜の草のしげみから、見つからないようにのぞいただけです。

けれど、体にぐっと力を入れようとしても、カタカタという揺れがとまらないくらい、命の危険を感じるのです。


あまりの恐ろしさに、そこから逃げ出そうとしました。

なぜ自分は、こんなところに来たのだろう。

そんな思いが頭をよぎりましたが、帰ろうとすると、ユメの姿が、くっきりとうかび上がります。


あんなに恐い相手につかまった彼女は、どんな気持ちでいるだろうと、まだ引き返すことができる自分より、ユメへの心配が大きくなりました。

・・・なんとか音をたてないように、シンタは、あたりをさぐってみます。

まるで、狼の息まで聞こえてくるような、虫の声までおびえているような静けさだったので、足音を慎重に消さなければなりませんでした。

やがて彼は、石の洞窟の横を通りすぎて、さらにその奥へと、進んでいきます。

ーー 狼たちの食料庫の後ろがわに、小さな穴を見つけることができました。


(これは・・・。ぼくがギリギリ通れるくらいの、ヘビの巣穴のような石のすきだ・・・)

シンタは、そこでしばらく考え込みました。


もし、この中に入ってユメさんがいたとしても、どうやって助け出せばいいのか。

それに、うまく助け出せたとしても、奴らのはやい足から、逃げられるのだろうか。


「ええい、こんなところで悩んでいても仕方がない!」

シンタは、自分にそう言い聞かせました。

そして、とにかく今できることをやらなくちゃ、と目の前の穴の中に、飛び込んでいったのです。





「いたっ!」

「いたたっ!!」

せまい暗闇を進んでいくと、いくつかとがった石があったようです。

シンタは、そういった部分に体を何度かひっかけて、足を止められることになりました。

それから、数本に分かれた岩のさけめを、行ったり来たり。

・・・これ、行き止まりだったらどうしよう。

真っ暗な中にいると、そんないやな思いばかりがうかんできます。

しかし、どうやらそのすき間は、ねじ曲がりながら洞窟の中へとつながっていたようでした。


「あっ、光だ・・・」

まぶしい太陽、というわけではありませんが、暗闇の通路にいると、夜の明るさでも、とても安心したような気持ちになります。

シンタは、どうにかそこまでたどり着いて、食料庫に入ることに成功したのでした。


ーー そこは、ちょっとした広場くらいはあるでしょうか。

あたりをキョロキョロと見回すと、シンタはきらりと目を輝かせます。

向こうがわに折れた通路があって、どうやらその先に、さきほどの見はりの狼がいるようです。

ほかには、何もないようですが・・・。

「ん? もしかしてあれは・・・」

その時、シンタは岩壁のはしっこに、ぽつんと一つだけ黒いかたまりを見つけました。

まるで影のように静かにそこにあったので、気づくのが遅れてしまったのです。


(ああ、ユメさんだ! 良かったあー)

壁に寄りうように、ずっと心配していた彼女が、丸くなって眠っているようでした。

・・・どんなに変わり果てた姿でも、シンタが見間違えるはずはありません。

広場の入り口にいる狼に聞こえないように、そっと彼は近づいていきました。

(・・・!)

はじめは、とてもやつれたように、表情が変わりませんでしたが、目をさましたユメはやがて驚き、今までに見たことがないような笑顔で、シンタに話しかけてきました。


「よく、こんなところまで」

彼女を見ると、毛はあちこち泥だらけで、顔にもすり傷があります。

「こんなものはすぐ治るわ。・・・でも、あなたは早く逃げなさい。

ときどき、見はりの狼がここに入ってくるの。冬前には、他の動物たちもたくさん入れられるみたいだけど、今は私だけ。あなたが見つかれば、すぐにでも食料にされてしまうかもしれない」


「でも」

シンタは言いました。

「それではユメさんは、これからどうするのですか?」

いちど息を止めて、その言葉の返事を考えていた彼女は、

「分からないわ」

とうなだれるように力を落としました。


「森では、みんな狼をおそれ、ここには近よれません」

シンタは、ここに来るまでに出会った鹿や、岩場のヤギのことを話しました。

「みんな、つかまったら終わりだって言ってます。だから、だれもこの近くには寄りつかないって。ユメさんは、ずっと一人で待ってるんですか? 食べられるかもしれないその時まで・・・」


彼女は、涙を流しました。

「分からない・・・どうすればいいのかなんて。

・・・でも、私に言えるのは、あなたは逃げなくてはならないということよ。生きられる命を、ここで失う理由なんてないの」


「ぼくは、あなたを助けます」

シンタは言いました。

「あまり固くない岩をけずって、ぼくが通ってきた穴を、あなたでも抜けられる大きさにすればいい。

さいわい、ユメさんは細くてしなやかだ。ちょっと広げるだけで、逃げ道は完成します」


「無理よ。この洞窟は、とらえたどんな動物も、逃げおおせたことはないと狼が言っていたわ。あなたがやろうとしている方法も、みなためされたことでしょう」

ユメも、顔にすり傷を作ってまで、すきまを通ろうとしたのだ。


「狼たちも、あたたかい今は獲物も多く、ぼくみたいな小さな動物は気にかけていません。・・・こんな時のために、ぼくの歯はあるんです。あなたの夫になる東の主に、ゆいいつ勝っているところです」

シンタは笑って、自分が抜けてきたすきまの穴を、けずりはじめました。

どうしても通る部分にかたい岩もあり、歯が少しずつ欠け、小さくなっていきましたが、彼は懸命に道をひろげていきます。


ユメが、何度か見はりの狼がやって来たときに合図する以外は、ずっと掘りつづけていました。

そして、まる一日が過ぎたころ。

「たぶん行けると思います」

シンタが穴の奥から戻ってきた時、ユメはもうほとんどなくなってしまった彼の歯を見て、悲しみに目を閉じました。


止めてもシンタは穴堀りをやめず、ユメは、ただ完成した逃げ道の前で、「ありがとう」と言うことしかできなかったのです。

洞窟の後ろがわから一緒に抜け出すと、狼たちのいる森をさけ、気づかれないように、遠回りして帰ることにしました。


ーーそこでシンタたちは、ユメの夫になる東の山の主が、大勢のキツネをつれて狼と戦っていることを知ります。

仲間の中でも勇気のあるイノシシや、牡鹿おじかがすこしずつ集まっていることも。

数で負けている狼たちは、見事な主の指揮で、どんどんナワバリをちぢめられていると森の動物が教えてくれました。

「すごい人なんですね」

シンタは、言いました。

「あの人は・・・」

ユメは、声をつまらせて答えます。


「みな東の主だと言うけど、ナワバリなんてちっぽけなものなの。みんなが、あの人のものだと、勝手に言っているのよ。

あの人は、むだな争いを嫌う、ただの森の仲裁役なの」

大きい人なのだと、シンタは東の主のことを思いました。

ユメさんがいつか話していた、自分を高めてくれる人というのは、自分の思いより大きなことをやっている人のことかもと、感じていました。






「・・・ほんとにありがとう」

自分たちの森にたどり着いたとき、ユメはシンタにほおをよせ、お礼を伝えました。

「あなたに、私から返せるものはあるのかしら。あなたに私は、命を救われたわ。・・・でも、それでもなお、東の主のところに行きたいと思っている自分がいるの」


シンタは、ずっと知っていました。

ユメがどんな思いで遠回りの道を選び、どれほど急いでけてきたのかを。

ほんのわずかな間でも、彼女の背に乗せてもらい、同じ景色を見ることで、理解できることもあったのです。


「分かっています。ぼくはあなたを、他のだれにもできないやり方で、助けることができた。

・・・ずっと、恋をしていました。

けれどぼくの思いは、けっして相手のためではなく、あなたを手に入れたときの、自分の喜びのためです」

「でも、危険をかえりみず、私を救ってくれた」


「・・・ほかに、何も考えられなかっただけです。そして今では、東の主があなたにとって一番の相手だと、知っている」

「・・・今のあなたになら」

ユメは悲しみをふくんだ、おだやかな声でシンタに言いました。

「たぶんほめられれば、私はとても嬉しい」

そう言って、彼を一度しっぽに包むと、抱きよせ、去っていきました。

その美しい彼女の走り姿を見ながら、シンタは、自分はちゃんとやれたかな、と静かに目を閉じていきました。






東の主とユメは、その数日後、ぶじに結婚します。

狼たちは、東の主に、「今度はキツネだけではなく、山の動物全員で戦うぞ」と告げられ、しぶしぶもとのナワバリまで帰っていきました。

森は、以前のとおりになり、あれからシンタは、小さくなった歯がまた生えてくるまで、ユメに毎日食べ物をとどけてもらっています。


そして、新しい日々をすごす彼には、新たな夢もできました。

自分なりに、いつか東の主のように大きい存在になりたいと、そしてそのとなりに、自分に似合ったねずみの女の子がいてくれれば嬉しいと、今は森をながめています。


一つの思いをこえて、冒険をし、シンタはすこし大きくなることができました。

そして、その大きくなった一歩で、また今日を、そして明日を、力強くふみ出していけるようになったのです。











おわり



ここまでお読みいただき、誠に有り難うございました。


なんというか、これはずいぶん前に書いたもので・・・

自分の中でも、初めて終わりまで書けたような作品だったと思います。


お蔵入りにしたのですが、書くネタが何も思いつかなかったので、引っ張り出して推敲してみました。


思いがけず、自分にしてはうまくいった方だと思うのですが・・・


(呑んだくれ青年くん、憶えてるかなあ・・・。それに、冬馬さんと、(仮)さん。

当時は今以上にボロボロだった作品に、好意的な意見ありがとうございました!)


そして、何よりここまで読んでくださった方。

直截的に過ぎる話でしたが、寛大にもお付き合い頂き、本当にありがとうございました!


それでは、失礼します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] なろう受けを狙ってない真っ当な童話で、いい作品だなと思いました。 ユメは優しいキツネですね。 想いを寄せてくれるシンタを振るため、本音を聞かせてあえて嫌われようとする。 シンタも勇気が…
[良い点] いいじゃないか、結ばれやしないけど、鼠と狐の間には このうえなく貴重で希少な絆を産み出したやん 王道なんかクソ食らえ、 この一時にこそ価値がある
[良い点] 昔飼っていた猫が自分の好物のゴキブリを捕って来てくれたことを読んでいる途中で思い出しました。
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