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09.フラグを破壊する

 エマの手を握り、芭蕉扇でパンクラツの町までともにやってきた俺は急速に青ざめていた。


 何をいきなり女の子の手を握ってんだ~、俺は~!

 しかも、自分の作ったキャラだからって、さらっとエマって呼び捨てにしてなかったか?!

 ダメだろ、だって今はもう相手は意志を持った人間なんだぞ?!


「え、なに? え? もしかして、私たち、パンクラツに戻ったの? ニュクスさん、帰還アイテムを使えるの??」


 エマはそんな俺の狼狽を知ってか知らずか、俺以上に困惑して辺りを見回している。

 パンクラツの門番が、警備隊長であるエマの顔を見て驚いたように駆け寄ってくる。


「エマ様!? 帰還アイテムでのご帰還など、何か問題が起きたのでしょうか?! ……ん? なんだこの冴えないガキは」


 ガキって誰のことだろう……と思ったが、そういえば俺は今15歳に若返っているのだった。

 エマと並んだら、もしかしたらお似合いに見えたりするのかな。

 ……って、何考えてんだ俺は。

 精神の年齢は自分の半分にも満たない相手だぞ。


「あ、あの……ニュクスさん?」

「ひぇえっ? あ、はい!」


 この、とたんに話しかけられると声が裏返る癖を何とかしたい俺である。


「色々とお話をお伺いしたいんですけど……、大丈夫ですか? どうかなさいました?」


 あぁ、エマ。

 優しいなぁ。

 俺みたいなのにも気を使ってくれるいい子に育ってくれて、父さん(違うけど)本当に嬉しい。


「いやぁ、可愛いなぁって思って、つい、見とれちゃって」


 思わず本音が漏れた。

 さすが、俺のリビドーをすべて注ぎ込んだヒロインである。

 すらりとした肢体に、控えめな胸。

 意志の強そうな大きな藍色の瞳と、理想的な弧を描いた眉。

 美人の忘れ鼻という言葉の通り、主張のない美しく通った鼻。

 全部注文通りです! ありがとう、女神様!


 と、エマの顔が急速に赤くなっていく。


「か、か、可愛いなんて! 急に何を言うんですか!」

「あっ、いや、その! ごめん、違うんだ!」


 まずい!

 この子はこういうのに免疫がないはず!

 俺みたいなおっさん、しかも村人Aとフラグを立ててしまったら可哀相だ。

 この子はこの世界のヒロインだぞ?

 それに、エタクリは……


 ええいっ、フラグをぶっ壊すには……!


「や、違くて。その、この子だよ! この子。可愛いと思わない? オフィーリアっていうんだ」


「あ、あ! そうでしたか! 私ったらつい自分のことだと……そうですよね、私なんて。すみません。もう、恥ずかしい……」


 エマはすっごく分かりやすく落ち込んでしまった。

 ごめんな、エマ。

 でも、俺となんてフラグ立ったら申し訳ないし。

 俺に抱えられたオフィーリアが「チィ?」と俺を見上げている。


「その子、ニュクスさんの使い魔ですか? っていうことはニュクスさんは〈魔獣使い〉の称号持ちなんですね」


「え? 〈魔獣使い〉って他にもいるの?」


「はい。たまに、その称号を持って生まれる赤ちゃんがいるみたいですよ。魔物は人間とは比べ物にならないほど力が強く頑健ですから、重宝されるみたいです」


 そうなのか。

 俺はてっきり自分だけのユニーク称号かと思っていた。

 だけど考えてみれば、途中でデータを作るのは放り投げたけど、システムとしては残っていたからオフィーリアを仲間に出来たわけで。

 それが女神に再利用されていたとしてもおかしくはないのか。


「それで、ニュクスさん? さっきからずっとはぐらかされていますけど、一体タペンスの村で何があったんですか? なぜ滅びたはずの村があんなに発展していたのか、何かご存じないですか?」


「あっ、いや、その」


 ど、どうしよう。

 こんな風に目を見てまっすぐ聞かれたら、はぐらかすわけにはいかない。

 かといって、俺のスキル〈データベース〉のことをバラしちゃってもいいんだろうか。

 っていうか、すでにおっさんの前では思いっきりバラしちゃったわけだが。


 あー、まずったなぁ。

 自分の創作世界だからか、魔物に襲われて死ぬことは警戒していたけど、この世界の住人のことは無条件で信頼しているところがある。

 もしかしたら、俺より全然悪知恵が働くやつに目をつけられる恐れだってあるのに。


「や、その、実は俺もよく分からないんだ。あのおっさんの護衛としてついていっただけで、なんであんなことになっていたのか……」


 俺は適当なことを言った。

 通るか!?

 通るか、この言い訳!?


 恐々としていたが、エマはあっさりそれを信じてくれたようだ。


「そうだったのですか。うーん。謎ですね。しばらくは様子を見に警備隊のものを巡回させたほうがいいかも知れません。安全と分かるまで、パンクラツに避難してきている難民の方々にはもう少し我慢していただかないと」


「いやぁ、大丈夫だと思うよ。〈英雄の灯火〉も問題なく灯っていたし。難民の人たちも、あんまり長く避難生活が続いたら貯えも底を尽きちゃうだろうしね」


「むぅん……。それはそうですが……。警備隊の者たちの報告を聞いてから、なるべく早いうちに検討することにしましょう」


 ねぇみんな、見て。

 この子これで十四歳なんだよ。

 しっかりしてるなぁ。

 なんだか娘を自慢したくなる親父さんのような心境である。


「それはそれとして……。ニュクスさんは、この町は初めてでしたよね? 使い魔を連れているということは、この町で〈魔獣使い〉として活動されていくということでしょうか」


「え、えぇまぁ。そのつもりです」


「そうですか。でしたら……。ようこそ。パンクラツの町へ! 我々はあなたを歓迎します。昨日も言いましたが、何かお困りのことがありましたら、いつでも言ってくださいね」


 はじけるような笑顔で、エマは言った。

 その顔を見たら、俺は――

 誇張でもなんでもなく、エマから目が離せなくなった。


 どうしようもなく。

 どうしようもなく、可愛い。

 でも、だからこそ、エマとはこれ以上親しくなってはいけない。


 だって、エタクリは――

 エタクリは、エマともう一人の主人公、熟練の傭兵リチャードとのバディものなのだから。

 始めは反発し合っていた二人が、やがて心を通わせ、唯一無二のパートナーになる。


 それこそが、俺が命を懸けてまで作っていたエタクリのストーリーだった。

 俺みたいなイレギュラーのせいで、エタクリの世界を壊すわけにはいかない。


 エマは片づけなければいけない仕事があると言って、俺を置いて先に町の中へと入っていった。

 パンクラツの市門を入っていくエマを、俺は茫然と見送るしか出来なかった――。



   *   *   *   *   *



 時、同じころ。

 パンクラツの町を、一人の少女が歩いていた。

 彼女は悲愴な決意を秘めた目で、やがて少女の目の前に見えてきた酒場の看板を見上げた。

 酒場には〈天駆ける駿馬亭〉とある。

 だが、ここは〈ケダルの酒場〉だ。

 旅人たちが集い、別れる場所。

 ゆっくりと、彼女は入り口のスイングドアを開く。

 その頭部では、猫のような三角の耳が、緊張のためかピンと天を向いていた。

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