06.知らない人に話しかける
昨日は結局、あれから何もできず悶々としているうちに寝てしまった。
あの後、ステータスを確認してみたところ、【名前:未設定】だったのが、【名前:ニュクス・トライアングリックス】に変わっていた。
ゲームだとああいった名づけイベントはよくあるからな。
俺は正式に『ニュクス』になったらしい。
テントを出ると、朝露の湿った匂いがする。
太陽はまだ地平線の少し上あたりで寝ぼけている。
風が心地よかった。
こんな爽快な朝、ここ数年なかっただろう。
すっかり、異世界の朝を満喫していたら、爽やかな朝にそぐわない一団が南へと向かうのが見えた。
「あれ、なんだろうあの人たち? やけに暗い顔してるけど」
十や二十ではない百人近い集団である。
あの先にあるのはパンクラツの町だろう。
出稼ぎか何かかとも思ったが、ひどく気落ちしたような表情が気になる。
「話しかける? ……本当に? お前、話しかけるつもりか? 本当に?! うーむ」
事情を聴いてみたい気もするのだが、俺は持ち前のコミュ障を発揮してウダウダしていた。
そしたら、タイミングよく顔を上げたおっさんと目が合ってしまった。
おっさん、あいまいに微笑みかけてくる。
これは……。
話しかけたほうがいいよな?
あー、近づいてくるわ。
なんか。
ええい、ままよっ!
「ひゃの、はっ、あの、」
「旅人さんかい?」
すっげー声が裏返った上に、話し出しが被ってしまった。
なんかもう死にたい。
「ひゃい……、そ、そうです」
「我々がどこから来たのか気になるんだろう?」
「まぁ、ありていに言えば……そうですね」
おっさんも、わが身の不幸を誰かに話したかったのだろう。
俺が聞く前に、自分から事情を話し始めた。
ただ、その内容は、俺にとって釈然としないものであった。
「実はさ、『英雄の灯火』が消えちゃって」
「はぁ?」
「うちの村の灯火はパンクラツのルビトロス神殿から種火をもらい受けたもんで、長年、うちの村を守ってくれていたんだが……昨晩、魔物の一大攻勢を受けてねぇ」
そういえば、なんかそんな設定を作った覚えがある。
どうして町や村の中に魔物が現れないのか。
それは〈英雄神ルビトロス〉の力が宿った灯が町や村を照らしているからである、と。
村々に一つ。
大きな町なら三つや四つ。
灯火は人々を照らしている。
「それ、おかしくないですか? だって、『英雄の灯火』の周りには、そもそも魔物は近寄れないはずじゃ……あっ」
「確かに、英雄の灯火は魔物を寄せ付けない効果はあるけどな。知性のある魔物は灯火の効果を耐えることができるし、逆に我を失った魔物にも効果がないことがある」
うん。
そういえばそうだった。
絶対に魔物が近づけないことにすると、後半に登場する“魔物に滅ぼされた村”が出せないことになるから、後付けでそんな設定を足したんだった。
「失礼ですが、村の名前を聞いても?」
「ん? あぁ、タペンスって村だ。タペンス川の上流にあるからな」
「あぁ、パンクラツにも注いでいる……」
初めて聞く名前の村である。
川の名前は聞いたことがあるが、この世界には俺の知らない村もどうやらあるらしい。
まぁ、それも当然だろう。
俺がツクレールで作った町や村は全部で二十くらいしかないからな。
っていうか、コンシューマーRPGに登場する町の人なんて、全員合わせても五百人いかないんじゃないか?
だが――、この世界には昨日の爺やこのおっさんのように、俺が作ったわけではない人間も大勢いるようだ。
現実となったこの世界の人口が、さすがに五百人なわけはない。
俺が作った町だけじゃ、全然足りないはずだ。
……ちなみにこの二十という数字、実は国民的大人気RPGを参考にさせてもらっている。
七はちょっと長いし、三は裏世界とかもあるから、参考にしたのは四から六だ。
この三作品は大体、町の数が二十ほど、ダンジョンの数が二十四~五ほどだった。
これぐらいが、遊ぶにはちょうどいい長さなのかもしれない。
閑話休題。
「なんでまた、魔物はタペンス村を襲ったんですかね?」
「さぁなぁ。襲ってもうまみのある村じゃねぇんだが。村のもんが言うには、すっかり暗くなってから、遠くに大きな火柱を見たっつってよ。小物ばっかりだったし、あの大群はそれを見て逃げてきたんじゃねぇかな。たまたま通り道にタペンス村があったっつうことだろう」
おっさんの話を聞きながら、俺は冷や汗をかいていた。
それ、やったの俺です。
だって、中級魔法でそんな被害が出るとは思わないじゃないですか。
これで上級とか絶級魔法を使ったらどうなるんだろう?
パンクラツの町近辺はそんな強い魔物はいないから、中級でも充分脅威だったってことだろうか。
おっさんの話を聞いたら、俺も黙ってはいられなくなってしまった。
「おっさん。タペンス村からここに来るまで、途中でどこの村にも寄ってない?」
「あぁ。ほとんど着の身着のまま、村の近くの高台に逃げて、取るものもとりあえずここまで一直線よ。高台から村の灯火が消えるのを見たときは、なんつぅか魂が抜けたような喪失感でよ」
「いや。途中どこにも寄ってないんならいいんです。ちょっと俺と一緒にタペンス村まで来てもらえますか」
「はぁ?! お前、ここまで逃げてきてそりゃねえだろう。それに、今更タペンスにいったところでなんもありゃしねぇ……」
と、おっさんの言葉を半ば無視して、俺はあるアイテムの入った宝箱を〈データベース〉で出現させていた。
「なんだい、そりゃ?」
いきなり現れた宝箱に驚いたのか、おっさんが興味津々といった様子で俺の手の中にあるアイテムをのぞき込む。
「これはまぁ、帰還アイテムってやつですよ」
そこには、一抱えほどもある大きなうちわが握られている。
【芭蕉扇】
いわゆる、最後に立ち寄った町に戻れるアイテムである。
エタクリにも、一度行った場所ならどこへでもテレポート出来る魔法もあるにはあるが、物語の後半のイベントで覚えるもので、残念ながら透明さんには使えなかった。
まぁ、今はこれで十分だろう。
「じゃ、行きますよ」
「ななな……待て待て待て」
俺はやや痩せぎすのおっさんを脇に抱えて芭蕉扇を握らせると、その手を掴み、思いっきり地面をあおいだ。