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05.エマ・ナイトレイ

「少し、話を聞きたいのだが――、失礼する」


 日の入りと同時に出た満月が、空のてっぺんに差し掛かろうといったあたり――

 だから、元の世界の感覚で、夜22~23時ごろのこと。

 テントの外から、若い女性の声が聞こえた。

 その後ろからも、がやがやと数名の男たちの声が聞こえる。

 町から、見回りの騎士団がやってきたのだろう。


 ところで、さっきステータスを見たときから気づいてはいたのだが、やっぱりというべきか、若い女性の声は日本語だった。

 まぁ、日本語で作ったゲームだから、当然と言えば当然なんだけど。

 この世界には神という全世界的存在もいるので、全世界単一言語なのは許してほしい。

 と、誰にともなく言い訳したい気分になる俺である。


「はいはい。なんでしょ、う――」


 呼びかけに応じ、テントから出たところで、俺は棒立ちになった。


「私の顔が、何か?」


 騎士団の持つ松明と、テントから漏れ出る〈無限ランタン〉の灯りが少女を照らしている。


 ひと目で分かった。

 エマだ。


 癖のない黒髪――いや、ブラックゴールドの髪だ。俺がそう設定した――を左側だけの長いサイドテールにまとめている。

 闇よりも深い黒色だが、無限ランタンの光が揺れるたび、ハイライトが金色に輝いている。


 わずか十四歳でマダレーナ王国の王立騎士団(ロイヤルオーダー)に所属し、パンクラツの警備隊長の任を拝命した美しき天才少女、エマ。

 もっとも、この人事は彼女の両親の意向が強く働いており、エマ本人は納得してはいなかったりするのだが――

 エタクリのアクターたちの中でも、物語の中心人物となる少女だ。


「すまないが、話を聞かせてもらえるだろうか」

「あ、ああ。はい……」


 うろんげな目で、エマが俺を見上げた。

 頭一つとまでは行かないが、俺よりもかなり背が低い。

 後ろにいる騎士たちと比べると、さらにだ。


 それでも、〈涙神ロザシア〉の強い加護を得ているエマは、この中の誰よりも素質に恵まれている。

 経験を積めば、そこらの騎士では太刀打ちできない強さになるだろう。


「先程、この辺りで巨大な火柱が上がった。何か見てはいないだろうか。もし、何らかの魔物による攻撃であれば、この近辺の警戒を強めねばならない」


「い、いえ……。日が落ちると同時に眠ってしまいましたので、ちょっと見てないですね」


「本当か? あれほど巨大な火柱だぞ。何か隠しているのではないだろうな。そもそも、なんでこんなところで野宿をしている」


 どうも挙動不審になってしまう俺を、エマは怪しいものでも見るようににらみつける。

 でも、仕方ないと思う。

 自分の思いを込めて生み出したキャラが、こんなにリアルで……しかも、物凄く可愛くなって目の前に現れたのだから。


 特に、匂いがヤバい。

 二次元じゃありえない、生々しい存在感を主張している。


 この香りをなんと言えばいいのか。

 とても高級な、甘いカクテルのような香りがエマから漂ってくる。

 生クリームとか載ってる、デザートみたいなやつ。

 十四歳の女の子相手にカクテルという例えもどうかと思うけど、この蠱惑的な香りを他になんと説明していいか分からない。


 三次元の女の子とはあまり縁がなかったせいで、この匂いの洗礼は強烈だった。

 自分の顔が、みるみる赤くなっているのが分かる。

 落ち着け、俺。

 相手は半分ぐらいの年齢の小娘だぞ!


「え、えと、あのっ、そのっ、パンクラツに向かおうとしていたのですが、日が落ちてしまったので……。は、初めての町で、距離感が、分からなかったものですから」


 俺が大慌てで釈明していると、エマがふっと力を抜いたように見えた。


「なるほど……。お騒がせして、申し訳ありませんでした。どう見ても、あなたは悪い魔道士のようにも見えませんしね」


「そ、それは……はい。もちろん」


 なんだか許されたような雰囲気だ。

 顔がエマ相手に照れまくってるのがバレたのかな? 恥ずかしい。

 と、エマの後ろにいた老騎士が声を張り上げた。


「エマ殿! このように怪しいガキを、おいそれと見逃してしまうおつもりか!?」


 うわぁ。

 うるせぇなぁ。

 この世界で出会ったファースト異世界ビトがエマだったことは幸いなことだったけど、こっちの老騎士はゲームに出した覚えがない。

 当たり前の話だが、オリジナルのゲームに出ていない住人もちゃんとこの世界にはいる、ということだ。


「逆にお聞きするが、分隊長殿はどうせよと仰せで?」

「もちろん! ひっとらえて尋問にかけ、知っていることを洗いざらい吐かせてやるべきではございませぬか」


 エマの問いに、食い気味に、分隊長とかいう爺が答える。

 これには温厚な俺も、ちょっと頭にきた。


「おい、爺さん。それは横暴じゃないか? ただ怪しいとかいう勘だけで、オタクらは人を尋問にかけるのか?」

「何をぬかす、小僧!」


「確かに俺は小僧だけどな。道理の分からない爺よりは幾分マシな人間だと思うぞ」

「キサマっ、よくぞぬかした!」


 爺がさっと腰の剣に手をかける。


 製作者が言うのもなんだけど、ここの住人、みんなこの爺みたいに直情的なのか?

 もっとも、製作者おれの性格が反映されているのか、こんな嫌な爺でもイチャモンは素朴なのがちょっと笑える。

 もっと陰険な嫌味、何度も味わってきた。


 爺の目を、真っ向から見返してやる。

 爺があの剣を一閃させたら俺はそれで終わりだ。

 足は多分ちょっと震えてる。

 だが、もし斬ったら、たとえ俺が死んだとしても爺の『負け』だ。

 爺は真っ赤な顔で剣を鞘から三センチほど抜いた。


 こんな態度、元の世界じゃ絶対にできない。

 なら、なんで俺がこの威圧的な爺に立ち向かえているのか。

 理由なんて一つだ。

 ――エマがちょっと困ったような顔をした。

 俺には、それだけで十分だった。


 脳裏に『ぽんっ』と音がする。

[【習熟度】〈恐怖耐性〉が3に上がった!]

 今はステータスウィンドウを出していなかったのだが、スマホの通知みたいにそれだけ視界の端に見えた。


 こんなんでも上がるのか。

 足の震えが止まり、呼吸が楽になる。


 すると、エマが小首をかしげて考え込んだ。


「確かに……、分隊長殿の仰る通り、ちょっとこの方は怪しいですね」

「そ、そうであろうっ?!」


 エマの言葉に、爺が勢いづく。


 ……あれ?

 エマさん?

 もしかして、俺を裏切るおつもりですか?

 と思ったが違った。


「もし仮に、先程の火柱がこちらのお方によるものだとするならば、こちらのお方はさる大賢者のお弟子さんかも知れません。見たところ、我々への敵意はないご様子。なればこそ、この場で敵対するのは得策ではない、と判断いたしました。あれほどの大魔術を行使なさるお力、パンクラツのためにいずれはお貸しいただけるよう、ここでは友誼を結んでおいたほうがよろしかろうと」


「そ、それは……その」


「むろん、ただの旅のお方なら、無理に捕らえてパンクラツに恨みを持たれては、善良なるパンクラツの民に申し訳が立ちません。分隊長殿のご助言、若輩の判断の一助となりました。ありがとうございます」


 エマが畳み掛ける。

 すると爺は、


「ふ、ふむ。目先の怪しさに惑わされず、大局を見る目はあるようですな。安心いたしましたぞ。これからも、精進なされよ」


 と、さも、自分も最初からそう考えていたみたいに言いやがった。


 何を「未熟者に教えてやった」感出してんだ?

 爺、てめー、俺の娘(みたいなもの)に、偉そうに。

 なめくさっとんのか、おら。


 俺がガルガルしていたら、エマが握手を求めてくる。


「私はパンクラツで警備隊の隊長職を拝命しております、王立騎士団ロイヤルオーダーのエマ・ナイトレイと申します。よろしければ、旅のお方、お名前を聞いても?」


「あぁ、俺は、ささ――げふっ」


 まずい。

 危うく日本名を名乗るところだった。

 そういえば、何と名乗るかを考えていなかった。


 自慢じゃないが、俺は命名可能なRPGでは三時間は悩んでしまうタイプだ。

 本名の佐々木聡と名乗るのは違う気がする。

 なら、ツクレーラーとしての名前・絵日記と名乗るか。

 でも、それじゃ、かっこつかないよなぁ。

 せっかくだからかっこいい名前をつけたいところだが――


「貴様っ! 名乗れんとは、やはり怪しい者か?!」


 爺が圧をかけてくる。

 エマは爺を制するように片手をあげ、待ってくれていた。

 もっと考えたかったが、この雰囲気の中で考え込むわけにはいかない。

 何より、エマがじっと俺を見つめてくるので、ドキドキしてしまってまともに思考できないのである。


「えっ、えー……にゅぃくぃ、っす」


 おかげで、「絵日記です」と言おうとしたのに、思いっきり噛んでしまった。

 変なやつに思われてないだろうか。

 すぐさま、訂正を――


「あ、す、すみません。あの……」

「ニュクス……さん? ニュクスさんと仰いましたか?」


 と思ったら、エマは、なんか勘違いしてくれたらしい。

 成り行きだが、ニュクスか。

 ギリシア語で夜という意味だ。

 悪くはない。


「そ、そう。ニュクス・トライアングリックスです」


 自己紹介して、エマの手を握り返す。


 ちなみに、苗字のほうは四角でも円でもないトライアングリックス。

 元々、いつか個人サークルを立ち上げた時に使おうと考えていたサークル名である。

 元ネタは――、まぁ、多分、ちょっと考えたらわかる。


 と、エマが俺の手をくっと下に引いた。

 かがめ、ということだろう。

 中腰になると、背伸びをしたエマが俺の耳元で素早く囁く。


「実はあのお爺さん、娘さんの前で、いいところを見せたいだけなんですよ。だから、あまり悪く思わないであげてくださいね」

「――えっ?」


 いたずらっぽく笑うエマの目の動きにつられて後ろを見ると、それまで気づかなかったが、三十歳ほどの妙齢の女性団員が少し顔を赤くして立っていた。


 って、いうか、近い。

 近いよ、エマ。

 熱を感じる頬がもう数センチの距離にある。

 それに匂い、匂いが、もう……っ。


 あとちょっとで我を失う直前、エマは離れた。

 体感ではかなり長く感じたが、実際にはほぼ数秒のことだったようだ。


「町はこの先へ、徒歩なら四半日ほど行ったところです。もし、何かお困りのことがありましたら、いつでも警備隊の詰め所にお越しください。しばらく我々はこの辺りを警戒していますので、安心してお休みくださいね」


 すぐさま姿勢をただし、エマは飛び切りの笑顔を見せる。

 警備隊がさっそうと立ち去った後も、俺はしばらく、その後ろ姿をぼうっと眺めていた。


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