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38.お師様

「ちょ、ちょっと待って。あなた、今なんて言ったか分かってる?」


紅蓮の魔術師と恐れられる、妖艶なる美女サヘル・スウィントンが、俺の言葉に動揺し、声を裏返らせていた。

 サヘルのレベルは22だ。

 最初の町パンクラツで仲間になるアクターはほとんどがレベル一桁。

 無理をすれば序盤に仲間に出来るツイッギーのレベル14よりも、さらに高い。

 もともと、パンクラツ陥落イベントは中盤に起こる予定であり、サヘルはそのさなかに仲間になるアクターのはずだったためである。

 恐らく現時点で、最強のアクターのはずだ。


「ええ。分かっています」


「いいえ、分かってないわ。相手はあの、金封バークアよ?!」


 サヘルが取り乱すたび、おっぱいがぶるんぶるん揺れる。

 う~ん、目のやり場に困るなぁ。


「確かに。レベルで言ったら天と地です。でも、勝機はある。それに、倒す必要はないんです。ただ、ある人物を奪い返してほしいだけで」


 そのレベル22のサヘルをもってしても、バークアには遠く及ばない。

 なんたって、相手はラスボス戦直前に戦うはずのボスモンスターだ。

 普通に攻略しても、パーティーのレベルは40近くないと相手にすらならない。

 仮に一対一で倒そうとするなら、一体どれほどレベルが必要になるか、想像するのも面倒なくらいだ。


「ある人物って誰よ」


 サヘルが大きな胸をそらして尋ねる。

 俺がサヘルに協力を要請しに行ったのには、理由がある。

 民を逃がすだけなら、〈データベース〉の力で何とかなる。

 だが、この町を捨てて逃げだす前に、一人、助けなければならない人物がいるのだ。


「〈聖剣神アスラ〉の神官です。名前はビョルン・ハサウェイ」


「〈聖剣神〉ですって?」


「金髪碧眼のショタで、女の子に間違われるぐらいの美形です」


「……詳しく話を聞こうじゃない」


「ある計画に利用されるのを防ぐためです。それ以上は言えません」


 ビョルンは最果ての地ニムゾにおいて予定されている儀式の大切なピースなのだ。

 本来なら、エマとリチャードが成り行きで助けることになっていたのだが、リチャードが死んでしまったせいで、いまだラージャ側にいるはず。

 というか、もしかしたらラージャがこれほど早く侵攻できたのも、ビョルンの能力を利用したからかもしれない。


「それだけの情報じゃあね。バークアに敵対するなんて命知らずなことに、おいそれとウンとは言えないわねぇ」


「あのぉ~。良かったら、うちが手伝てつらいましょうか? 一応、依頼は達成済みってことになってますけろ。にゅくしゅしゃ、なんか策があるみたいれすし」


「……えっ」


 おずおずと手を挙げるツイッギーに俺は固まってしまった。

 協力を申し出てくれるとは思っていなかった……のではなく、完全に頭数に入れていたからである。

 そういえば、自分でさっき『依頼はもう達成済み』って言ってたじゃんね。


「あ、ありがとう。多分、バークア本人がビョルンを監禁しているわけではないと思うんだ。バークアのパーティーメンバーのうちの誰かだと思う。見た限り、他のメンバーもアメジストだったから、かなりの強敵なのは間違いないんだけど」


 紫封パープルシールといえば、複数の都市に一人いるかどうかの階級である。

 戦うことになれば、苦戦は必至だ。


 もっとも、『やつは四天王の中でも最弱』ポジションが相手であれば、今のサヘルとツイッギーでも充分善戦できるかもしれないが。

 逆に、四天王最強ポジションのやつがビョルンを見張っていたら、苦しい戦いになるだろう。

 対策をガッチガチに固めていって、それでも奪還作戦の成功率は三割といったところじゃないだろうか。

 ゲームならセーブロードが出来るけど、やり直しの効かないこの世界じゃ、三割はあまりにも心もとないうえに、命の危険だってある。

 ちなみに、バークア自身が出てきたら勝機はゼロ。

 今は町の外でレベル上げすることも出来ないので、どうしようもない。


「う~ん。確かに、バークアたちを除けば、私より強い人なんて知らないけど……だからって、よく考えたら、私があんたたちに協力する理由もないのよね。私は一人で転移魔法で逃げればいいわけだし」


「……あなたの秘密、バラしますよ?」


「秘密ぅ~? 何のことかしら。私にそんなバラされて困るような秘密なんて、あるわけ」


 強がるサヘルをよそに、俺は一度ツイッギーは連れて入り口まで戻った。

 外に出るのも、入ったときと同じ要領だった。

 ツイッギーを外に出し、一人で再び戻ってくる。


「な、なによ。二人きりになるなんて。……言っておくけど、私を襲おうったって、あんたなんかに負けはしないからね」


 それはそうだろう。

 普通に戦ったらレベル1の俺じゃレベル22のサヘルに敵うはずがない。

 だが、


「サヘル……サヘル・スウィントンよ。よくもまぁ、わしに向かって、偉そうな口が聞けたものじゃな」


「はぇ?」


 俺には、〈データベース〉の他にもう一つ、女神からもらったチートスキルがあるのである。


「キサマをそこまで育ててやったのは誰か、よもや、忘れたわけではあるまいな。わしが死んでからというもの、そのように腑抜けおって」


「そんな、まさか」


 俺は女神からもらった〈一時グラフィック変更〉のスキルで、自分の姿を『サヘルそっくり』に変化させた。

 唯一の違いは髪の色だけだ。

 サヘルの髪は赤橙だが、今の俺の髪は青く輝いているに違いない。


「お、お師様……リーアム様!? な、なんで……」


 サヘルの師匠はリーアム・スウィントンと言って、彼女と同じ顔をしていた魔女だ。

 というか、サヘルのほうがリーアムと同じ顔をしているのである。

 サヘルはリーアムの魔術儀式によって生み出された、リーアムのクローンなのだった。


「どれ、おぬしの師である証拠に、〈氷雪の支配者〉とまで呼ばれたわしが今際のきわまで研究しておった【理念魔術】の粋を見せてやろう。……スネグーラチカ!」


『ほいほ~い』


 間の抜けた声が脳裏に響く。

 とたん、部屋の中を氷点下の寒さが覆った。

 空中の水分が凝固し、一人の美女の姿を形作る。

 雪の娘、スネグーラチカだ。


「そ、それは、確かにお師様が開発を進めていた〈人造幻獣クリプティドロイド〉……」


「おぬし、見る限りいまだに処女のようじゃな。わしが死んだら外に出て研鑽を積めと言い残しておいたであろう。まだ、このあばら家から出ずに引きこもっておるのか」


【習熟度】〈詐術〉レベル1のおかげで口がまぁ、回る回る。


「な、な……」


 サヘルは絶句していた。

 無理もない。

 サヘルの師匠、リーアムは、自分のクローンであるサヘルのことは奴隷同然に考えてコキ使っていた……という設定になっていた。

 きっと、恐怖の記憶を思い出し、動けないでいるのに違いない。

 現に、さっきから少し涙目になっている。


「良いか。これがわしから与える最後の試練と心得よ。ラージャは聖剣神の神官を使い、ある儀式を行おうとしておるのじゃ。それを阻止できるのはおぬししか……」


 と、俺がそこまで言ったところで、俺の顔が何か柔らかいものに覆い隠された。


「お、お、お、お師様~! お会いしとうございましたぁ~! 私を置いて死んでしまうだなんて! この年まで、ずっと二人で肩を寄せ合って生きてきて、今さら他の方と交流などできるはずもないです。お師様の思い出を抱いて、一人で生きていくつもりでした!」


「わっぷ、ちょ、なに?!」


 柔らかいものとは、サヘルの豊満なおっぱいだった。


 おかしい。

 リーアムはサヘルを奴隷同然にコキ使っていたはず。

 なのに、なんでサヘルはこんなにリーアムを慕っているんだ?


 確かに、サヘルがどう思っていたか、という設定までは作っていなかった……というか、サヘルの過去を明かすイベントはまだ出来ておらず、サヘルの部屋の日記を調べることで、かろうじて奴隷同然の扱いを受けていたことが分かるだけだったのだが。

 もしかしたら、二人の間には余人の計り知れない愛情が存在していたのかも知れない。


「お師様、お師様! これからも、ずっと一緒にいてください。私をもう一人になどしないでください。サヘルはお師様さえいれば、他には何もいらないんです。私はあなたの鏡写しなのですから」


 ま、まずい。

 こうなることは想定外だった。

 リーアムの霊とでも名乗って嫌がるサヘルを無理やり協力させ、あとはさっさと成仏したことにしてしまおうと思っていたのだが。

 こんなに慕われていたなんて……。

 嘘だと言っても傷つけそうだし、どう軟着陸させればいいんや……。


「わっ、わしはこの少年に転生したおかげで、かつての力を失い、記憶もほとんど残っておらぬのじゃ。じゃが、今日おぬしにあって、一時的に記憶を取り戻したにすぎぬ。いつ、わしの意識が消えてなくなるともしれぬ。聖剣神の神官の奪還、これをわしからの最後の試練だと思い、引き受けてはくれぬか」


「お師様ぁ~。行っちゃやですぅ~。……うぅ、でも、お師様がそう言うのなら、このサヘル・スウィントン、あなたから頂いたすべての力を持ってして、難題に立ち向かってみせます」


 サヘルが涙をぬぐい、拳を固く握った。

 それからもう一度、豊満な胸を押しつけての熱烈ハグ。


 俺はおっぱいの海に溺れながら、自分の選択を後悔していた。

 ううう、ごめん、サヘル。

 ともあれ、こうして俺は、パンクラツ最強の魔術師の協力を取り付けることに成功したのであった。


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