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37.サヘル・スウィントン

「さすがに、町の外に軍がいるとなると、みんなピリピリしてるな……。でも、トネルネ様が言った通りなら、まだ攻めては来ないはず。タビーを一人にしておけないから、ミネルバ婆さんだけは転移イベントでモンタルバートに送ったけど……」


 転移イベントは便利だが、作成するには人数制限とクールタイムがどうしても課せられてしまう。

 それを緩和しようとすると、膨大なポイントが必要だった。

 パンクラツの住人が干上がる前に、全員を転移させられるようなイベントは、どう計算しても残りのポイントじゃまるで足りなかった。

 条件付きにして、例えば四大神の上級加護持ちのみ、みたいにしたらポイントを節約できるんだけど……。

 帰還アイテムである〈芭蕉扇〉も使える人間がほとんどいないって話だったっけ。

 その辺りの理由も、ポイント節約と密接に関わっているのかも知れない。


「包囲を抜けられるだけの距離……要は、敵の裏側に転移できるだけのイベントなら消費を抑えられないか? そんなんしたら、避難どころか戦闘にも有利すぎるし、今度はラージャのほうが可哀相だけど。かと言って、戦う力のない市民だけを敵の背後に放り出しても殺されておしまいだから、警備の兵をつけなきゃいけないし。そしたら、どっちにしたって戦闘は起こっちゃうよなぁ。古代遺跡の起動が早まってしまうから、この地でなるべく人死には出したくないし……。なるべく被害を出さずに、戦争を終わらせるには……」


「にゅくしゅさん! ありましたよぉ! ここっすよねぇ?」


「見つけたか。ツイッギー、今行く」


 俺たちは〈紅蓮の魔術師〉の異名をとるアクターの一人、サヘル・スウィントンに協力を仰ぐべく、彼女の家の前に来ていた。

 サヘルの家は特徴的な窓枠のマップチップを使っているのですぐ分かる。

 現実となったこの世界でも、窓枠は変わっていなかった。


「ほへぇ。サヘルしゃんってこの家の人らったんすねぇ。うち、この家知ってますよ。誰にも入ることのできない魔法の家って。そんな偉大な魔法使いの家だから、当然だったんれすねぇ」


「は?」


 その言葉に、俺は嫌な予感がよぎっていた。


「入ってすぐ、階段があるんれすけろ、その階段は形だけで二階に繋がってないんれすよ。でも、この家に住んでいる人はいるみたいなので、パンクラツの七不思議の一つなんれすって」


「何を、まさか。ちゃんと設定したよ?」


「はぁ? 何言ってんすか、にゅくしゅさん」


 俺はサヘルの家と言われる建物に入った。

 ちなみに、この世界はゲームのお約束通り、ほとんどの家に鍵がかかっていないし、勝手に入っても別に怒られたりしない。

 昔の日本や、今でも田舎のほうではそんな感じだそうだが。


「さ、サヘルさぁーん。入りますよ~。お邪魔しまぁ~す」


 割かし大きな声を出して、サヘルに来訪を告げる。

 石造りの家の中には確かに、階段が一つだけぽつんとあったが、その先で天井にぶつかっていて、どこにも行き場がない。


「う、嘘だ……」


「ね、言ったれしょー? こんなん、どうやって入ればいいんすかねぇ」


「うああああっ、散々確認したぞぉ? 俺はぁぁぁ」


「ぎゃっ!? い、いきなり、なんすか?」


 やっちまった。

 ツクレーラーお約束のミスだ。


 その名も、『イベント起動条件設定ミス』!

 RPGにおいては、一階から二階へと上がる階段なども、『イベント』の一つである。

 本来なら、そのパネルを踏めば自動で上の階に移動してくれるはず。

 しかし、RPGには、調べるという操作をしなければイベントが起動しない……たとえば、宝箱のようなイベントもある。

 この両者は同じ『イベント』だが、イベント起動条件を設定することで、起動方法を変えているのだ。


「えええ。でも、昔は手動で階段作ってたから、そういうミスも多かったけどさ。最近のツクレールはイベント簡単作成ってショートカットコマンドがあるから、それで作ればそういうミスは起こり得ないはずだろ。一体、どうして……あああ、そっか。サヘルの家は階段を上ると次のイベントに派生するから、それを設定するのに手動で作ったんだっけ……」


 途端に早口になる俺を、ツイッギーが怪訝な顔で見つめる。


「にゅくしゅさんって時々何言ってっかわかんないっすよね」


「く、くそっ。サヘルんちがちょうど魔法使いの家で良かったわ。むしろ、そういう雰囲気づくりと思えばいいんだよ。くそぉ~っ! ……サヘルさぁ~ん! いますよね~? 入りますよ~!」


「ここの入り方、知ってるんすか?」


「そんなん、調べるボタ……。ああ、でも、待てよ。調べる……つか、決定ボタンって現実世界じゃどんな動作に対応してるんだろう? 〈データベース〉で書き換えてもいいけど、すでに世界に存在しているものを書き換えるとポイントがかさむし。ステータス……は、違うか。ステータス開くのは決定ボタンじゃなくて、フィールド上でキャンセルボタンだから……」


「まぁ、ね。うちはいいんすよ。にゅくしゅさんがちょっとおかしな人らってゆーのは、もう知ってますから。それでも、ときろきすごいことするってのも分かってるんで、黙っときますけろ。いきなり人前でそんな意味わかんない話すると、変な人って思われるからやめたほうがいいれすよ」


「ううう、うるさいなぁっ。今入るから、一緒に階段の上まで来て。……とりあえず、まずは階段の上を文字通り『調べて』みるか」


 俺が、階段の上にしゃがみ込み、文字通り、何か落ちていないか調べようとしてみたところ……ふっと目の前の景色が変わった。

 水晶玉やどくろなどが置かれた、見るからに怪しい部屋だ。


「ほあああっ!? なんしゅか!? いきなり変な部屋の中に」


 ツイッギーが叫んだとたん、部屋の奥から、ドタンッ、バタンッ、ガシャッっといった、すごい音がした。

 部屋の中はカーテンで区切られており、奥の様子は見えない。

 すぐに音はやみ、シーンという沈黙に室内が覆われる。


「あんなんでいいのか。設定ミスはここだけだと思いたいけど。でも、あの女神のことだから、魔法使いの家は全部この仕様にしてる可能性もありそうだなぁ……。ええと、サヘルさぁ~ん。今日は依頼があって来ました。今からそちらに行きますよ~っ!?」


 カーテンの奥で、また何やらガサガサ音が聞こえた。

 俺は出来るだけゆっくり、部屋の奥へと進む。


「こ、この奥に〈紅蓮の魔術師〉がいるんれすね……き、緊張してるんっすか? にゅくしゅさんも、歩み遅いっすけろ」


「あぁ、いや、そういうわけでは……。サヘルさん。いますよね? カーテンを開けますよ。いいですか。開けま~す」


 何度も入念に確認をし、カーテンを開ける。

 そこには、匂い立つような美女が艶然とたたずんでいた。


「ほああ……しゅっごいきれぇな人っすね」


「……うふふ、いらっしゃい、坊やたち」


 炎のような短い赤橙の髪に、金色の目をした美女だ。

 はじけんばかりの豊満な胸が、アラビアンナイトみたいなジプシーダンサー風の衣装から、今にもこぼれそうである。


「うふふ……。緊張しているのかしら? 可愛い坊や。よくこの場所に入ることが出来たわね。他の依頼人は、あの階段の謎が解けなくて去っていってしまうのだけれど。ひざまずき、祈りを捧げる……なんて、よくわかったじゃない。ご褒美に、話くらいは聞いてあげましょう」


 やたらとクネクネした動きで俺の元までやってきて、人差し指で俺のアゴをつつつっと持ち上げた。

 エロい。

 全体的にエロい雰囲気がぷんぷん醸し出されている。


「……なんか、うち、この人あんま好きじゃないかも知れないれす」


「あらぁ? お嬢ちゃんったら、こっちの坊やを取られそうで焦っちゃったの? でも、そうね。こんな可愛い坊や、放って置いたら私が先に食べちゃうかもぉ。うふふふふ……」


 前世だったら、こんなエロい美女にこんなふうに接近されたら、勘違いして、壺ぐらいなら買ってしまっていたかも知れない。

 だけど、今は違う。

 なんたって、この子は俺が設定を作った子だからな。


「サヘルさん……あの、それ」


 サヘルの足元に落ちていた、ダボっとしたローブをあごで指すと、サヘルの脚が高速でローブを蹴り、部屋の隅に追いやった。


「な、なんのことかしら? うふふふ……うふふふふふ……」


 ちょっと意地悪心がうずいて、俺は一歩踏み込む。


「食べてくれるっていうなら、俺はお願いしてもいいんですけど?」


「え゛っ、ああら、やだ。本気にしちゃったの? 可愛いわね、ボク。ももも、もちろん冗談よ。安心して頂戴」


「本当ですか? 残念だなぁ。こんな美人なお姉さんと、あんなことや、こぉんなことまで、出来ると思って嬉しかったんですけど」


「びっ、美人だなんて、そんな……。わ、若いってすごい。こ、こんなオバさんでも、い、いいの……? って、何を言ってるのよ、私。ざ、残念だったわね。少し、か、からかいすぎてしまったようだわ。いっ、依頼というのはどういうことかしら。今日は依頼があって来たのでしょう?!」


 サヘルが大声をあげて話題を露骨に逸らしてくる。


「ええ~? 依頼の話より、ボクはお姉さんと過ごす予定の熱い夜について、もう少し語りたいんですけどぉ」


「やっ、やんっ。そ、そんなぐいぐい来られたら、わ、私……」


 と言っても、前世でも完全無欠の童貞であった俺に、それ以上語れる事はないんだけどな。


「にゅくしゅさん、変っ態! さいってーれす!」


 顔を真っ赤にしたツイッギーがギザ歯をむき出しにして怒っていた。

 しまった、ツイッギーの目を忘れてたわ。

 ちょっと、やりすぎたか?


「ふ、ふぅ。そうよ、坊や。ちょっとガッツキすぎだわ。そんなんじゃ、女の子に嫌われてしまうわよ」


 そう言ったサヘルの顔が心なしか引きつっていた。


 それもそのはず。

 あまりこういうこと言いたくはないのだが、設定上、サヘルは処女だ。

 というか、完全無欠の引きこもりで、普段はこんなえっろい衣装なんかも着ておらず、着るのが楽なダボっとしたローブで過ごしている。

 さっき何度も大声で来訪を告げ、やたらとゆっくり時間をかけてカーテンを開けたのは、サヘルに着替える時間を与えるためだ。


「にゅくしゅさん、そんなエロエロ魔神らったんれすね。さいてーれす。見損ないました」


 しまったなぁ、ツイッギーに完璧に嫌われてしまった。

 サヘルは極度の人見知りなのだが、テンパると、いつもその人見知りが暴走するほうに作用してしまう、ちょっと痛いタイプの人見知りなのである。

 自分が処女であると知られまいとして、ついつい何でも知ってるお姉さま的なムーブをしてしまい、いつもあんな感じになるのだ。

 それが面白くて、ついついからかいすぎてしまった。


「すみません、サヘルさん」


「いっ、いいわよ。別に」


 まだサヘルの顔が赤い。

 当然、何でも知っているような顔をしていると、男がその気になってしまうことも何度かあった……という設定までは作中にも登場していた。

 サヘルはそのたびに魔法で切り抜けてきた、鋼の処女なのだ。


 ちなみに年齢はトゥエンティフォー。

 現代日本ならいざ知らず、この世界じゃとっくに行き遅れである。

 自分のことをオバさんと言っていた辺り、その辺、けっこう気にしているのかも知れない。

 もっとも、元の世界じゃアラサーだった俺からすれば、二十四歳なんてまだまだ若くて可愛い部類なんだけどな。


「さぁ、依頼について教えて頂戴。今、パンクラツがラージャの軍に囲まれていることと、関係あるのかしら。報酬次第では、あなたたち二人ぐらいなら、転移魔法で逃がしてあげても良くってよ」


 澄ました顔をしているが、内心ではきっと汗ダッラダラに違いない。

 早く終わらせてあげよう。


「実は……」


 俺はやにわに依頼を切り出した。


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