04.スキルを検証する
俺はすっかり暗くなった外に出て、最初からセットされていたスキルの中で、唯一の魔術スキルである〈中級炎熱魔法〉を試してみることにした。
さっき、〈データベース〉も名前を叫ぶだけで発動したから、名前を唱えるだけでも発動するのではないか? という目論見があった。
適当に前方に手を伸ばし、魔法の呪文を呟いた。
「〈中級炎熱魔法〉」
だが――、予想に反し、いつまで待っても魔法は発動しない。
やはり、名前だけで発動するのは簡単すぎるか?
まぁ、一度失敗したくらいで諦めることはない。
何かが足りないのだろうか?
思い出せ、魔法の発動の手順は……?
魔法を選び、カーソルで対象となる魔物を……
「そうか」
暗闇の中、ぼんやりと見える手近の白い岩に、俺は意識を集中する。
対象を“選択”し、再度、俺は魔法の呪文を叫んだ。
「〈中級炎熱魔法〉!」
と、同時に、炎色に輝く風が岩の周りに渦を巻いた。
それらは糸のように縒り合わさり、巨大な炎の竜巻となる。
一瞬で成長した竜巻は、次の瞬間には五つに分かれ、辺り一面を焼いて消えた。
おそらく、魔法は“対象を意識”し、集中してからでないと発動しない。
会話中など、魔法名を出しただけで勝手に発動しないための、ロック機能のようなものだろう。
「しかし、やばいな。中級でこの威力か」
エタクリにおいて魔法、中でも中級炎熱魔法などの属する【理念魔術】はすべて一撃必殺を期している。
先制さえ取れれば、これで、この辺りの魔物に負けることはないだろう。
他二つのスキルが無駄スキルで埋まっている現状、これはかなり頼もしい。
「次は……〈ステータス〉! はゅんっ///」
いまだに、乳首スイッチでステータスを開くのに慣れない。
未開発なのに、断然おかしい。
もしかして、この体に前の持ち主がいて、その持ち主が開発済みだったとか?
しかし、この村人Aのバックグラウンドストーリーなんて作ってないし。
この体の記憶らしきものも感じたことはないから、俺は最初から今の姿で産まれたもんだと思ってるんだけど……。
まぁ、いいや。
魔法の検証に戻ろう。
ステータス画面でMPの消費を確認していた俺は、あることに気づいた。
消費量が、やや多いように思える。
MP自体にはまだ余裕があるのだが……
データベースを開いて、正確な消費MPを確認してみても、やはり少し多かった。
もしや、データベースを開いたり、宝箱を出したりするのにもMP消費してるのだろうか?
そうも考えたが、そうだとすると逆にMPの消費が少ない。
今まで割と気にせず、データベースは使っていたはずだし。
考えられる可能性はいくつかあるが――
俺は再度、目の前の白い岩に意識を集中させた。
先程、魔法を使った際に、体中から力が抜けていくような感覚を覚えていた。
おそらく、あれがMPを消費した感覚なのだろう。
その感覚をなるべく正確に思い出す。
腹……特に、丹田と呼ばれるあたりがカーッと熱くなる。
例えるなら、そこから生まれた炎の龍が一気に脳天にまで達し、さらにはかざした手のひらを通って、外へと飛び出したような感覚だった。
俺は何度か頭の中でその感触をトレースし、目の前の岩に意識を集中。
そして、言葉には出さず、術の名を念じる。
(――〈中級炎熱魔法〉!)
と、瞬間、先程より大きな火柱が上がった。
派手に立ち上がった炎の竜巻に、俺は一瞬言葉を忘れて見上げる。
「おおお……」
呪文を唱えなくても、魔法が発動した。
いわゆるこれは、みんな大好き『無詠唱』というやつだろう。
そもそも、詠唱ありにしたって呪文を叫ぶだけなので、無詠唱もへったくれもないのだが。
出しっぱなしにしていたステータスで、再度MPの消費を確認する。
するとやはり、予想通りMPの消費量は減っていた。
先程MPの消費が多かった原因は、きちんと魔力の流れを把握せずテキトーに発動したから……みたいな感じだろうか。
魔法名による発動は、発動の自動化という意味では誰にでも扱えて強力。
一方、無詠唱は威力が上がり、消費MPも節約される。
この辺りは定番だ。
が――、今度はどうも、基準値より消費量が少ない気がする。
「中間が分からないな……」
そんなふうに頭を悩ませていたら、脳裏に『ぽんっ!』という効果音が鳴った気がした。
見れば、ステータスの上の隅あたりにポップアップが出ている。
読んでみると、
[【習熟度】〈理念魔術(炎熱)〉が4に上がった!]
とあった。
「あれ? マジで? なんでいきなり4?」
エタクリの世界では【習熟度】とは、言うなれば『スキルを覚えるための経験値』といったものだ。
魔物を倒したりするのとは別に、行動によって上がる数値で、特にこれが高いからと言ってステータスが上がる類のものではない。
まぁ、消費MPの軽減や、レベルアップ時の成長率には影響するのだが――
「内部処理的な問題か?」
本来、中級炎熱魔法は炎熱魔法の習熟度が4以上で覚えるスキル。
しかし、透明さんはテストプレーのためにその辺りを無視し、レベル1かつ習熟度0の状態でスキルを覚えていた。
俺が先程、魔法を無詠唱で発動するという、習熟度を上げる行動を取ったことが原因で、本来の適正な習熟度にセットし直されたのだろう。
「もう一回分、MPが残ってる。習熟度の影響がどんなもんか、やってみるか」
再度、目の前の白い岩に向かって、意識を集中する。
先程感じた魔力の流れをトレースしようとして、気づいた。
長年、この魔法を使い続けてきたような奇妙な感覚。
万が一にも失敗はないと思える確信があり、まるで息をするように、魔力の流れをコントロールできる。
さっきは、炎の龍が体内を動き回る感覚だった。
しかし、今は違う。
灼熱の電流が、丹田と頭、それから魔法を発しようとしている指の先を一瞬で結んだようだった。
そして――
「うぉわっ!」
想定外の熱波に、俺は思わず顔を覆う。
凄まじい風が吹きすさび、テントもろとも後方へと押し流された。
数十メートル転がって、俺は天を見上げる。
そこには――、山のように巨大な、天を衝く特大の火柱がうねり狂っていた。
「……これ、ちょっとまずいんじゃないか?」
六階建てのビルくらいはゆうにあるだろう。
ということは、あまり高い建物のないこの世界では、町からでも丸見えということではないだろうか。
町がどのくらい先にあるのかは分からないが、まずい予感がする。
「よし。寝てしまおう」
俺はさらに数十メートル先に転がっていたテントまで小走りで近づき、テントを設営し直した。