36.帰還
「っていうか、逃げて良かったんだぞ。ツイッギー。ブレードリードラゴを倒した時点で、俺の護衛依頼は多分完了していることになるし」
〈空飛ぶ四畳半〉を飛ばしながら、俺はツイッギーにそんな言葉をかけていた。
「ふざけ。見損なわないれくらさい。最悪、にゅくしゅさんのことは依頼者と割り切ったとしても、恩のあるドリューさんを見捨てたりできませんから。ちゅか、にゅくしゅさんにだって、恩は感じてるんれすよ? 乗りかかった船れす」
「そっか……ありがとう」
俺は思わず、言葉に詰まった。
「ところで、一つ確認したいことがあるんだけど、さっきブレードリードラゴを倒したとき、ツイッギーに向かった炎が消えたように思ったんだけど」
「あぁ、あれれすか。なんか、炎がにゅくしゅさんにもらった宝石に吸い込まれていったんれすよ」
「なるほど。そういうことか」
これは朗報かも知れない。
ツイッギーに覚えてもらった【アンフェール・チェイン】は、途中に攻撃を受けると途切れてしまうタイプの技だ。
それが、炎を吐かれたのに途切れず続いていたのに少々疑問だったのだが……。
これで確信が持てた。
「その【紫封晶】だけど、【スキルスナッチ】を使わなくても、ごく低確率で敵の技をスナッチすることがある。つまり、ツイッギーはブレードリードラゴの炎、〈地獄の灼熱〉を覚えているはずだ。確認してみてくれ」
ちなみに、スキルスナッチは内部処理上、ダメージゼロの全体必中攻撃となっているので、チェインの途中でスキルスナッチを使うとチェインが切れてしまうんだが。
ツイッギーが胸に手を当てる仕草をし――奇声を発した。
「ほわぁっ、ほんとら! 覚えてます!」
「それが、パンクラツ市民救出作戦の鍵になるかも知れない。最大HPの低下が起こるから、乱発は禁物だけど。俺の考えが確かなら、まだ一か月は猶予があるはず。今ならまだ間に合うはずなんだ」
いくら何でも、ラージャの動きが早すぎる。
かといって、神であるトネルネ様が、一応は信徒である俺に嘘をついたとも思えないわけで。
俺はあの時、トネルネ様にこう聞いたのだ。
『パンクラツはあとどのくらい保ちますか』と。
それに対する答えが、一か月、ということだった。
しかし、ラージャは既にパンクラツへ軍を向けている。
そこから導き出される結論は一つ。
彼らはパンクラツを包囲し、一か月かけて町を干上がらせるつもりなのだろう。
もっとも、あれから一週間弱かかっているから、あと三週間ほどか。
それなら、トネルネ様は嘘を言っていないことになる。
そして、本格的な戦闘が始まる前ならば、まだ全員を逃がすことも可能なはずだ。
しかし――、パンクラツの地下に眠る古代遺跡を目覚めさせるためには多くの死者が必要となる。
ラージャ教主国の正規軍とは別に、バークアを始めとする中ボスたちは行動を開始しているだろう。
なんたって、俺がそのように作ったんだからな。
仮にラージャ正規軍が平和的なパンクラツ占拠を目論んでいるとしても、バークアたちはそれを許さない。
必ず動き出すに違いない。
「あっ、にゅくしゅさ! 見てくらさい! あれ」
タペンス川上空を低く飛んでいると、川岸に数千の軍が陣を敷く準備を始めていた。
「どうやってあれだけの軍が、関所を通り抜けられたんだ? 俺の書いたストーリーとだいぶ違ってきているのは確かだが」
「うけ。俺の書いたストーリーって。にゅくしゅさん、時々、予言者みたいなこと言いますよね」
「あ、いや、違くて。俺の描いていた計画って意味。そういう意味のストーリーってこと」
「釈明するとこそこすかぁ? んなん、当たり前れすって」
あ、ああ。
最初から、そういう意味で伝わっていたか。
そりゃそうだよな、この世界は俺が作ったゲームを元にして作られているなんて、知らないはずだし。
「いいか、ツイッギー。パンクラツに着いたら、真っ先に行くところがある。多分、お前よりも強い。というか、バークアたちを除けばパンクラツで一番強い魔術師のところだ」
「なんていう人れすか?」
「紅蓮の魔術師、サヘル・スウィントン」
「そんな人、聞いたことないれすけろ」
「だろうな。引きこもりだから。まぁ、いいや。ほら、パンクラツの壁が見えてきたぞ」
俺は〈空飛ぶ四畳半〉を操作し、パンクラツへと急いだ。
* * * * *
「にゅ、ニュクスさん!? どうして戻って来たんですか!? 町の周りをラージャの軍が囲んでいることに気が付きませんでしたか?!」
パンクラツの市門の前で、中に入れてくれと門番と押し問答していたら、エマに呼び止められた。
「知ってる。だから戻って来たんだ。町のみんなを無事に逃がすために」
「転移魔法を使える傭兵がいたので、王都にすでに連絡が行っています。ひと月半もあれば、王都から増援が来ます。援軍が敵の補給線を切ってくれれば、挟み撃ちに出来ます。パンクラツの市壁は過去にも何度も防衛に成功しているんです」
「それじゃ遅いよ。パンクラツはおそらく、三週間と保たない。……それに、あの軍がどうやって関所をかいくぐってここまで来たか、分かっていないんでしょ? ってことは、ラージャにだって増援が来る可能性がある」
「で、でも! この町を捨てろなんて。三万人の市民に、生活を捨てろっていうんですか?!」
エマが悲痛な声を上げた。
「あぁ。そう言ってる……幸い、避難先に当てがあるんだ」
「すごいんれすよぉ、にゅくしゅさん。モンタルバートの頂上に、でっかい遺跡を見つけたんれす」
すると、ツイッギーが二人の会話に割り込んできた。
「あの……ニュクスさん。こちらの方は?」
「あぁ。ツイッギーって言って……俺が今、パーティーに誘っている子。すごいよ、この若さでレッドシールだから」
ツイッギーの〈ケダルの指輪〉にはルビーがはめ込まれている。
これは下から三番目の色で、複数の酒場から推挙があったことを示す色だ。
「ふ、ふぅん……。かわいい方ですね」
「えへぇ。そんな、かわいいなんてぇ。まぁ、知ってたんれすけろぉ!」
「おい、調子に乗るなよ、ツイッギー。それより、エマ。避難先についてだけど。ツイッギーも言った通り、モンタルバートの頂上に三万人が住める遺跡があるんだ。そこに巣くっていた竜も倒してきた。これがその証拠」
俺はアイテムストレージから、俺の背丈よりさらに巨大な〈竜の刃〉を取り出してエマに見せた。
「そ、そんな。……ニュクスさんが嘘をつくような人じゃないとは思いますが。でも、無理ですよ。私の一存じゃ決められません。代官様がお決めになることですし」
「じゃ、その代官って人と話させてもらえないかな」
「い、いくらなんでも、この間初仕事を終えたばかりの傭兵の話を、代官様が聞き届けるとは思えません」
「う~ん、そっか。それもそうだよな……参った。せっかく避難先が出来たのに」
「出来た? ……どういうことですか?」
エマが怪訝な顔をする。
「すごいんれすよぉ! 神殿が、こう、にょきにょきにょき~! って」
「あ、いや、なんでもない! こっちの話。おい、ツイッギー。余計なこと言うなよ」
「……とにかく、すみません。パンクラツに十人といないレッドシールの方でしたら、防衛戦への参加要請をするかも知れませんが。今、警備隊が先導して、周辺の住民を壁の中に避難させています。せっかく安全な壁の中に逃げ込めたっていうのに、わざわざ壁を出てどこか別のところに避難しろとは、私には言えません。過去、この町はここまで押し寄せた敵を撃退したことが何度もあるんです。代官様は今回もそうなるだろうと考えておられるようです」
「分かった。ありがとう、エマ。俺は俺で、動いてみるよ」
「ニュクスさんのことは信じていますが……すみません、私、もう行きますね。門番には、中に入れてもいい人だと言っておきます」
「ありがとう」
本拠地さえ作ってしまえば、後はそこに人を移すだけだと思っていたが、俺が甘かったみたいだ。
どうするべきなのか、俺は頭を抱えた。