35.ラミアン図書館(エマ視点)
エマ・ナイトレイは獣が属旅神〈ラミアン〉の神殿に足を運んでいた。
ラミアンは道を司る神であり、探求者の保護者でもある。
そのため、学者にも広く信仰されており、神殿には巨大な図書館が付随している。
「ない……。やっぱりないわ。虚神〈レティミア〉様や、実神〈オテルパズマ〉様なんてお名前は。でも確かに、ニュクスはそのお二方の加護を受けていた。称号に〈神〉の文字が入っているのだから、少なくとも従属神以上の神様のはずよね?」
神の位階は大きく分けて三つ。
神々の頂点が英雄神、聖剣神、聖獣神、聖工神の『四大神』。
四大神は四闘神とも呼ばれ、戦を生業とする職のものに、特に信仰されている。
英雄神は王や勇者。
聖剣神は騎士。
聖獣神は戦士。
聖工神は人を束ねる地位のものや、軍師に。
もちろん、鍛冶職人や大工なども聖工神を信仰している。
四大神に仕える神々、英雄属、剣が属、獣が属、工が属の中でも、特に神威の高い神は、その司るところを表す称号にも〈神〉の文字を持ち、彼らは『従属神』と呼ばれる。
それと比べ、称号に〈神〉の字を持たないが、人々に加護を与えてくれる存在を『下位神』と呼ぶ。
下位神の中にはほとんど知られていない神もいるというが、ニュクスのステータスに名前が書かれていた二柱には〈神〉の文字があった。
となれば、少なくとも従属神以上の神威のはず。
にもかかわらず、エマがどれほど調べても、二柱の名前はどこにもなかった。
「従属神様なら、誰でも知っているはずなのだけれど。ややマイナーと言えば、英雄属札神のパドマン様や、工が属楽神のミオリマ様あたりかしら。それでも、ラミアン図書館の記録にすらないなんてことはないはずよ」
エマは新たなページをめくった。
「これは……『中立神』様たちについて書かれたページね。神々の争いに加わらない神と言えば大海神マリナレラ様が有名だけれど……やっぱり。マリナレラ様のことが書いてある。レティミア様やオテルパズマ様は、この中立神の位であらせられるのかしら」
しかし、エマがくまなくページを調べてみても、その名前はどこにもない。
「記録にない……ということはすでに滅びた神様なのかしら。争いの中で滅びた神もいらっしゃるというし」
だが、ニュクスに加護を与えている以上、二柱の神々は実際に存在するはず。
エマにはわけが分からなかった。
力の強い神ほど多くの信者を持つものだ。
必然的に、それだけ名も知れる。
「それなのに……。従属神以上のお力を持っていることは確かなのに、全く知られていない神様なんて。一体どういうことよ」
呟きながら、ページをめくる。
その目の端に、小さく書かれた単語が飛び込んできた。
「え? ……『隠された神々』ですって?」
と、その時、
「エマ隊長、いらっしゃいますかな!? エマ隊長!」
エマの副官である老騎士と数人の警備隊員が騒がしく図書館に入って来た。
「どうしました? ここは図書館ですよ。そのように騒がしくしては……」
「も、申し訳ない。ですが、一大事なのです! ラージャ教主国の軍が、パンクラツに迫っております!」
「な!?」
「我が娘を、王都への伝令にやりましたが……どれだけ急いだとしても四日はかかります。そこから軍を編成し、すぐさま援軍を送ったとしても、ひと月半は見ませんと」
「なんてことなの……一体どうやって、関所をかいくぐってここまで。いえ、今はまず対応を決めるべきね。パンクラツの代官、それから、駐屯騎士団の団長に取次ぎを。各ケダルの酒場に使いをやって、ミーナマヤの転移魔法を修めている魔法使いがいないかどうかそれとなく調べてもらうように。タルーン王国で開発が進んでいるという〈つがいの羽ペン〉についても、期待は薄いけれど、誰か情報を持っていないか調べて」
「は! かしこまりまして!」
「代官様がどのような命を下されるか分からないわ。民を避難させるにしても、警備隊だけで主導したら大混乱になります。各所と協力して避難誘導しなければ、被害が拡大するでしょう。今はまだ、民にこのことは知られないように。転移魔法の使い手さえいれば、王都に報せを送れます。ケダルの酒場には最優先で調べてもらって。それと、これを警備隊長の口から言うのは良くないのかも知れませんが……。もしかしたら切り札になり得るかも知れない金封バークアさんたちが、この町から出て行ってしまわないよう、それとなく目を光らせてもらってください。いざとなれば、彼らに依頼を出すこともあり得ますので」
「ただちに、取りかかります!」
老騎士は一礼をし、弾かれたような勢いで図書館を飛び出した。
エマは図書館にいた数少ない客と司書に対し、こう宣言する。
「今聞いた通りです。危急の事態です。対応が決まるまで、この図書館より出ることを禁じます。警護の兵をつけますので、くれぐれも軽率な行動は控えてください。……司書の方、ラミアン神殿の神官長様にお取次ぎを。各神殿の責任者の方々にも、集まってもらわねば」
手にしていた本をしまい、少女は悲愴な決意を胸に固めた。