32.ガートルード遺跡
「ほわぁああぁ~~! なんなんっすかァー! これぇー!?」
奪うべきスキルを聞きに戻ってきたツイッギーが、突如ガートルード湖の中央に現れていた島に度肝を抜かれていた。
と言っても、ツイッギーにもその島の全貌が見えているわけではない。
湖の淵からでは、島の外周は見えないはずだ。
水平線から突き出した、小高い丘がかろうじて見えているだけのはずである。
「なにって、さっきも言ったろ? ガートルード遺跡だよ」
「いいい遺跡ってこれ、島じゃないれすかぁー!?」
「今はまだね。これから建物が生えてくるから楽しみにしてなよ」
ツイッギーにはこう言ったが、当然生えてくるわけではない。
単に、これから俺がツクツクするだけである。
「こ、こんな遺跡を目覚めさせるなんて、にゅくしゅしゃんは何者なんれすか」
「実はね、俺の家に伝わる古文書に、俺の本当の名前が書いてあったんだよ。俺の名前はロニュクス・パロ・ウル・ガートルード。……って、嘘だけど」
目がァ! 目がァ! の人の本名をもじりました。
伝わるわけないよね。
「ろ、ろにゅ……? わ、わかりました。それは秘密ってことなんれすね」
「秘密って言うか、嘘なんだけど」
「大丈夫れす。うち、口は固いんれ! 誰にも言いません」
「……ま、まぁ、ツイッギーが言うならそれでもいいけどさ。せっかくだから、島のほうも見ていく? どのくらいの大きさなのか、〈空飛ぶ四畳半〉で調査に行くけど」
「行きまっ! 行きたいれす!」
「タビー! オフィーリアも! ちょっとあの島まで行くよ~」
「は~い」
「チィッ!」
俺たちは連れ立って〈空飛ぶ四畳半〉に乗り込んだ。
すぃ~っと島の上空を回遊して、すぐにその大きさに気がつく。
「いや~。実物大になると広いな。ここに三万人収容するとなると、いったいどれほどの作業量になるんだろ。ちゃんとした測量が必要になってくるかもしれない。測量用のアイテムを作るか」
ちょっと湖の広さを甘く見ていた。
モンタルバートを遠目で見たときは、富士山よりちょっと低い二千メートル級の山だと思ったが、その上にこれほどデカい湖があるとは。
きちんと測量し、都市計画を立てる必要がある。
島をぐるっと一周したところ、湖の形が一番くぼんだ一部以外、どの岸からも水平線で対岸が見えなかった。
つまり、岸から最低でも四キロ以上離れている計算である。
「ぱっぱかぱっぱんぱーん! 〈ガートルード湖周辺の地図〉~!」
例によって〈神の御手〉から出すふりをしてアイテムをツクる。
測量よりこっちのほうが早いや。
ポイント消費も少ないし。
キャプションに『メルチ法による縮尺付き』と書いてあるので、一発で広さや大きさも分かる。
エタクリの世界では、キリメルチ、メルチ、センタメルチ、ミロメルチという、適当にメートル法をもじった縮尺を使っている。
という設定をしゃべるNPCは配置した覚えがないが、頭の中にはあった。
女神に脳内をスキャンされた際に実装されたんだろう。
地形や建造物情報の自動アップデート機能をつけることも考えたが、おかしな機能をつけるとポイント消費が跳ねあがるから、大きな変更をするたびに最新版を作ったほうが安上がりで済むんじゃないかな。
「うおっ、この湖200平方キリメルチ近くあるの!? デカいわけだよ。こりゃ、ポイントはかなり節約しないと」
俺が適当に目分量で作った島は、ざっくり70平方キロメートル近い。
十キロ四方に内接するやや歪んだ丸型だから、そんなもんだろう。
隙間なく農地を並べれば、7000ヘクタールか。
むろん、土地を全て農地にするわけにもいかないが、現代の基準で考えるなら3万人を養うにはありあまりすぎるほど。
ただし、エタクリの農業レベルが中世ヨーロッパレベルだとすると全然足りないはず。
もうちょっと島を大きくするか。
俺たちが来たのとは反対、断崖の側の対岸に接地するように広げて、湖の半分を陸地で埋めてしまうか。
防衛の観点から、あまり対岸と接地させたくないのだが。
それでもせいぜい、1万ヘクタール。
六割農地にしたとして六千。む~ん、悩む。
「ほわぁー。何もない島れすねぇ~」
今のところ島には何もない陸地がただ広がっているだけで、視界を遮るものは何もない。
思うところあって中央に丘を作ったが、それだけだ。
「そ、そのうち木とかも生えてくるはずだから」
「ほんろっすか! どうなってるんすか、この島の生態」
「さぁ……?」
まずったな。
もうちょっと出来てから見せるべきだったか。
生命に干渉することは出来ない〈データベース〉だが、植物はマップチップとして存在しているのでノーカンのようだ。
植物さえ自由に増やせるなら、この限られた土地の、栄養の総量を増やすことが出来るから、ある程度は食料事情も改善できるだろうけど。
とりあえず、まずはこれだろ。
「あ、あれ?! あんなところに女神像なんてありましたっけ!?」
島の入り口に、謎の女神像。
これは必須だ。
俺はツイッギーの叫びを無視して思考に没頭する。
「一世帯平均三人と考えて、一万戸も作れば、三万人は入り切るよな。タペンスの村では二十戸ほどの家を作って消費ポイントが1200の、他細々したもので300だったから、普通に作ると六万ポイントも消費してしまうわけか。ただ、長屋方式を採用すれば、かなり消費ポイントは圧縮できるはず。産業革命ちょっと前ぐらいの文明レベルで考えているけど、この世界の農業レベルってどのくらいなんだろう? 多分人口の九割近くが農業人口だと思ってるんだけど。神の加護とかあるから、前の世界と同じように考えていいんだろうか」
「にゅくしゅさん、さっきから何ぶつぶつ言ってんすか?」
「ツイッギーの前に住んでいたところは、農家の人ってどのくらいいた?」
「リンクスの獣人は山羊人がほとんどで、後は牛人も割と多かったれすね。彼らが農作業全般を担ってました。大体七~八割くらいかな? 他の獣人は狩りが得意なので、自分の食いぶちは狩りでまかなっれましたね」
「なるほど。狩猟か。基本はほぼ第一次産業に従事してると考えていいんだな」
「まぁ、三割以上は税で持ってかれますけろ」
「なるほど。税か~。領主には備蓄と再分配の役割を担ってもらわなきゃいけないし、この地ではいきなり無税にしろなんて言ったら、支配階級の反発を招くだろうからなぁ。避難後の統治に支障をきたす。……とは言っても、あるものでやってもらうしかないか。避難後に、今税を取ったら農民が全滅するってぐらいカツカツになったとしたら、領主だって徴収は控えるだろう」
決めた。
とりあえず、もう少しだけ島を広くする。
湖上だから漁師も増えるだろうし、農業人口二万人と考えて、十人あたり2ヘクタールの農地。
中世レベルの農業生産力だと、かなり少ないが、これ以上分けられないんだから仕方がない。
三百人規模の農村を70、漁村をとりあえず20作る。
農村一つに対し、60ヘクタール、大体800メートル四方の農地か。
古代ローマじゃ四階建てのアパートまではあったみたいだし、長屋も……四階建てのアパートみたいにして、一棟に30戸。
単身者向けの狭い部屋と、大家族向けの部屋も作って、一棟で100人収容。
これを村一つに3軒の、かける90で270軒で……。
「とりあえず、村一つ作ってみるか。ポイントの量を確認しとかないと」
俺はアパート型の長屋の建築に取りかかる。
「ただなぁ、あんまり鉄筋コンクリートのアパートみたいにすると、景観が台無しなんだよなぁ」
あくまでエタクリは大航海時代あたりのヨーロッパ風の世界なわけで。
同じような建物がずらりと並んでいても、ファンタジー感が損なわれないようにしたいのだ。
かといって、きのこ型とか、かぼちゃ型の家というのもちょっと違う。
湿気も多いだろうから、吸湿性に優れた木と土の家にするべきとも思うが、30戸の巨大な長屋は木だけじゃ安全性が心もとない。
「神殿用のタイルを使うしかないか」
基本的には神殿だけに使うよう決めていたタイルで、アパートを作ることにした。
一階部分は職人の仕事場として、炉や窯。
そして、倉庫。
井戸とかまどのある炊事場を6つ。
それと、共用スペース。
井戸が全家庭に行き渡るよう、一つずつ別に、屋外に設置していたらポイント消費がバカにならなくなりそうなので、屋内に備え付けとした。
五~六世帯で一つの炊事場を共有という形になるが、我慢してほしい。
家具は最低限でいい。
ベッド三つと、タンスと本棚。
テーブルと椅子。
鏡とつぼ。
なんだかよく分からない、薬っぽい瓶が置いてある棚。
各部屋と廊下には魔晶石灯。
風呂は……村ごとに別の建物として浴場を作るとポイントがかさむな。
共用スペースはやめて、大風呂にしよう。
四階建ては大変だから、謎動力の昇降機までつけちゃう。
きっと魔晶石の力で動いてるんだ、多分。
一階部分が水回りでいっぱいいっぱいになりそうだから、全体をもうちょっと大きくして……あぁ、トイレも必要か。
ツクレールのマップで水洗トイレを表現するには……難しいな。
流れる水のチップをトイレに引き込んで、壁の中にもう一層スペースを作ってそこで合流させて外に流そう。
流した後は、外で下水に繋げる等の処理をするしかない。
すぐにトイレとして使えそうなマップチップがないので、木製の机やいすを設置しておいて、後で住人たちに便座として加工してもらおう。
久々に楽しい。
ツクレールをやっているという満足感がある。
これで一棟のポイントがいくつになるかだなぁ。
以前作った豆腐ハウスが一軒6ポイントだったわけで。
部屋数が30倍の、風呂やトイレや倉庫や井戸もつけたから、単純計算で200ポイントぐらいだろう。
そこから、デカい建物は大きく一つと考えるシステムでどのくらい割り引かれるか。
現在の残りポイントが98232だ。
どれだけ減るか、賭けだな……。
「おっ、100切るか! これはだいぶ節約できる!」
「ほああぁっ!? な、なんしゅかぁ!? 神殿がいきなり生えてきましたけろ!?」
ツイッギーが口から泡を飛ばしていた。
俺はツイッギーをスキル強奪に向かわせ、それからしばらく、タビーたちとマップ作りにいそしんだ。