28.モンタルバート山群
「ほあぁー。すごいとこスねぇ、ここぉ。断崖絶壁じゃないれすかぁ!」
主峰モンタルバートを中心とするモンタルバート山群の中腹に俺たちはいた。
空を飛んでいる間は魔物に襲われることはなかったが、ここから少し入り組んだ道を進むことになるはずだ。
ワールドマップではそう作ったが、現実ではどのように再現されているか分からないので何とも言えないのだが。
「ツイッギー! あっちに橋がかかってたよ。あそこから渡ろう」
「はぁ?! あんなのさっき見たときは無かったんれすけど!」
「あっちのほうは霧が濃いからね、見間違えたんじゃない? それより、護衛の仕事しっかり頼むね。ここら辺はグレイオークの巣窟だから」
本当は〈データベース〉で出したのを慌てて誤魔化す。
「うぃ~っすぅ。グレイオークなら何度も狩ってるんで、任してくらさい!」
そう言って、ツイッギーは両肩に担いでいた愛用の武器を掲げてみせる。
攻城戦の防衛などで使われる据え置きタイプの巨大な器械弓で、まともな人間ならそれを持ち歩いて使おうなどとは絶対に思わないはずだ。
しかも、二刀流。
竜人ハーフの筋力が無理矢理それを可能にしていた。
〈竜口十連装バリスタ〉
竜の炎にあこがれるツイッギーが手放そうとしない愛用の武器だ。
「何度見てもすごいね、それ。竜の口から矢が出るところなんか、どういう機構になってるんだろう? 江戸時代のからくり士の作でもここまで正確に動くものはなかなかないと思うぞ」
「エド時代っていつれすか? そんな名前の王さまなんていましたっけ。何年ぐらい前?」
「……あ、俺の勘違いだったわ。ごめん。マダレーナにそんな時代区分があったような気がしたけど、間違いかもしれない」
「あはは、適当に時代作っちゃったんれすかぁ? ウケ。……あのれすねぇー、機構自体はシンプルなんらそうっス! そじゃないと、衝撃で動かなくなっちゃったら戦いれ使えないんれ」
「おにぃちゃん、ぐれいおーくって、なに?」
「あぁ、えっと、ゴブリンみたいなやつ」
服のすそを引っ張るタビーに適当なことを教える。
「ゴブリンってなんスかぁ? 聞いたコトない魔物ですけォ」
「あぁ~、そうだよね。ここにはいない魔物だもんね。ゴブリンってのは、小型の妖魔のこと」
ここには、というか、エタクリ世界にはという意味なのだが。
「でも、ややこしいよなぁ。普通の人にとっては、ゴブリンイコール妖魔だし、オークイコール豚面の怪物だもんな。原典では、豚面なんてどこにも書いてなくて、ゴブリンに近い見た目のはずなんだけど」
ウィキをぽちぽちしながら頭を抱えていた当時を思い出していたら、ずばん! というものすごい音がした。
「今一匹見つけたんれ、殺っときマした!」
「あ、ありがとう」
ツイッギーのステータス、器用は低いのに集中がズバ抜けて高かったことを思い出す。
「遠距離武器が好きなのは分かるけど、敵に近寄られても守ってよ?」
「うっス! 平気っス。近寄らせたりしないんれ!」
そう言っている間にもばつんばつん矢を放ち、そのたびに遠くから悲鳴が上がっている。
矢が無くなると太ももにやや後ろ向きに括りつけた矢筒から、十本ずつに束ねられた矢を尻尾が持ち上げて、銃でいう弾倉にあたる部分にねじ込んでいく。
「あ、開けた場所があるね。今日はあそこで野営をしようか。魔法陣付きの簡易テントがあるから、魔物の心配はせずに眠れる」
「うえぇ~。一緒に寝るんっスかぁ? にゅくしゅさん、変なことしないっスかぁ?」
「しないよ! タビーだっているんだし」
「ウケ。冗談れすよぉ」
笑いながら言うツイッギーに、俺は内心ため息をついた。
* * * * *
日が暮れて。
焚き火を立てて暖を取りながら、俺たちはキャンプの準備をしていた。
ほぼ岩ばかりのはげ山だが、立ち枯れた木がたまに見つかる。
いちいち探しに行くのも面倒だというツイッギーの提案で、俺やタビーやオフィーリアは、薪になりそうな枝は見つけ次第拾いながら登山してきた。
水は『神の御手』から〈おいしい水〉を出した。
制作していた当初はただの〈おいしい水〉がアイテムなんて変だろうかとも思っていたけれど、こうしてアイテムストレージの恩恵を知ると、町などで安全な水を汲んでからダンジョンなどに向かうのは合理的な選択に思える。
「便利れすねぇ。トネルネ様以外にも、『神の御手』を授けてくださる神様はいるらしいんっス。ただ、うちの神様はない……んっスよね」
ツイッギーが羨ましそうにした。
これだけ便利なら、確かにトネルネ様が傭兵たちに人気の神様なのも頷ける。
というか1パーティーに一人は必須級なんじゃないだろうか。
今もバリスタ用の矢の十本束を、ツイッギーが普段携帯している十倍は神の御手に格納している。
おかげで今日は残り本数を気にせず撃てて気分がいいと言っていた。
その都度〈データベース〉で出してもいいんだけど、念のため。
「そんなに強いのに何でどこのパーティーにも入ってないの?」
「傭兵稼業を始めた頃はまだお誘いもあったんれす。それから先は、神殿に借金があったからっスね。借金があるままらとパーティー結成の請願がなかなか受理されないそっス。肩代わりしてまでパーティーに誘ってくれたのはにゅくしゅさんが初めてれす」
炎を吐けない竜人ハーフの子供を、わざわざ借金を肩代わりしてまでパーティーに誘いたがる者がいなかったということか。
だけど、これだけの技量だ。
いずれ目をつけられて、借金などものともしない高レベルパーティーに引き抜かれていた可能性もある。
早めに声をかけて良かった。
まだ、パーティーになるのにウンと言ってもらったわけではないけど。
「パーティー組みたくなった? 俺なら使えるよ、『神の御手』も」
「いや全然。にゅくしゅさん、動きとかまったく素人りゃないれすか、素人にゃ、しろ……噛んだ」
俺からするとずっと甘噛みしているように聞こえるツイッギーの話し方だけど、本人的には噛んだ時とそうでないときの明確な差があるらしい。
「じゃ、パーティーに入りたくなるよう、明日は俺がツイッギーに修行をつけてあげよう。傭兵に必要なのは体力だけじゃないってところを見せてあげる」
「は? レベル1なのにぃ? レベル1なのに、ウチに修行つけるんれすか? ウケ」
三白眼がギロリと光った。
怒ってる怒ってる。
でも、ツイッギーにはある技を覚えてもらわないと、この先の中ボスには勝てない。
「まぁ、詳しくは明日話すよ。とりあえずはご飯食べて」
この後、わざわざポイントを使用した回復効果のある料理アイテムに、ツイッギーが舌鼓を打ったのは言うまでもない。
* * * * *
そして、おそらくは夜半すぎ。
「にゅくしゅさん、起きて」
ツイッギーが俺に馬乗りになっていた。