27.空飛ぶ四畳半
「ぱっぱかぱっぱんぱ~ん♪ 〈空飛ぶ四畳半〉~」
「え、なに。なんて? なに言ってるんスか?」
昨夜遅く、ツイッギーはトネルネ神殿に借りていたお金を全額返したらしい。
ちなみに神殿は24時間営業のところもあるそうで、トネルネ神殿はその一つ。
お金は当然俺が用意した。正確にはその金額相当の宝石類だけど。
――本当は、ダンジョンにだってお金の入った宝箱が置いてあるんだから、お金自体を出すことも〈データベース〉なら出来るだろう。
しかし、あまり大金をそうやって無から生み出していたら、この世界の相場に良くない影響を与えてしまうかも知れないわけで。
街道沿いの魔物を〈ケダルの酒場〉の護衛たちが倒してエーテルを得るという、言わば仮想通貨のマイニングに近い仕組みによって、この世界の通貨は緩やかなで健康的なインフレが起きるようになっている。
たかだが6千8百トネルと言えど、無からお金を出すよりは、同じ金額相当の財物を市場に流したほうがまだ影響は少ないと考えた。
で。
俺たちは今、〈双子岩〉から少し離れた、人目のつかない森の淵にいる。
俺が最初にこの世界で目覚めた辺りだ。
「なんれすか、これ」
さっきからツイッギーが聞いているのは俺が出したアイテムのことだ。
やっぱ、中盤の移動手段って言ったら魔法のじゅうたんだよね。
で、これ。
四畳半の畳の上に、こたつが置いてある。
こたつの布団は着脱可。腰の悪い方のための座椅子付き。
エタクリに元からある飛行アイテム〈空飛ぶ四畳半〉である。
「分かってるよ。世界観を壊すって言いたいんでしょ?」
「いや、なんも言ってないんれすけろ」
「これはミカヅキ国のマッド研究者が生み出した狂気の産物で、驚くべきことに実際に売られているものなんだよ。彼はミーナマヤの魔法のじゅうたんや魔法のほうきに影響を受けて空飛ぶ道具を作ろうとしたんだけど、魔改造が過ぎてこうなっちゃったわけ」
当然、エタクリ世界にはRPGのお約束である和風な国があるので、これはセーフのはずだ。コタツも魔晶石で温めているのでそれもセーフセーフ。
「ごめん、そんな目で見ないで」
「見てないスけろ」
本当は分かっているんだ。
アウトだってのは。
ただね、時々はこういうネタアイテムがあったほうがさ、プレイヤーも楽しいじゃない。魚だけど頑張って武器になったあいつとかさ。読むとムッツリスケベになるエッチな本とかさ。
基本的には世界観を崩さないように、だけども。
こちらの世界に来てデータを一から作ったアイテムではないので、そこそこポイント消費が抑えめなのも、これを作った理由だ。
新しい移動アイテムを作ってポイントを浪費するのもばかばかしいし。
「ってことはぁ、これぇ、高かったんれすか?」
「小さな町なら丸々ひとつ買えるぐらい高いはず。タダでもらえるんだけど」
「はぇ?」
まぁ、作るのに必要なアイテムを見つけてきたら、お礼としてタダでもらえる的なイベントはお約束だろう。
ちなみに、必要なアイテムというのは〈天空のい草〉である。魔物の徘徊する高い山の頂上で風に吹かれて漂っている。
ゲームのシステム上、〈空飛ぶ四畳半〉を売ることはできないが、開発費のせいでミカヅキ国の主要な豪族であるマッド研究者の実家が、素寒貧になっている描写はされていた。そんな研究成果をタダで入手してしまって、現実だったらアクターたちはさぞ恨まれることになっただろう。
「これで、目的地までショートカットする。乗って」
「ほわぁーっ! う、浮きましたよぉーっ!?」
「そりゃ浮くよ。〈空飛ぶ四畳半〉って言ってるじゃない」
と、目的地に向けて舵を切ろうとしてはたと気づく。
操縦法が分からない。
「おにぃちゃーん!」
俺がまごまごしていたら、パンクラツの町のほうからタビーが駆けてきた。
朝、いつもの通り俺のねぐらに来て、俺がいないことに気づいたんだろう。
「タビー、来ちゃダメだ! 帰りなさい。これから行くところがあるんだ」
「や! いっしょに行くーっ!」
「ダメだよ。今から行くところは危険な場所だから」
「ばかーっ! おにぃちゃんのばかーっ!」
なんということだ。嫌われてしまった。
そうこうしているうちに、タビーは畳のふちに張りついて登ってこようとする。
「ば、ばかっ、降りなさい。……ああっ、もう、あっちの方に人影見えたし。せっかく目立たないようにこの場所を選んだのに!」
「あのぉ、思ったんれすけろぉ。ここは魔物も出るし、一人で帰すのは危険じゃないれすかぁ?」
「チイッ!」
ツイッギーの言葉に同意するように、オフィーリアが俺の膝の上から跳びだして、タビーに杖を差し出した。
畳がぐらつき、俺がこたつの天板に手をついた瞬間、〈空飛ぶ四畳半〉は空を滑るように動き出す。
「わわっ、うわわっ。つ、ツイッギー! 引っ張り上げてあげて」
「もぉやってるっすぅー」
俺が慌てて声を上げるより先に、ツイッギーはタビーに跳びついていた。
タビーを乗せてしばらく悪戦苦闘していたところ、ようやく操縦法がつかめてきた。
これ、こたつの天板が操作盤になってる。
天板自体を持って回すことで方向を制御できるみたいだ。
だが、もうパンクラツからは結構離れてしまっていた。
今から戻るのもちょっと億劫ぐらいの距離感。
「おいてくなんて、おにぃちゃんのばか! きらい!」
「そんなこと言うなよ。みかんあげるからさ」
「いやー、慕われてるっすねぇ」
「チィッ!」
こうなってしまったら仕方がない。タビーは簡易魔法陣付きの〈テント〉の中で大人しくしていてもらうしかないだろう。
「タビー。お前、字は書けるか?」
「……ちょっとだけ」
「じゃ、ミネルバ婆さんに手紙を書け。婆さんがいいって言ったら連れてってやる。俺たちは向こうで何日か向こうで泊まる予定なんだ。婆さんがダメって言ったら、ここから引き返してお前は置いていく。それでいいか?」
「……むぅー」
「返事は?」
「わかったぁ」
やたら不服そうな顔をされたが、俺は〈つがいの羽ペン〉を出した。
〈つがいの羽ペン〉
これ実は、結構重要なイベントアイテム。
反目する二つの王家の王子と姫が恋仲で、文通でやり取りしているんだけど、文通しているのがバレて禁止されてしまう。
そこをアクターたちが間に入って、貴重な素材アイテムを使って町の魔道具士にこのアイテムを作ってもらうという流れ。
このペンは二本でひとつ。
どんな遠く離れたところへでも飛んで行って、もう片方が書いた字と同じ文字を書く。
おかげで、二人は再び文通を再開できるというわけ。
その場はそれで収まるんだけど、この話には後日談がある。
途中から、姫に恋する庭師の男がこのペンを盗み、王子に成りすますようになってしまうのだ。
この庭師を断罪するか、庭師の恋を応援するかはプレイヤー次第。
ちなみに、イベントを最後まで終えると〈王女の恋〉というちょっとしたご褒美アイテムがもらえ、そこそこの強さの防具の素材になる。
「よし、片方は無事ミネルバ婆さんのところへ飛んで行ったな」
今朝買ってストレージに入れておいた〈羊皮紙〉を二枚取り出し、片方は婆さんのところへ飛んで行った羽ペンに突き刺し、もう片方に婆さんへのメッセージを書いた。
まず、このペンで書いた文字は俺たちにも伝わること。
タビーは俺のところにいること。
これから危険な場所に行くこと。
タビーのことは必ず守るつもりでいること。
もし連れて行くことになったら、しばらく帰れないこと。
タビーがその下に、『たびー』『みねるばおばあちゃん』と書く。
……しかし、この世界は近世ぐらいの文明レベルなはずだが。
まだ6歳の、お世辞にも上流階級とは言えない孤児出身のタビーが、世界で一番書き言葉の習得が難しい言語とされる日本語……ならぬ、エタクリ語が書けるなんて、ミネルバ婆さんの教育がいいのだろうか。
「あ、違ぇわ」
ここがステータスが見れなきゃ生死に直結する世界だったことを思い出す。
そりゃ、識字率も高くなるわ。
そもそも、この世界の住人には文字を持たなかった歴史がないはずだ。自ずと、住人の知的レベルも高くなろうというものだ。
人気のない山奥に〈空飛ぶ四畳半〉を停めて返事を待っていたら、ものの数分で〈つがいの羽ペン〉が動き始めた。
さすが、重要アイテム。早い。
手紙には一言『よろしくお願いします』とだけ書かれていた。
放任主義というかなんというか。
それとも、両親のリソースを少数の子供に全部注いでいる日本のほうが世界的には稀なのかもな。日本だって昔は、たくさん産んだあとは『勝手に育て』みたいなことをやっていた時期だってあるわけで。
「じゃ、気を取り直して、行くか。目的地〈モンタルバート〉目指して、出発!」