26.ツイッギー・クサキナ
夜中、タビーを帰した俺は再びドリューの店に足を運んだ。
「こんばんは~。ドリュー、最近ここに竜人の女の子は……」
と、言いかけた俺の前に、一人の小柄な少女が立つ。
「うぃ~っすぅ。ツイッギー・クサキナれす。今日からここれ働かせてもらうことになりましたぁ。常連さんにあいさつしろって言われてぇ。よろしくおねじゃす!」
そう言って女の子はぺこりと頭を下げる。
申し訳なさそうに肩を落としながら自己紹介する彼女は、どう見ても人族ではない。
目は青の三白眼。バッチバチの下まつ毛が特徴的で、同じ色の髪は金。
ここまでは単なる人族の美少女だ。
だが、大きな額の中央はうろこ状に硬質化し、小さな角が少しだけ突き出している。
歯は肉食獣のように尖っていた。いや、この場合はイグアナやワニのようにと言ったほうがより適切か。
時々はしっと空を切って床を叩く尻尾は鞭のように長い。
ドリューがカウンターの内側から叱る。
「ツイッギー、静かにしないとその尻尾切っちまうぜ」
「ごめんらさい!」
くるっと尻尾を腰に巻き付ける。
この子こそ、俺が探していた俺の楯となって働いてくれるであろう仲間だ。
世間話を装い話しかける。
「その尻尾、竜人のハーフかなにか?」
「そっす。お父ちゃんが竜人でぇ、お母ちゃんがヒトなんれす」
「なんでここで働くことになったの?」
「それはうちが、お金持ってないのに飲み食いしちゃって。……ごめんらさい。給仕に戻りますね」
「うん、がんばって」
ツイッギーはエタクリのプレイヤーキャラクター『アクター』の一人だ。
彼女の戦闘スタイルは遠距離戦闘がメインなのだが、竜人ハーフという高い身体能力をもってすれば二枚目の壁役にもなりうる、移動砲台である。
そして、それより特筆すべきは彼女のレベルだ。
こっそり〈覗き見の手持ち眼鏡〉を出して確認する。
【名前:ツイッギー・クサキナ】
【種族:竜人族ハーフ】
【性別:女性】
【年齢:13歳】
【レベル:14】
【クラス:射手】
【能力値】
HP:156/156
MP: 92/ 92
攻撃力:172
防御力:207
筋力:112 強靭:162
敏捷:144 器用: 75
知性: 84 精神:103
魅力:126 集中:201
【装備スキル】
[スロット:5/5 総コスト:15/16]
◎〈弓術の所作〉
◎〈早つがえ2〉
◎〈精神修養1〉
◎〈風去り〉
◎〈力のしずく〉
【習熟度】〈弓術5〉〈虚心6〉〈忠誠3〉
【称号】〈狙撃手〉〈暴飲暴食〉
【加護】〈水霊神オチェアス:D〉〈弓王ティアストル:C〉
うん、やっぱり。
最初の町にいるキャラクターとしては破格のレベル14だ。
そもそも、プレイヤーが最初に訪れる町パンクラツで仲間にすることを想定していないキャラなのだから、当然である。
「えっと、パンクラツで仲間にする場合、あいつの借金は4千トネルだっけ」
記憶をさかのぼりながら、俺は独りごちた。
彼女はプレイヤーの行く先々で無銭飲食を繰り返し、タダ働きさせられている。
プレイヤーが借金を肩代わりすると仲間になるのだが、よほどやり込みでもしない限り、最初の町パンクラツでは高額すぎて払えないように設定してあった。
中盤以降でようやく稼げるような金額なので、初期レベルも14なのだ。
独自の道を歩き始めた世界だが、まだその設定が生きていたのは幸いだった。
俺はカウンターに近づき、ドリューに小さく声をかける。
「ねぇ、ドリュー。今俺、ちょうどパーティーメンバーを探してるんだ。彼女に聞いたら無銭飲食でタダ働きさせられてるって言ってたけど、俺が借金を肩代わりすることってできる?」
「……物好きなやつだな。やめといた方がいいぜ、あいつ、うちだけじゃなく他にも借金があるみてぇなんだ。ここで働かせて、返させてやろうと思っててよ。連れて行くならその後で誘ってみちゃどうだい」
「それがさ、実は昨日見せた〈竹の楯〉だけど、今日は持ってないでしょ? トネルネ神殿に持っていったらエラい興味を持たれてさ。形見だから大したことは知らないんだけど、それでも俺が知ってることを教えたら、情報料も込みで結構な値段で買ってくれたんだよね。……あ、その時に俺もトネルネ様のご加護をいただいたから、ドリューともエーテル決済ができるらしいよ」
もちろん、〈竹の楯〉が売れたなんてのは嘘だ。これだけ嘘をついていたら、【習熟度】〈詐術〉がすぐにでもレベル2になりそう。
エーテル決済というのはその名の通りエーテルのトネル貨変換を行わず決済する方法で、商神教徒の間でのみ可能なのだと苺農家のおっちゃんが言っていた。
「やめなやめな。うちは現金取引一本だよ。エーテル決済を知らねぇやつが、払いが渋いだの、あの客はただで飲み食いしてただの文句をつけてきやがるからな。――それでな、どうしてもあいつを連れて行きたいってんなら止めやしねぇ。だが、人の借金を肩代わりするなんて気まぐれを起こす前に一つ心得ておくといい。あいつぁ、豚鼻だよ」
「豚鼻?」
「ああ。あいつぁ、竜人の誇りともいえる炎が吐けない。ハーフでも竜人族なら大体は炎は吐けるもんだ。だが、純血だろうとハーフだろうと、稀にすんとも吐けないやつがいる。そいつが豚鼻だ。その長い鼻は豚の鼻かって、そういう蔑称だよ。あの子も肩身が狭かったんだろうな。リンクス公国にある竜人族の里を飛び出して、〈ケダルの酒場〉の傭兵になったそうだ」
ドリューは同情するような目をツイッギーに向けた。
まだ13歳だ。
まだ子供と言っていい彼女がもうレベル14なのは、ただ身体能力に恵まれたからだけではない並々ならぬ苦労があったんだろう。
「どうしても竜人族といったら炎だって思われるんだろうぜ。せっかくパーティーに誘われても、吐けないと知るやお払い箱なんだとよ。だから、ちっとも稼げなかったらしいや。食費のために借金をしていたが、とうとう首が回らなくなったっつぅことだ」
「俺は別に、彼女の炎に期待して誘いたいわけじゃないので、構わないんですが」
「言っておくが、あいつとお前さんの力量は、今の時点じゃまだ天と地だぞ? 借金だけ肩代わりさせられて、とんずらされる可能性だってある。まぁ、お前さんが本気だっつぅんなら止めやしねぇ。だが、それもこれも先にあいつがウンと言ってからの話だ。うちで人買いじみた真似事をさせる気はねぇ」
「分かりました。彼女と話せばいいんですね。じゃ、ここの仕事が一段落するまで待ってますんで、俺から話があると伝えてください」
「ふん。物好きなやつだ。――当然何か食っていくんだろう? 注文は?」
元よりそのつもりだったが、ちゃっかりしてる。俺はまだ食べたことのない〈牛スジ肉のパイ包み焼き〉と〈トマトシチュー〉を注文した。
* * * * *
「うぃ~っすぅ。うちに話があるって聞いてきたんれすけろ」
「あぁ。とりあえず食べない? これ、まかないだってドリューさんから」
「えっ、いいんれすか?! うち、無銭飲食したのに」
「いい人だよね、ドリューさん」
テーブルの上にはくず肉をこねて作った肉団子とパンが大量に積まれていた。
彼女の食費がかさむ一因に〈暴飲暴食〉という称号がある。
ほとんどデメリットしかない称号なので、これまで苦労してきただろう。
「ほんと! ドリューさん、変なひげつけてるけど、いい人っス!」
「うっ!」
ひげに関しては本当にすまなかったと思っているので、あまりツッコまないで欲しい俺である。
「で、食べながらでいいから聞いてくれる? 実はさ、俺とパーティーを組んでほしいんだけど」
「ほんろっスか!? うちほっふは!?」
「まずは飲み込んでから喋りなよ」
ワインを差し出すと、ツイッギーはごくごく飲み干した。竜人ハーフにとってはワインは単なる清涼飲料水のような扱いらしい。
「うち、炎吐けないっスよ。それれもっすか?」
「うん。ドリューに聞いた。それでもお願いしたいんだけど、どうかな? もし組んでくれるなら、君の借金を肩代わりしてもいい」
「いいんっスか!? うち、借金6千8百トネルくらいあるっスけろ!」
増えてるじゃねーか!
この辺り記憶があいまいだが、俺は確か4千トネルくらいに設定していたはずだぞ。ツイッギーの借金は日本円にして68万円ほどか。社会人ならどうとでもなる金額だが、その日暮らしの傭兵ではなかなか厳しい金額だろう。
「仕方ない。それでもいいよ。といっても、借金のかたに働けとかそういうことを言うつもりはない。君を奴隷として買いたいわけじゃないんだ。方針が合わないようなら、いつでもパーティーを抜けてくれて構わない。お金はその後でいつでも返してくれればいいから」
オタクって、裏切られたくないんだよな。現実世界で傷つきすぎているから。
だから、魔道具によって逆らえなくされている奴隷や、絶対的な忠誠心を植えつけられているNPCとじゃなきゃ、異世界なんて歩けない。
俺だってアクターたちのことを無条件で信じすぎるところがあるから、もう少し警戒するべきなんだ、本当は。
いわゆる〈隷属の首輪〉みたいなものも、〈データベース〉なら作れるだろう。
でも、自分の子供みたいなアクターを奴隷のように縛るのは出来ないよ。
「……お兄さん、レベルはいくつっスか?」
真剣に考え込んでいたツイッギーが聞いた。
「う。実は、レベル1なんだ」
「なら、らめれす。一緒には無理。うちの負担が大きすぎますし、うち、お兄さんより小さいれすけろ、これれも結構食うんスよ。レベル1で狩れるモンスターじゃ、追いつきません」
ゲームなら、借金さえ返せば簡単に仲間になってくれたのだが……。
断られてしまった。
ツイッギーを仲間に出来ないとなると、今後の計画が大きく狂うことになる。
だけど。
「なんれ笑ってるんスか?」
ツイッギーが怪訝そうな顔をした。
俺と組むことを真剣に考えてくれたのが分かって、つい嬉しくなってしまったのだ。
「じゃ、こういうのはどうかな? 実は、最近ちょっと臨時収入があったんだ。そのお金で、君を護衛に雇いたい。どうしても行かなきゃならないところがあるんだけど、そこには中ボス……つまり厄介な魔物がいるんだ。本当はその後もずっとパーティーとして組んでもらいたいんだけど、ひとまずはそこまで一緒に行ってくれないか。パーティー云々は、その後でいい」
俺がそう頼むと、ツイッギーはたっぷり十分ほど考え込んだ。
――結果から言うと、ツイッギーは俺の申し出を受けた。
彼女が今日ここで飲み食いした120トネルは、一日働いた分だということで、ドリューがチャラにしてくれた。