24.神託
商神〈トネルネ〉神殿の最上階にある礼拝堂で祈りを捧げていたところ、突如、頭の中に麗しい女性の声が聞こえた。
「なっ」
思わず声を上げそうになったが、謎の声に止められる。
『あー、待ち待ち。いちいち声に出さんでもええで。虚空に向かってしゃべっとったらあんさん頭おかしなった思われるで。頭ん中で返事してくれたらええ』
(こ、これで聞こえますか?)
『おうおう。よう聞こえるわ。じゃ、改めましてやな。わいは〈商神トネルネ〉や。商神言うても、元は幸運も不運も司る運の神――っちゅーか、サイコロとか偶発性の神なんやけどな。それはあんたが一番よぉ知っとるやろ?』
(え、ええ。知ってます)
『せやな。この世界の構想はあんたが作ったんやから、当然や。レティミア様がそれに従って、わいらを創造して下さったんやけど』
恐る恐る念じてみたら、どうやら伝わっているようだ。
しかし、女神像は楚々とした美人なのに、この女神様、しゃべりかたが結構どぎつくてびっくりする。
『今、ちょぉ失礼なこと考えんかったか?』
(いえ、そんな。とんでもない)
『まぁええわ。実はな、これはわいだけやのうて、神々の総意として聞いてほしいんやけど、聞いてもろてええかな?』
(なんでしょう?)
『わいらが言いたいんはな、あんさんはこの世界で自由に生きてもええんやで、っちゅうことや。ゲームを完成させたいんも分かるけど、この世界はもうゲームやない。新たな現実の世界や。あんたの思った通りに進むとは限らへん。製作者やからって、特別扱いもまぁせん。すでに結構しとるのは置いといてな。つまり、死ぬ時は死ぬっちゅうことや』
(それは……)
『あぁ、リチャードはんのことだけは、レティミア様から悪かったゆう言付けは頂いてるで。人として生まれた以上、リチャードはんにだって自由に生きる権利があるさかいにな。ゲーム内での初登場の時点まではあんさんのストーリーに従って神のほうでも多少運命を操作して見守っていたけど、自由に生きた結果、自分のしたことで自分が死ぬことになるんは止められなかったんやと。それが、特別扱いはないっちゅうことや』
(そうだったんですね。リチャードが死んでしまったのは悲しいですが、もう仕方のないことです)
『逆に言えば、や。神からこういうこと言うのもあれやけど、あんさんが例え強盗しようが殺人しようが、見張ったりも罰したりもせぇへん。あんさんだけにかまけてられるほど暇でもないんや。そもそも、殺したりしたらあかんよ~ゆうんはあんさんの元いた世界の倫理観やしな。こっちは神々同士がしょっちゅう殺し合っとる世界やし。――あ、もちろん、お国の統治機構から英雄神はんのほうに加護剥奪の請願を受けて、それが受理された場合は別やで。システム的に対処することになっとるさかい、犯罪するんやったら国にバレないようにしとき』
(いや、犯罪はもともとするつもりはないですけど。そこまで言っていただけてありがたいです。でも、私は……)
『ええよええよ。ゲームを完成させたいっちゅうんも、それも含めて好きに生きるっちゅうことやからな。でも、今悩んどんのやろ?』
(はい。ゲームでは、パンクラツは数か月後には滅びます。でもそれは、ゲームだから出来た表現であって、実際に住んでいる人たちと交流すると……タビーやミネルバ婆さん、親切な農家のおっちゃん……彼らから犠牲が出るのではと思うと、俺はどうすればいいのかと)
『まずな。一つ言っておくけど、あんさんが何しようがパンクラツが滅びるのは止められへんと思うで。もうすでに計画の大部分は動き出しとる。あんさんが無理して、バークアはんや他の四名を仕留めたとしても、結果は変わらんくらいにはな』
(な! ……そ、そうなんですか?!)
『もうすでに、世界は神々の手を離れて一人立ちを始めとる。あんさんの考えたストーリーと齟齬が出始めているのがその証拠や。――本来であればリチャードはんが人知れずパンクラツの安全を守っていたことで、バークアはんの裏におるやつの計画が遅らされていたんやな。それがのうなったことで、計画がちょい早まっとる。あんさんのゲームでは結果だけが作られていて、どうやって、までは出来ておらんかったけどな。それとほぼ同じ結果になるような巨大で綿密な計画が動いとるな』
(パンクラツは、あとどのくらい保ちますか?)
『せやな……。一か月ちゅうところかいな。あぁ、計画の詳細をわいに聞いたらあかんで? あんさんも知っとるやろうけど、バークアたちは獣が属の信徒や。あんさんに味方して計画を教えてしまうんはわいの立場的にも出来ん。さっきも言うたけど、特別扱いはなしや』
(そうなんですね。ありがとうございます。――とにかく、一度帰って考えてみようと思います)
そう言って立ち上がろうとしたら、女神に引き留められた。
『あぁ、待ち待ち。今日は加護を受けに来たんやろ?』
(そういえば……そうでした。私に適性はあるでしょうか?)
『適性も何も、わいより上位のお方の加護をすでに受けとるんやから、わいの加護で出来ることと同等以上のことはあんさんにももう出来るはずやで? ……でもま、レティミア様の加護のことをおいそれと他人に明かしたくないんも分かるわ。要は、ステータス画面を堂々と見せれるようになればいいんやろ。せやな、あんまり強い加護を与えてもうちの信徒どもが騒ぐやろうし……。アイテムストレージやらエーテル変換を頻繁に使ってもおかしくなく、かつ目立たんぐらいの加護いうたら……こんなもんか』
(加護を頂けたのでしょうか)
『おう。やったったで。まぁ、たまには神殿にも顔出してくんなはれ。うっとこの神殿に限らず、他の神殿にもな。あんさんと話してみたいゆう神も多いと思うで』
(分かりました。色々と、ありがとうございます)
『ええてええて。ほな、達者でな』
その声が響いたとたん、頭の中を占めていた女神の存在感がすぅっと抜けていくのが分かった。
立ち上がり振り返ると、礼拝堂の入り口には先程案内してくれた太っちょの神官だけでなく、一階ホールにいた眼鏡の神官や、他にも複数の神官服の男女がうろたえたように右往左往している。
その端っこで、タビーが所在なげにオフィーリアを抱いてぽつんと立っている。
「あの、皆さん。何か?」
「あ、あ、あの、あなた、ニュクスさんとおっしゃられましたか」
さっきまでエセ関西弁でしゃべっていた太っちょの神官が、標準語になっている。
関西弁……というか、この世界に関西地方はないので、さっきの言葉はトネルネ弁ということになるのかな?
神様の言葉遣いが脈々と受け継がれてきていると考えれば自然だ。
うん、そういうことにしよう。今決めた。
もしかすると神官さんにとってはエセ関西弁、もといトネルネ弁のほうが、より格式高いというか、より改まった口調なのかも知れない。
なんたって神様の使う言葉だもんな。
なんだか慌てているようだし、今は普段使っている標準語が出てしまっている?
って、ややこしいな。
「ええと、はい。俺の名前、タビーから聞きましたか? ニュクス・トライアングリックスといいます」
「あああ、あなた、もも、もしや、神からの神示を頂いたのではありませんか?!」
自己紹介もそこそこにガシっと両肩を掴まれた。
「へっ?」
「あのように、天から光が差し込みあなた様を照らすなど、38年この神殿で祈りをささげる方々を見てきて初めてのことです。わわ、私は驚きのあまり、すっかり固まってしまいましたぞ!」
はい?
じゃ、さっき俺に光が差したとき、ぴくりともしなかったのは、いつものことだからじゃなくて、驚きで固まってたっていうことなの?
「もも、もし、もしも、神から直接お言葉をいただいたのなら、神はなんとおっしゃっていたのか、教えていただくことは出来ませぬでしょうか?!」
「え? ええと、私に『自由にせよ』と、そうおっしゃっていましたが」
「じ、自由? 自由ですか? いい、一体トネルネ様の真意はいずこに……。し、失礼ですが、トネルネ神の加護はいただけたのでしょうか?」
「はい。ご確認ください」
俺が額を出すと、やや俺より背の低い神官は緊張の面持ちで手を伸ばしてきた。
「も、もしもランクAならば、パンクラツから初の大司教が生まれるやも……いや、あれだけの光輝。伝説でしか聞いたことのないランクSだって……。や、やはり加護を受けておられる! ランクは……」
そう呟いて、神官はその場にへなへなと座り込んだ。
「司教! ランクは!? ランクはいかほどだったのですか?!」
後ろで見ていた神官たちがいても立ってもいられず、といったふうに俺の周りに集まってくる。うーむ、いたたまれない。
不安そうにしているタビーに目配せし、心配するなと笑いかけてやる。
「ランクは……Cだ……Cだった……」
「な、まさか!? そんなはずは。私もこの目で確かに、この方に向かって天より差し込む光を見ましたぞ! し、失礼、ステータスを確認させていただきます!」
「わ、私にも見せていただけますか!」
「私にも」「私にも」
全員からステータス確認攻めにあい、数十秒後、全員が手をついてへたり込んだ。
ちなみに、他の加護についてはグレーアウトさせてある。
「ま、まさかそんな……」
「ランクCなど、神職としてはありふれたランクではないか」
「Cぐらいならば傭兵にすらごまんとおるぞ」
「あの光は幻だったのか? しかし、あれほどの神々しき暖かな光。ただのまやかしであのような存在感を発することは可能なのか……」
「あぁ、私も確かに、あの場に神の存在を感じた。あれは決して、まやかしなどではありますまい」
「いや、ランクはこの際関係ないのでは。神からいただいたというお言葉にこそ意味があるのだ。彼に『自由にせよ』とおっしゃったそうだとか」
「そ、そうか! トネルネ様は運命を司る神。彼が自由に行動することにより、何らかの希望がもたらされることを見越しておられたのでは」
「し、しかし、そうであれば彼の行く末に幸あらんと、せめてB以上の加護は与えるのではないか?」
「やはり、我らは集団で幻覚を見ていたのか」
「いや、だがな……」
なんだか、議論が紛糾している。
俺はこっそりタビーとオフィーリアを連れ、その場から逃げ出した。