表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/41

23.〈商神トネルネ〉

「おにぃちゃん、ずっとくらいかおしてる……」


「あぁ……」


 タビーの頭をなでながら、俺の頭は考え事でいっぱいだった。

 考えているのは当然、昨日、〈天駆ける駿馬亭〉でこの大陸唯一の金封ゴールドシールになったあの男のことだ。


 あいつの名前は傭兵バークア。

 エタクリのボスキャラである。

 そして、彼の後ろにいた四人も全員ボスキャラだ。


 HPは通常のキャラの10倍近いし、1ターンに何度も攻撃できる場合がある。

 味方には絶対に使えないような特殊攻撃もある。

 防御力だけは、低めになる傾向にあるようだが……。


 よく、ボスキャラが仲間になる展開で、『ボスだったときは強かったけど、仲間になったとたん使えなくなる』みたいな話がある。

 だが、彼らには仲間になる展開はないし、仲間になった際のデータもない。

 データ的には、彼らはモンスターとしてのデータしか存在していない。


 現実となったこの世界で、彼らは一人の人間として存在していた。


 果たしてどの程度まで、ボスとしての能力が再現されているのか。

 他の住人たちと同等にまで弱体化されているのか。

 それとも、データがない以上ボスとしての能力をそのまま持っているのか。


「おにぃちゃん……?」


「あぁ、ごめんな。怖がらせちゃったか」


 俺がこれほど悩むのにはわけがある。

 彼らは『ボスモンスター』、つまり、エマたちプレイヤーキャラクター、『アクター』たちと敵対する運命にあるのだ。


「あれっ、ニュクス?」


「エマ?」


 トネルネ神殿の手前で、声をかけられた。エマだ。

 首をかしげて、エマがふふふっと笑う。


「最近、よく会いますね! あ、そうだ。聞きましたよ、金封ゴールドシール誕生の瞬間に居合わせて、ゴールドが一杯奢るっていうのを断った傭兵がいたって。昨日、初めての依頼をこなしたハム魔導士を連れている傭兵って、ニュクスのことですよね?」


「ひぇっ、そんなふうに噂になってるの?」


 そりゃまずい。変に目立ってしまうではないか。


 タビーがエマとの間に割り込むようにして、俺の腹に頭をうずめた。

 まだエマに慣れないのかな?

 そんな怖くないのに。


「エマこそどうしたの? 〈トネルネ〉様の神殿に来るなんて。昨日見せてもらったけど、エマは剣が属〈涙神ロザシア〉様の信徒でしょ?」


「あれ。ニュクスは涙神様と呼ぶんですね」


「え、だって……」


「あ、ごめんなさい。〈ロザシア〉様は慈雨の神であらせられるから、豊穣神と呼ぶ人が多いんですよ。正式には聖剣神の涙からお生まれになった、剣が属涙神とお呼びするのが正しいんですけど」


「へぇ~。そういうのもあるんだ」


「……で、私が何をしに来たか、でしたよね? 今日はこちらの大神官様に預かっていただいていた剣を引き取りに来ました。ニュクスはもう知ってるかと思いますが、昨日、バークアさんが重要人物を護衛してきまして。町の警戒レベルをこれまでより引き上げることになったんです。私も、どういう方なのかは聞かされていないぐらいで」


「え……パンクラツの警備隊長なのに、獣が属の神殿に来たりして大丈夫なの?」


 重要人物の正体より、他のことが気にかかってしまった。

 パンクラツの属するマダレーナ王国は伝統的に〈聖剣神〉を奉ずる国だからだ。


「確かに、〈聖剣神〉様と〈聖獣神〉様は仲がお悪いですもんね。それに、マダレーナ王家は伝統的に〈聖剣神〉様を信仰されていますし。でも、結構誤解されているようですけど、マダレーナ軍属だからって獣が属の信徒と仲良くしちゃいけないとか、獣が属の神様を信仰していると出世できない、とかはないんですよ。現に、王国の三宝と呼ばれる〈涙騎士〉〈城塞〉〈牙王〉の三騎士様のうち、〈牙王〉様は獣が属の神様を信仰されていますし」


 エタクリには多数の神が存在するが、中心となる神は主に四柱。

 神々の長〈英雄神ルビトロス〉

 強大な力を持ちながら、互いにいがみ合う〈聖剣神アスラ〉と〈聖獣神ジェノ〉

 そして、それら三柱より若干力は劣るが〈聖工神サイコ〉がいる。


 剣と獣の配下には数々の従属神がいて、それぞれ、剣が属・獣が属と呼び習わす。

 エマの主神である〈涙神ロザシア〉は剣が属だし、今いるトネルネ神殿の主〈商神トネルネ〉は獣が属だ。

 それら従属神の配下にもさらに無数の眷属がおり、彼らも〈神〉と名はつかないものの下位の神族であるとされている。

 オフィーリアの主神〈王獣グレオ〉などがそうだ。


 剣と獣が果てしなき戦いを続けるこの世界では、伝統的に剣が属と獣が属の信徒は仲が悪い……ということになっているが、実際のところは、庶民レベルどころか王国の重鎮レベルであっても、あまり垣根はないらしい。

 まぁ、日本にも学問の神様やら商売の神様やらいるけど、神棚にどの神様を祀っていようと誰も気にしたりはしないもんな。


「でも、国家レベルとなると話は別でしょ?」


「そうですね。〈聖剣神〉様を奉ずるマダレーナ王国としては、〈聖獣神〉様を奉ずる隣のラージャ教主国とは、やっぱり仲が悪いかもですね。過去にも幾度か小競り合いがあったみたいですし」


「その、仲が悪いラージャ教主国が問題なんだよ。バークアだってラージャに……」


「え? ラージャがどうしました?」


 と、危なく口を滑らせるところだった。

 危ない危ない。

 言いかけたのは「バークアだって、ラージャに仕えることになるし」だ。


 だけど、すんでのところで言うのをやめた。

 俺はこの先起こる公算が高いであろう出来事を知っている。

 もし、世界が俺の作ったストーリー通りに進むとしたら、マダレーナ王国とラージャ教主国は近いうちに大戦争を巻き起こすことになる。

 そして……、パンクラツの町は滅ぶ。

 三万余の住人が、たった数百名ほどしか生き残れない。


 けれど、おかしな点が一つある。

 こんなに早く、彼らがパンクラツに現れるはずがないのだ。

 彼らと戦うイベントは中盤以降に発生する予定だった。

 特にバークアなどは終盤も終盤に出てくる、ラスボス直前のボスなのである。


「ごめん、なんでもないよ」


「そうですか? では、私は任務があるのでこれで。タビーちゃんも、オフィーリアちゃんも、またね!」


 笑顔で手を振るエマに対し、タビーは俺の背後に隠れてしまう。


「タビー、そんなにあのお姉ちゃん怖い?」


「……ちがう」


「じゃ、どうして」


「あのおねぇちゃんは、てき」


「えぇ?」


 なんでだ?

 何かエマと反目するような出来事でもあったか?

 このぐらいの女の子の気持ちはよく分からん。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 安いよ安いよ!」


「商神様お墨付きの逸品だよ! エーテルを金貨に変えたらぜひ寄っておくれ」


 トネルネ神殿は三階建ての商店のような建物だった。

 一階のホールには所狭しと出店が並んでいる。


「今日はどうされました?」


 あまりの人いきれに隅っこのほうできょろきょろしていると、眼鏡の神官っぽそうな男性に声をかけられた。


「すみません。加護を授けていただけるかどうか知りたいのですが、どちらへ行けばいいですか?」


「失礼ですが、傭兵の方ですか? トネルネ神殿は初めてで?」


「はい。そうなんです」


「初めての方にはエーテル変換のご利用だけの方でも全員、三階の礼拝堂でお祈りしていただくことになっております。もし、加護を授かることがあるようならば、そのお祈りの際に何かしらのしるしがあるでしょう。今はちょうどお昼前なので、空いておりますよ。もし、変換もご入用でしたら、変換のほうは多少時間をずらしたほうが良いかも知れません」


「そうなんですか。今日はお祈りだけです、ありがとうございます」


 一礼し、ホールの奥中央にある階段を上る。

 三階まで上がると、でっぷりと肥えた柔和な顔の神官が出迎えてくれた。


「おやおや、あんさん初めましてかいな? まぁまぁ、緊張せんでええで。これから神殿を利用する人には、神さんにちょぉと挨拶してもろとるだけやさかい!」


「すみません、礼拝の作法をよく知らないのですが……」


「ええよええよ。好きにしたら。とりあえず、入っていっちゃん奥に商神さんの像があるから、そこに膝ついて、後は好きな恰好で祈ればええ。わいはすぐ後ろで見とるさかい、ちゃっちゃーと終わらせて来ぃなはれ」


「分かりました。行ってきます。……タビーとオフィーリアは、ちょっとここで待っててね」


 奥にはさっきの神官からは想像できないような美人の女神像があった。清楚でおしとやかそうなパッツン長髪の若い女神が、慈しみ深い眼差しを向けている。


「ええと、まずはもし、適性があれば加護を授けていただきたいのと……。それから今後、しばしばエーテルの変換をさせていただくことになるかと思います。よろしくお願いします」


 とりあえず、膝をついてオーソドックスに両手を組んで祈ってみた。

 すると、天窓もない頭上から光が差し込み、全身を照らされる。後ろの神官は反応がないから、おそらく想定済みのことなんだろう。


 その時、脳裏に麗しい女性の声が鳴り響いた。


『なんや、よぉ来てくれはったなぁ! もうかりまっか』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白かったら是非是非、拡散にご協力いただけると助かります!
この小説が好きだと言ってくれる方は、友達10人にこの小説を紹介してください!www
感想や評価、レビュー等も、随時お待ちしております!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ