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22.朝市にて

「おにぃちゃん。おきて」


 タビーが俺を揺り起こす。

 あれから、味も分からず夕食を平らげて〈天駆ける駿馬亭〉を退散し、ほとんどカラスの行水で全身さっと洗うだけ洗ったら、倒れるように眠り込んだ。


 ちなみに、タビーには例の『恐ろしい気配がする。引き返した方がいいだろう』パネルの影響を受けないためのマーカーとして、〈勇気のペンダント〉を渡してある。このペンダントを装備しているかどうかで、あのパネルの効果が発動するかどうか、条件分岐しているわけだ。


「おにぃちゃん。おふろ」


「風呂が気に入ったのか……? 俺は昨日入ったから、タビー一人で入れるか?」


「やだ。いっしょがいい」


「えぇ……」


 のそりと起き上がり、風呂の準備をする。


「ミネルバ婆さんには言ってきたのか? っていうか、風呂って俺にとっては夜に入るものなんだけど……」


「だいじょうぶ。おにぃちゃんちであそんでくるって、ちゃんと言った」


「朝ご飯はどうする?」


「たべてない。いっしょにたべる」


「ポイント節約したいから、市場で食いたいんだが、それでもいいか?」


「うん。おにぃちゃんといっしょなら」


 そんな話をしていたら、次第に目が覚めてきた。

 なんだかずいぶん慕われたみたいだなぁ。

 寂しかったんだろうな、きっと。孤児院と違って周りに同い年ぐらいの子もいなさそうだし、ここに来たらオフィーリアもいるし。


 ところで、この世界ってご飯は一日三食なんだろうか? さすがにそこまで設定していない……というか、ゲーム内のNPCに誰もそんな話をするキャラはいなかった気がする。

 食べるものぐらいあるよな?


 俺はタビーを風呂場に連れていき、一緒に朝風呂を浴びた。



   *   *   *   *   *



「そういや、前の世界にも朝市というものがあったね」


 パンクラツの町の中央市場は朝から盛況だった。

 朝採れの野菜や果物が市に並んでいるが、これはパンクラツから四半日くらいの周囲に点在する村々の果樹園から、毎朝農家の方たちが売りに来ているらしい。

 ただ、日本の甘い果物に慣れきってしまっていると、酸っぱいし繊維質だし、あまりおいしいとは思えなかった。

 ま、もともと日本は糖分過多だよね。

 野菜も果物も、子供のころと比べたらとんでもなく甘くなっているって爺ちゃんが言っていたのを思い出す。


 小説で異世界に転生する人はグルメが多くて、異世界でも日本の食を……なんて使命に燃えてる人が多いけど、そうなる気持ちもちょっと分かる。

 でも、俺は食事なんて食えればいいとしか思わないタイプで、食べる時間があったらツクレールに没頭したい派だったから、あんまり味わかんないんだよね。

 昨日ドリューに作ってもらった料理は十分おいしかった。

 朝市の果物はほとんど外れだけど、当たりと外れさえしっかり覚えておけば、後は食べれれば何でもいい。

 どうしても旨いもんが食いたかったら〈データベース〉があるし。


 そんなふうに考えながら買い食いを続けていたら、人の良さそうな苺売りの農家のおじさんから宗教の勧誘を受けた。


「お兄ちゃん、若いね。その割には物々しい装備だが」


「実は叔父から譲り受けたんですよ。若いころ傭兵業に挑戦したものの、すぐに体を壊してやめてしまって。ほぼ未使用のものを叔父がずっと磨いていたんだそうです」


〈詐術〉の習熟度がレベル1なので、多少の嘘ならすらすら出てくる。


「ってことは、兄ちゃんもまだ成り立てだね? まだ〈英雄神〉のおひざ元なら、どうだい。商神に宗旨替えしてみては。〈トネルネ〉様はもとは運を司る神様でね、後に商業の神ともされるようになったお方だから、運が生死を分ける傭兵たちにも人気の神様だよ」


 現代日本なら怪しいの一言なのだが、この世界はたくさんの神がいて、宗派の違いで戦争が起きたりもする。こういう勧誘に熱心なおっちゃんがいても、まぁ、おかしくはない。

 おっちゃんは本当に善意で誘ってくれているようなので、無下にするのも気が引けるし、ちょっと話を聞いてみることにする。


 ま、加護という名のボーナスで選べばいいのかな。

 能力値ボーナスについては熟知しているけど、この世界ならではの加護って何かあるんだろうか。


 ちなみに、生まれたばかりの子供たちはみんな〈英雄神〉の加護を受けている。

 自分で変更しない限りこの加護は続くが、それがおっちゃんの言う「英雄神のおひざ元」という意味だろう。

 宗旨替えはしなくてもいいが、すべての子供たちに平等に加護を授けてくれる分、ボーナスが少ないんだよね。


 ただし、たまに〈英雄神〉にめちゃくちゃ愛される子供もいて、NPCでも一人だけクラス【勇者】のキャラがそうだった。

 それに、別にひと柱の神だけしか信仰してはいけないという決まりもないので、神様の方さえ許せば何柱でも信仰して良いということになっている。


「あの、こういうこと聞くのは不信心かも知れないんですけど、具体的にはどのような加護があるんですか?」


「いいよいいよ。自分の命を預ける神様だ。気になるのももっともだ。神様だってそのぐらいは許して下さる。……やっぱり傭兵さんにとって、〈トネルネ〉様の一番のありがたいご加護はね、なんと言っても、モンスターを倒した際に得られる霊素をトネル貨に変換してくださることじゃないかね。神殿で変換しようとすると、手数料がかかるからね」


「ん゛ん゛っ?」


 なんだその設定は。知らない、俺知らない。そもそも霊素って何。

 スキャンダーさんのスキルにもそれっぽい名前があったような覚えもあるけど。


「おや、そんな可愛いモンスターを連れているようだから、君も何度かモンスターと戦ったことはあるんだろう?」


「えっ、あ、そういえば……」


 考えてみれば、俺はまだオフィーリアとしかまともに戦っていない。

 ブラッドバットはスキャンダーさんが倒してしまったし。

 おっちゃんの話、この世界で生きていくには大事なことかもしれないぞ。


 ということで、オフィーリア一匹だけとしか戦ってないと正直に告げたら、おっちゃんに大笑いされた。


「そいつぁすごい! 兄ちゃんは運がいい! これはますます、〈トネルネ〉様に愛されるだろうって気がしてきたよ」


「そういうものなんですか?」


「ご加護を授けてくださるかどうかは、神様の気分次第だからね。いいかい。霊素、エーテルともいうが、世界はエーテルに満ちている。人を襲うモンスターの多くは、神の加護を外れて、エーテルがゆがんだ形で結実したものだ。神の加護を受けた人の手で倒すことによって、モンスターはエーテルになって消える。たまに、エーテルがモンスターの器官や持ち物と結合して、ドロップアイテムになることもあるがね」


 なんと。

 これはもしかして、『モンスターを倒したらどうしてお金がもらえるの』問題に対するこの世界なりの答えなのではないだろうか。

 フリゲー製作者は結構そういう理屈をつけたがるんだよね。

 例えば、毛皮や鱗を売るという手順を省略して表しているものなのだとか。

 モンスターはもともと、貴金属や宝石に魔力がこもって生まれたもので、倒すとそれらが残るのだとか。

 個人的にうまいなと思ったのは『相当』の一言でそこら辺を全て説明してしまった作品かな。

 モンスターを倒すと

『魔物の群れをやっつけた! 主人公たちは100G相当を手にいれた!』

 と表示される。

 これだけで他に説明する必要がない、うまいやり方だ。


 おっちゃんの解説は続く。


「モンスターから得られたエーテルは倒したものに吸収され、主として加護の力を強めるために使われる。一定まで溜まるとレベルアップという事象が起きる。兄ちゃんも多分そう遠くないうちに経験するだろう。だが、同じ種のモンスターから得られるエーテルは二匹目以降はだんだん吸収されにくくなるらしいんだな。同じモンスターだけを狩っていてもレベルはあがらなくなる。そうした吸収しきれなかったエーテルを、〈トネルネ〉様は再び加護を与えてこの世の摂理の中に戻し、貴金属に変えてくださる。それがトネル貨の始まりだ」


 なんてこった。筋は通っている。

 ゲームバランス調整のために各モンスターごとの討伐数を記録し、二匹目以降はがくんと経験値が下がる……みたいな仕様を、確かに作っていた。結局、技術力不足で実装はしなかったのだが、女神が気を利かせて実装してくれたのか。


「さらにもう一つ大事なのが、もし兄ちゃんが〈トネルネ〉様の加護を受けられるようなら、アイテムさえもエーテルに変換して保管できるってことだ。ランクによって量は違うが、大神官様なら膨大なエーテル内蔵量を誇る魔剣さえも現世界から消して保管しておしまいになるらしい」


 思わぬところで、実は密かに気になっていたアイテムストレージまで一気に説明してもらえちゃった。

 おっちゃんありがとう。これで、〈データベース〉からアイテムを作るとき、わざわざ足元にアイテムゲットパネルを作らなくて済むよ。

 あれ、ポイントが地味に痛かったんだ。

 これからは商神の加護で、アイテムストレージから出したと言えばいい。


「なんか、何から何まで……ありがとうございます」


「いいってことよ。それに、兄ちゃん聞いたかい? そこらじゅうで噂だが、パンクラツでゴールドの傭兵が生まれたらしいぜ。傭兵だし、もしかしたら商神様の信徒かも知れないよ。彼にあやかって商神に宗旨替えしてみるのも、ありだと思うねぇ」


 言われるまでもなく、俺もその場にいたわけで……せっかく考えないようにしていたのに、再び思い出してしまった。


「……あの、苺買います。それから、今から〈トネルネ〉様の神殿に行ってみようと思います。どっち方面ですか?」


「おお。そうかね、そうかね。加護を授けてくれるかは分からないが、良いご縁があるといいね。〈トネルネ〉様の神殿は市場からすぐ見える、あれだ」


 俺は苺を買っておっちゃんに一礼し、その場を後にした。

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