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21.ケダルの指輪

 ミネルバ婆さんのもとにタビーを帰し、ドリューの店へと向かう。

 すっかり暗くなってしまったが、酒場の営業は夜が本番だ。

 今までは昼しか来たことがなかったが、ドリューの酒場はかなりの客入りで大賑わいだった。昼間は見たことがなかったウェイトレスがテーブルの合間を縫うように走り回っている。


「ドリュー、スキャンダーさんの依頼を完了したよ。完了報告をしたい」


「あぁ。さっき依頼人からも話を聞いてる。なんだか、いたく感謝していたな。もともとの報酬のほかに、プラスで50トネル置いていきやがった。何でもこれから、どっかの花嫁を奪いに行くんだと」


 ドリューがそういうと、それとなく俺たちの話を聞いていた酔客の一人が「ヒュー!」と口笛を鳴らした。といっても、そんなに嫌な感じじゃない。すぐさま、仲間との会話に戻っている。


「それで、これで俺は晴れて契約傭兵になれるんだよね?」


「あぁ。おめでとう、ニュクス。これがお前さんの〈ケダルの指輪〉だ。うちの酒場を表す紋章と、お前さんの通し番号が入ってるから、失くすんじゃねぇぞ。それから、真鍮製だからたまには磨きな。……今、『仕入れ先』に送る手紙を持ってきてやる。お前さんが自分の手で封をしな」


 一旦カウンターの奥に消えたドリューは一通の羊皮紙の手紙を携えて戻ってきた。

 もう片方の手には深緑色の蝋燭を持っている。


「もともとの報酬にスキャンダーさんが置いて行った特別ボーナスをプラスして、しめて250トネルだ。確認してくんな。大銀貨2枚と、銀貨2枚、四分銀1枚、銅貨5枚だ」


「あの、田舎の出で硬貨に慣れてないんですけど、一つだいたいどのくらいの価値なんですか?」


 ゲームじゃ全部、単位はトネルで通していたからな。

 ドリューがやれやれと言ったように教えてくれる。


 硬貨の種類は主に五つ。

 500トネル金貨、100トネル大銀貨、20トネル銀貨、5トネル四分銀貨、1トネル銅貨だ。四分銀貨というのは、普通の銀貨を市民が勝手に四つに割って使っているものらしい。

 その上にも決済用の1万トネル硬貨とかあるらしいが、国家間の取引などでしか出回らないものなのだそうだ。


「確認したら、この手紙に封をしな。お前さんは駆け出しだから、緑封――グリーンシールだ。お前さんがいつか黒封、ブラックシールにでもなってくれたら、寄り合いでも鼻が高いんだがな」


緑封グリーンシール?」


「契約傭兵としてのランクだな。緑封グリーンシールは駆け出しのペーペーで、多少は戦えるようになってきたら、うちの裁量で青封ブルーシールにしてやる。その中でも特に際立った功績を残し、複数の酒場からの推挙があれば、晴れて赤封レッドシールだ。レッドはパンクラツにも十人といねえ。それ以上のクラスになるとご褒美ってわけじゃねぇが、今やったその指輪に石がつく。レッドならルビーだな。……その上が紫封パープルシールでアメジスト。契約傭兵の中でも最高位が黒封ブラックシールでこいつはマダレーナ王国にもまだ一人しかいねえ。石も最高のダイヤモンドになる」


 ドリューの店には俺の腕ぐらいぶっとい蝋燭が置いてあり、そこから火をもらって深緑の蝋燭に火をつける。

 蝋燭が手紙の上に垂れ、緑色の蝋だまりを作った。

 その上へ今もらった〈ケダルの指輪〉の印章を捺し当てる。


 緑封グリーンシールの名の通り、『仕入れ先』への報告書に“緑”の封がされた。


「よし、いいだろう。これは預かっておく。これからもよろしく頼むぜ」


 ところで、ドリューは知らないのか、それとも俺には言わないだけなのかは分からないが、ケダルの酒場のランクにはあと二つ上位のランクがある。

 金封ゴールドシール禁封マーブルシールだ。


 ゴールドはその名の通り、その下のランクの黒色の蝋の中に金粉が混じる。

 大陸でも一人いるかどうかの伝説的なランクだった。


 マーブルもまた世界でも数名しかいないとされるランクだが、こちらは逆に、封印の色は質素だ。低ランクの色の蝋をただ二つ混ぜるだけとなる。

 多くは最低の緑をまず垂らし、その上に覆うように赤や紫の蝋を垂らす。

 禁封に任じられた時点でのランクによって覆う色は異なり、ランクが低い時点で二色を使うようになった傭兵ほど、早い時点でその存在に目をつけられた傭兵という意味にもなる。


 禁封――その名の通り、存在自体を禁じられた傭兵。

 その二色が表すところを知らぬものからすれば、ただの赤封や紫封の傭兵にしか見えない。しかし、その封を剥がす『仕入れ先』だけにはその存在が伝わる。

〈ケダルの酒場〉組合が秘密裏の仕事を任せる、ある意味で金より重要なランクだ。


「ま、俺がそのどちらかになることはまずないだろうけどね」


「チィ?」


 と、思わず声に出してしまう俺である。


 今の一連の作業で、【習熟度】〈忠誠〉が上がっているはずだ。〈忠誠〉に習熟度なんてあるんかいとも思うが、単なる言葉の綾というか、依頼を多くこなしたプレイヤーに対するボーナス的な意味合いが強い。

〈忠誠〉の習熟度を上げれば、全能力値にレベルアップ時の補正がつく。

 これをしばらく繰り返してからレベルアップをすれば、能力値最低の透明さんでもそこそこ戦えるようにはなるだろう。


「定番だと、こういう時、ちょっと柄の悪いヤンキーみたいな傭兵にからまれたりするんだけどねぇ。その役割だったリチャードもいないしなぁ」


「チィイ」


 オフィーリアは分かっているのかいないのか、深く頷く真似をする。

 その時、丸太のように太い腕が、俺の目の前にどしんと置かれた。


「おう、坊主! てめー、今日が初仕事かい?」


「は、はい。お使いみたいなことはしたことありますけど、正式な依頼はこれが初めてで……」


 言いながら、俺はそいつを仰ぎ見た。

 デカい。

 丸太のように、とか、巌のように、とかが単なる誇張表現じゃない、事実の描写たりうる巨大な体。

 ごつい顔に無造作に伸ばした深紅の髪。


 何人かの客が男の手を見てざわついている。

 手――ではない、指輪だ。

 ランクを表す石の色はダイヤ。こいつは最高の傭兵、黒封ブラックシールだ。


「めでてぇじゃねぇか! オレがマダレーナ王国に着いて初めての酒場で、てめーみてぇな坊主の初の依頼達成に立ち会えるなんてよ。今日はオレから一杯奢らしてくれや」


「え?! あ、はい。でも、俺はまだ十五歳で、酒は……」


「なんだぁ? オレが十五の時はとっくに酒かっ食らってたもんだがな」


 し、しまった。これはいわゆる、「オレの酒が飲めねぇってのか!」状態だ。

 やばい人を怒らせてしまった。

 こんなん、こいつがその気になったら俺は一瞬で手ごねハンバーグだぞ。


 と思ったら、大男はニカッと笑って俺の背中をバンバン叩いた。


「ま、本人が飲めねぇってんなら仕方がねぇな! 酒は楽しい気分になるために飲むもんだ。てめーが楽しめないんなら奢る意味はねぇや。おぉい、店主! こいつになんか好きなもん食わしてやってくれ!」


 男が投げた金貨が、奥にいたドリューの手の中に吸い込まれる。

 あれ、金貨ってことは500トネル、5万円か。豪気だな。

 ドリューは男の指輪を一瞥して言った。


「あぁ、あんたかい。『仕入れ先』から話は聞いているよ。黒封バークア。じゃ、後ろにいるのが今回の護衛対象者だね?」


「おうよ。護衛対象どのはオレがしっかり連れてきてやったぜ! しっかし、パンクラツにも〈ケダルの酒場〉はいくつかあるが、ここがいいって言われて来てみれば、こりゃ正解だったな。色っぺぇ体してるじゃねぇか、姉ちゃん」


「ふん、世辞ならありがたく受け取っておくよ」


 二人のやり取りに、周囲が再びざわつく。

 男の強大な存在感で気づかなかったが、彼の背後に隠れるように、四人の人間が立っていた。


 神経質そうな顔の、やせこけた男。

 やたらとエロい美女。

 身の丈より大きな刀を背に差した小柄な男。

 そして、性別すら分からない、全身を覆う黒いローブから鋭い眼だけを光らせている人影。


 二人ほど確認できただけで、指輪の石は二人ともアメジスト。

 指輪をしていないものもいる。


「ローブのあんたが今回の護衛対象だね。本人かどうかの確認をしたい。ステータスを見せてもらえるかい」


「構わない」


 前に進み出た人影のフードの中に、ドリューが無造作に手を突っ込み、額に手を当てる。


「なるほど。確かに、護衛対象のようだ。裏に警備兵が待機している。無事引き渡したら任務完了だ。それからバークア、『仕入れ先』からはあんたが今回の仕事を達成したらランクを一つ上げるように指示されている」


 その瞬間、固唾を飲んでそれらの様子を見守っていた酒場中が一斉にどよめいた。

 バークアが酔客のほうに向かって叫ぶ。


「おう、聞いたか! 今、この大陸にゴールドはいねぇ。ということは、オレが初めてのゴールドってこった。この坊主も新たに傭兵になれて、オレも昇格した。めでてぇ日じゃねぇか。全員今日の払いはオレが持つ。オレらと一緒に祝ってくれや!」


 瞬間、酒場中火が付いたように騒ぎ始めた。

 誰もが口々に、大陸の誰も見たことがない金封の誕生を寿ことほいでいる。


「で、お前さんは何を食うんだい?」


「はえ?」


「情けない顔してんじゃないよ。あの男にお代は先払いでもらっているからね。お前さんの好きな料理を出してやるよ。それとも、私の作る飯が食えないっていうのかい?」


「あ、いや。じゃ、〈鶏肉の香草焼き〉と〈オニオンスープ〉を」


「ふん。ちょいと待ってな。あいつのおかげで厨房は大忙しになる。腹減ってるだろうからお前さんの分は最優先で作ってやるよ」


「あ、ありがとうございます」


 ドリューに答えながら、俺は茫然としていた。

 赤髪の傭兵、あいつに俺は心当たりがある。

 あるどころじゃない、はっきり名前も聞いて確信した。


 なんであいつがここにいるのか、そのことが俺を混乱の極致に陥れていた。


 だって、あいつは人間じゃない。

 いや、別に『魔族』だとかそういう種族なわけではない。種族は人族だろう。それは揺るぎない事実だ。だがあいつは、他の住人達とは決定的に違う種の生き物だ。


「チィ?」


 心配そうに俺を見上げるオフィーリアに、答える声にも力が入らなかった。


「あいつは……ボスモンスターだ……」

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