19.怪しさ絶好調
俺の怪しいセールスマンみたいなトークに、スキャンダーさんはややたじろいだように後ずさった。
「このまま、あなたのスキルを腐らせておくつもりですか?! あなたには才能があります! 私にその才能を開花させるお手伝いをさせていただけないでしょうか!」
うわぁ、怪しい!
でも、ステータスとして才能を直に『見る』ことが出来る世界だ。
現代日本で同じことをやると友達を失くすが、この世界ならこのぐらい言っても大げさではないはず。
「ええと……もしや、ニュクスさんは〈畢生の支配者〉の効果をご存じなので?」
「ふふふ……、実は私、古今東西のありとあらゆるスキルの効果について通じておりまして。決して損はさせません! どうでしょう!? 私を信じて、賭けてみてはもらえませんか!?」
怪しさ絶好調の俺を見るスキャンダーさんのおとぼけた目に、光が灯ったような気がした。
「そ、その若さで学院に通っていた私よりもスキルに詳しいとは……さぞかし高名な家庭教師をつけておられたのでは……!? わ、分かりました! 私もこのスキルのことはずっと気になっていたのです。どうか、助言をお与えください」
「う、うむ。ならば教えてしんぜましょう」
どうしてスキルにそれほど詳しいのか、家庭教師をつけていたと言われたときはヒヤッとした。
危ない危ない。
そんなん、製作者だからとしか言いようがないよね。
いきなり出自を聞かれても答えられるよう、適当な設定を作っておこう。まさか目が覚めたら草原に寝転んでましたというわけにもいかない。
いや、記憶喪失キャラというのもアリか?
ま、その辺はおいおい。
大人たちのやり取りに飽きたのか、タビーはオフィーリアとともに追いかけっこを始めている。
俺はとあるアイテムを取り出し、スキャンダーさんに笑いかけた。
ちなみに、目の前にスキャンダーさんがいるのでアイテムを作るのにも工夫が必要だった。
ステータスを確認するふりをしてデータベースを操作し、自分の足元に『踏むとアイテムが手に入るパネル』を作って置いているけど今のところバレてない。
「では、始めますね。――まずはこちらを食べてください」
「な、なんですか、その緑色のおどろおどろしいものは……?」
「うふふ」
ポケットから取り出した奇妙な物体にたじろぐスキャンダーさん。
俺は答えず、ただにこにこ笑いかける。スキャンダーさんは覚悟を決めたのか、ごくりと唾を飲んで俺の手から緑色の物体を受け取った。
「ぐぇほっ、えほっ、な、なんですか、これ!?」
「それは〈腐った野菜〉です」
「はいぃ!? なんで、そんなものを!?」
「これであなたのステータスは【毒】になりました。HPが3以下になるまで、ちょっと走ってきてください」
元が何の野菜かは知らない。全部一緒くただから。
俺が食べさせたのは、料理を失敗したときや素材アイテムを放置しすぎていると手に入る【廃棄食材】系のアイテムだった。
これらのアイテムは食べると諸々の状態異常を引き起こす。
腐った野菜の場合は毒だ。
「ななな、一体どういう……?」
「これが一番安全な方法なんですよ。オフィーリアに〈下級雷霆魔法〉を打たせたりしたら、多分一撃死しちゃいますし。万が一通常攻撃がクリティカルしちゃって寸止め失敗しちゃっても困りますから。――ほら、走って走って」
合点がいかないという様子でスキャンダーさんが走り始める。
新たに〈金の指輪〉を作ってスキャンダーさんに投げ渡した。
これは毒によるHPの低下を軽減する効果がある。
あと少しという微調整の際に使ってもらう。
「あ、あの、HP3になりましたけど……?」
「はい。では、これ〈毒消し草〉です。スキャンダーさん、あなた学院に籍を置いていたということは、初級魔法ならいくつか使えますよね?」
〈初級魔法〉
下級魔法よりさらにランクの低い魔法の総称である。
なぜ、上中下ときているのに、一番下が下級ではないのか?
とプレイヤーには思われるかもしれない。
答えは簡単で、初級魔法のほうが後から思いついたからである!
あの時、むりやり新しい魔法をデータベースに追加するのは本当に大変だった。
これは例えば、武器を作るときなどでもそうだ。
リストのID1~10までが片手剣だとしたら、次のジャンル、両手剣はID11から埋めていくのではなく、ID16、いや、ID21くらいから作り始めることを強く推奨したい。
絶対に……これは重ねて言うが、絶ぇっ対っに、後から何か付け足したくなるから!
いくら後から面白いアイデアを閃いたからって、整理のために古いデータのIDを動かしてしまってはならない。
すっかり忘れていた宝箱の中身が入れ替わってしまい、その時期に絶対入手出来ちゃいけないキーアイテムが手に入ってしまう、なんて大惨事が起きるのである。
ほんと、ツクレーラーあるあるだからこれ。
武器や防具、アイテムやスキルなど、大量のデータを作る際は絶対に空き番を用意しておくこと! これ大事!
と、誰にともなく力説する俺である。
「は、はい。〈初級炎熱魔法〉〈初級氷雪魔法〉〈初級炎熱魔法〉は一通り使えますが」
「では、それらのどれでもいいので、どれかのイメージ修行を始めてください」
「え、はぁ? それだけですか?」
「〈畢生の支配者〉はHPが最大HPの10分の1の時に限り、初級以下の魔法の発動回数が一回増えるスキルです。おそらくこの方法で、スキルを装備できるはずです」
「! ――そ、そんなスキルだったんですか。確かにそれは、私はとんでもない宝を腐らせていたのかも知れません」
当然だ。本来、レベル6で覚えられるスキルじゃないのだ。
「神殿の力を借りずにスキルを装備出来れば、実戦でも使えるイメージが正しく出来ているということだから、実際に使える……という認識であってますよね?」
「はい。その通りです。と、とにかくやってみます!」
それから、スキャンダーさんは精神を集中させ始めた。
一時間もかからず、スキャンダーさんの目つきが変わる。
胸に手を当て、祈りのポーズを取り、スキルが装備状態になっていることを確認したようだ。
俺の手の甲に額をあて、俺にもステータスを見せてくれた。
されてみて初めて分かったが、結構恥ずかしいな、これ。ちょっと周りの目が気になっちゃう俺である。
「はい。これ、〈特効薬〉です。傷が全快するはずですので、飲んでください。ついでに、〈追加下級雷霆魔法〉もつけちゃいますか」
「は、はい! お願いします、師匠!」
スキャンダーさんの中で、俺はいつの間にか師匠になってしまったようだ。
一応、体年齢は15歳のはずなんだけどね。
ま、仕方ない。教えてしんぜよう。
「こちらは攻撃時に、自動で〈下級雷霆魔法〉による追撃が発生するものです。スキャンダーさんはこのスキルがレベル3ですから、ほぼ確実に発生します。今、オフィーリアに実演してもらいますね。この枝を持っていてください」
俺は川辺で拾った枝をスキャンダー氏に渡した。
〈追加下級雷霆魔法3〉は、物理攻撃時、威力が0.6倍の〈下級雷霆魔法〉による追撃が発生するスキルである。MPは通常の半分消費されるが、速攻でカタをつけたい時などに使える便利スキルだ。
オフィーリアに〈下級雷霆魔法〉を撃ってもらい、まずは魔法のイメージをつかんでもらう。
「いきますよ。では、はいっ! 枝ぶんっ、〈下級雷霆魔法〉どぱんっ! このテンポです。枝ぶんっ、ウン、どぱんっ! ぶんっ、ウン、どぱんっ!」
「こ、こうですか!? ぶんっ、どぱんっ」
「違います! ちょっと早い! 枝ぶん魔法どぱんっ、じゃなくて、枝ぶんっ、ウン、どぱんっ! です! イメージして!」
「ぶんっ、ウン、どぱんっ! ぶんっ、ウン、どぱんっ!」
「そーですそーです! いいよぉ~その調子」
鬼トレーナー……なのか、グラビアカメラマンなのか、妙にハイになってしまう俺である。
以前、後輩に話したら伝わらなかった、なんたらブートキャンプみたいな。
各種スキルのアニメーションは何度もテストプレーをしただけあって、どのタイミングでSEが鳴り、ウェイトがどの程度なのか、タイミングは完璧だ。
ほどなく、〈追加下級雷霆魔法3〉も装備が完了したらしい。
「なんだかんだで、すっかり遅くまでかかってしまいましたね」
「ほんとだ……。もう夕暮れですね、急いで帰らないと」
俺はいつでもいいが、タビーをそろそろミネルバ婆さんのところまで送っていかないとならない。ドリューが使いをやってくれると言っていたが、それでも心配しているだろう。
「おいっ! まずいぞっ! ブラッドバットの群れだっ!」
その時、タペンス川に悲鳴が響いた。
川上にいた採掘者たちに向かって、ブラッドバットの群れが襲いかかっている。
「た、大変です! どうやら、あちらにいた護衛つきの採掘者の方々は逃げ出してしまったみたいです。残っているのはご老体ばかり……。師匠! 先程の腐った野菜をもう一度私に! 早く助けに行かねば……!」
「落ち着いてください。HPが3の状態であの群れに突っ込むのは死にに行くようなものです」
俺の〈中級炎熱魔法〉なら、一網打尽に出来ないこともないが……、俺はあえてスキャンダーさんに聞いてみた。
「どうしても、助けに行きますか?」
「はい……!」
「ではここで、勇気あるスキャンダーさんに朗報です。あなたにはこちらのアイテムを差し上げます! 今ならなんと、こちらの装備つき!」
そう言って俺は、足元に『アイテムゲットパネル』を出現させた。