02.【クラス:透明さん】
おい。
あの女神、最後さらっととんでもないことを言ってたぞ。
なんだ、「世界を滅ぼそうが自由」って。
まぁ、十年やそこらで変わる人間の価値観なんて興味ないらしいし。
もしかすると、人類が滅びようがどうしようが、それすらも魂の流転のうちで、女神の感知するところではないのかも知れない。
「で。これが、エタクリの世界か……」
今は夜。
俺は真っ暗な平原に一人倒れていた。
白い岩が草原にうっすらぽつぽつ浮かんでいる。
元の世界の星座などほとんど覚えてはいないが、少なくとも、夜空に見慣れた三ツ星は見当たらない。
――感動だ。
だって、自分の作っていたゲームだぞ!?
ゲーム会社への就活は軒並み失敗して、細々と趣味で作っていたゲームだ。
思い入れもひとしおである。
まさかドッキリなんてことはないよな……?
現代日本の技術なら、プロジェクターとかを使えば、やって出来ないことはないのかもしれない。
どこかでモニターでingされてる可能性もあるが。
「ってか、転生っていうからには赤ちゃんからスタートかと思ったけど」
感覚としては、転生、というより転移に近いかも。
気温は暑くもなく、寒くもなく。
空気は澄みきって、雲は高い。
全身を触って確かめると、質素な麻の服に身を包んでいることが分かった。
と、ここで違和感に気づく。
胸板が厚い。
自分で言うのもなんだが、本来はもっとヒョロくてナヨっちかったはずだ。
それに、夜の闇にほのかに白く見える若々しい腕は、インドア派のくせに地黒だった自分の――日本人の腕とは到底思えない。
「そういえば……、なんか夜目が効くな」
空気の汚れた元の世界とは違い、月が煌々と輝いている。
だからというのもあるだろうが――
「多分、目だな」
亜寒帯――北国に適応してきた欧州人は色素が薄い。
それは北国は日差しが柔らかいからで、彼らが日焼けをすると赤くなりやすいのもメラニンが少ないからである。
我々日本人は黒い目によって、亜熱帯の苛烈な太陽光を抑えている。
しかし、夜は逆に光量をセーブしすぎてしまうので、あまり夜目は効かないのだ。
一方、北国の弱い日差しに適応した亜寒帯人の目は、わずかな光でも物の形を認識できる。
洋画の暗がりのシーンが日本人にとっては少し暗すぎるのはそういった理由による。
その代わり、微妙な色の違いを区別できないらしく、彼らの食べ物には原色系が多い。
今、俺の目には草木の一本一本の形がはっきりと捉えられていた。
こうなってくると、俺はもはや人種すら変わっていると考えたほうがいい。
まさか、たかがドッキリで眼球移植まではしないだろう。
なら、これはやはり『転生』だ。
俺は本当に、『エタクリ』の世界に転生したのだ!
全身を伸ばし、思いっきり夜の空気を吸い込んだ。
火照った体に冷えた空気が染み渡る。
「この世界を、隅々まで見て回りたいな……」
思わずつぶやいていた。
あと少しで完成、というところまでは作ってある。
たくさんの町があった。
さまざまなギミックのダンジョンがあった。
ある特定のエリアにしか出現しない魔物がいた。
全部、全部見て回りたい。
「さて……。となれば、まずやることは一つ。一発いっときますか。〈ステータス〉!」
まず必須なのはサバイバルだ。
ここがどこかも分からないし、フィールドだから、魔物だって出るだろう。
自分の強さを知っておけば、いらぬ危険は回避できる。
俺は虚空に向かい、意気揚々と叫んだ。
予想では、目の前にぱぁっと、見知ったウィンドウが現れる――はずだった。
だが、実際のところ、そんなことは起こらなかった。
「あ、あれ? 〈ステータス〉! 〈ステータスオープン〉! 〈メニュー〉! 〈メニューを開く〉!」
言い方を変えてみても、どうやら無駄のようだった。
そういうところはリアルな世界なのだろうか?
そりゃもちろん、ステータス画面が見える世界の方が不自然ではあるんだが。
期待していただけに、ちょっと残念である。
「いや、思い出せ。ゲームではどうやってメニューを開いていた? ツクレールのデフォルトならXキーだったはず。つまり、Bボタン。……ボタン?」
その時、ある確信めいたアイデアが俺の脳裏に電撃的に閃いた。
人体でボタンと呼べる箇所と言ったらここしかない。
俺は勢いよくその『ボタン』を押し、叫んだ。
「〈ステータス〉! ……はぅんっ///」
おかしい。
なぜこんなに声が出たんだ。
未開発のはずだぞ……、乳首。
それはさておき、俺の英断は輝かしい成果を呼んでいた。
目の前に、見慣れたエタクリのステータス画面が表れている。
「おぉ……。何か感動」
自分の『本当の・正確な』ステータスを見れるなんて、こうして転生でもしてみないとありえない体験だ。
名前は『未設定』となっている。
これは、この世界での名前は自分で決めて良いということだろうか?
種族は人族。
性別は男。
年齢……は、おお、15歳!
若返っている!
死ぬ前はアラサーだったから、これは地味に嬉しいな。
これで、いくら寝ても疲れが取れないなんてことは、なくなるはずだ。
レベルは1……なのはまぁしょうがない。
それから、クラス……は、ん? なんだこれ?
【透明さん】?
「おい、待てよ。透明さんって、『あの』透明さんか?」
つい叫んでしまった。
当然、そのクラスも、製作者である俺はよく知っている。
RPGツクレールはその仕様上、画面の中央に、必ずプレイヤーが操作する特別なキャラクター『アクター』たちの誰かを表示させなければならない。
しかし、敵同士の密談や過去の回想シーンなど、アクターを表示させたくないシーンも多い。
そんな時、一時的にグラフィックの設定されていないアクターをパーティーインさせてイベントを回すという、『ツクレーラーあるある』なテクニックがあった。
この【透明さん】とは、そんな特殊なイベント用のアクターなのだ。
その他にも、〈一時グラフィック変更〉のイベントコマンドで見た目を変え、活躍してもらったりする。
いわば黒子のようなアクターだった。
「そういや、透明と言いつつ、初登場時は村人A役だったっけ。あー、つか、初期装備も【麻の服】だったわ。あ、あああ~。んじゃ俺は、村人A役をやってる途中の透明さんに、転生したってわけかぁ」
これは……、少々まずいかも知れない。
エタクリではクラスごとに成長率に違いがあるが、戦闘に参加することを想定していない透明さんの成長率はデフォルトのままだ。
いくつか例外はあるものの、レベマ時点でほとんどのステータスが他クラスの半分程度に落ち着くはず。
ウィンドウを基本項目から【能力値】の詳細項目へとスライドさせ、俺は重~い溜め息をついた。
そこには、このように表示されている。
【名前:未設定】
【種族:人族】
【性別:男性】
【年齢:15】
【レベル:1】
【クラス:透明さん】
【能力値】
HP:100/100
MP:100/100
攻撃力:10
防御力:10
筋力:10 強靭:10
敏捷:10 器用:10
知性:10 精神:10
魅力:10 集中:10
【装備】なし
【装備スキル】
[スロット3/3 総コスト10/10]
◎〈中級炎熱魔法〉[コスト:2]
◎〈パリングカウンター〉[コスト:4]
◎〈死力の暗黒斧3〉[コスト:4]
【習熟度】なし
【称号】〈女神の協力者〉〈魔獣使い〉
【加護】〈虚神レティミア:S〉〈実神オテルパズマ:SS〉
ダメだ。
笑えてくるほど低ステである。
こんなんじゃ、フィールドの最弱地帯すら抜けられない。
スキルだけは、テストプレーでの確認用にたくさん覚えさせてあったから、いくつか覚えているみたいだが――
「そのスキルも、これ、かなり雑な構成なんだよなぁ……」
エタクリは『スキルは装備しないと意味がないぞ』なシステムであり、その組み合わせ次第では絶大な効果が期待できる。
デフォルトのツクレールにはない機能で、実装にはほぼ丸二年を費やしたエタクリの目玉機能でもあった。
例えば、〈死力の暗黒斧3〉はHPが50%を切っている場合に限り、闇属性の斧によって与えるダメージが1.6倍になるというスキル。
だが、レベルが1の現状、ろくな斧は装備できない。
もったいないスキルだ。
他にも〈パリングカウンター〉は、パリングが成功した際にカウンターを行うスキルだ。
しかし、このスキル単体でのパリング率は5%上昇にしか過ぎず、〈パリング〉スキルと組み合わせなければあまり有用とは言えない。
「スロットの内二つが無駄スキルで埋まってるとか……」
まぁ、こうなった原因は分かっていた。
テストプレーでは、何度も繰り返し魔法を使用して、エフェクトを確認する。
すぐにMP切れされては困るため、透明さんのレベルも適当に60程度にしていたはず。
しかし、この世界に転生して俺のレベルは1になっていた。
おかげでスキルの総コストやスロット数が減って、それに収まるようスキルが外れていき、特に関連性のないこれらのスキルが残ったってことだろう。
「早いとこ、なんか防御系の【戦型スキル】を装備しないと死ぬぞこれ」
で、スキルを変更しようと思ったのだが――
何度ウィンドウをタップしても、スキル選択画面に移行しない。
先程のように、どこかに『ボタン』でもあるのかと全身をまさぐってもみたが、スキルの変更はできなかった。
「なんでだ? 変更できない」
スキルを覚えていないわけではないはず。
ステータスでも確認したが、40個ほど覚えていた。
「や……ばい? かもしれない? 一応、エタクリはシンボルエンカウントじゃなくて歩数エンカウントだけど。まさか、ゲームと同じで一歩も動かなければ魔物が襲ってこない……なんてことはないよな?」
急いで身を守る方法を考えなくては。
打開策を探し、俺は再度ウィンドウをいじり始めた。
その時、ある項目が目に留まる。
「お、なんだこれ? 〈データベース〉?」