15.エマからの依頼
「あっ! ニュクスさん……!」
体感でおそらく午前10時ごろ。
オフィーリアを抱いて〈天駆ける駿馬亭〉に顔を出すと、エマがひげの女店主ドリューと談笑していた。
笑うたび、ブラックゴールドのサイドテールが尻尾みたいに揺れている。
「エマ……さん? どうしてここに?」
「エマでいいですよ! 歳もそう変わらないみたいですし」
朗らかな笑顔でエマが言う。
自分でもつい忘れがちなのだが、この世界で俺は15歳に若返っている。エマから見るとそう変わらない年齢に見えるのだろう。
「じゃ、じゃあ、エマさ……エマもニュクスって呼んでくれるなら」
「はいっ! 分かりました。じゃあ、そうさせてもらいますね」
などと入学早々の中学生みたいな会話をしていたら、俺の後ろからついてきていたタビーがきゅっと俺の服の裾を掴んだ。
「あら、この子は……?」
エマが問う。
タビーはそれには答えず、うるんだ目で俺を見上げ、今にも消え入りそうな声で「おにぃちゃん……」と呟いた。ありゃ。絶賛人見知り発動中だな、こりゃ。
その様子を見てドリューが声を上げた。
「あんたに引っ付いてる子、昨日うちに来た子だね。リチャードの縁者同士、話が合ったようで何よりだ。……ところでお前さん、今日はやけに物々しい格好だな」
しばらくは低レベルで、スキルの習熟度を上げる方針である以上、身の守りは万全にしたい。
ということで、新しい防具を作った。
元からエタクリ世界にある防具も作ってみたのだが、サイズが合わなかったので、キャプションにわざわざ『ニュクス・トライアングリックス用にオーダーメイドされたもの』という一文を付け加えた、新しいアイテムである。
ちょっとコスプレみたいで気恥ずかしいが……、ここじゃこれが普通だ。
酒場にも鎧姿の男が幾人も見受けられる。
「えぇ、はい。今日から〈魔獣使い〉として、傭兵の仕事を回してもらえたらと思って来たのですが」
「なるほどね。それでその防具か」
まずは上半身。
アルミ合金であるジュラルミンのスケイルアーマーに、見た目を誤魔化すため錫メッキをしてある。
ジュラルミンの詳しい合成方法なんて知らないが、キャプションに書いてしまえばそうなるのが〈データベース〉のいいところだ。
昔のRPGには今のような3Dモデルどころかアイコンさえなくて、ただアイテム名や攻略本のイラストだけで見た目を想像していたそうだが――、データベースにはそのくらい“創造”の余地がある。
キャプションにしっかり、『アルミの合金なので軽く、初心者にも扱いやすい』と女神に念押しするつもりで書いておいたら、レベル1の俺が着れるわりに結構な防御力になった。
これが市場に出回ってはまずい気がしたので、きちんと一品ものと記してある。
盾もジュラルミンにしたかったが、金属の盾はどうあっても重そうに見える。
レベル1の新米が持っていたら目立つと考え、断念した。
代わりに、油抜きした竹を縦横に並べて皮をはさみ、鋼鉄製の枠でがっちり固めた竹製のラージシールドを持っている。
ローマ時代の曲げ木加工された木製の楕円楯と比べても、軽く強靭で、半身をすっぽり隠せるほど大きいのに、ある程度取り回しが効く。
難点は、斬撃に強い分、刺突属性への耐性が低いぐらいか。
「妙な楯を持っているな。これから戦争にでも行くみてぇに大仰な楯だが、素材はなんだい? 藤製かね?」
「いえ、竹です。ここよりもう少し暑くて湿った地域で多く見られる植物で、まぁ、麦なんかに近い仲間なのかな。小さい盾で上手く身を守れる自信がなかったので、いざという時はこれの陰に隠れて、オフィーリアに一発撃ってもらおうかと」
竹は同じイネ科だし、麦に近いと言えないこともない。
これらの防具のおかげで、俺の防御力は34にまで上昇している。これなら、ここらの魔物に後れは取らないだろう。
特に、アーマーはレベル1で着られる鎧としては破格の防御力18だ。
竹の楯はプラス6だが、器用にマイナス3の補正がかかった。
「ほぉ~。ちょっと持ってみていいか」
「えぇ、どうぞ」
「うお、軽い! しかも、加工もまぁ見事なもんだ。矯めてもすがめてもビクともしやがらねぇ。竹材と鉄枠の間がしっかりつまっている。この加工をした職人を紹介してほしいぐらいだぜ」
「こ、壊さないで下さいよ? ……これは形見の品なので、職人は誰か分からないんですけど」
「そうなのかい? ……それにしちゃ、新品みてぇに綺麗だが」
ドリューが竹の楯に思いのほか食いついたせいで、俺は恐々とする。
脳裏に『ぽんっ』と音がした。
[【習熟度】〈詐術〉が1に上がった!]
だそうだ。
〈詐術〉に関係するスキルは持っていないから、炎熱魔法の時のような内部処理的なスキップがあったわけではなく、純粋にこれまでの習熟度の積み重ねで上がったんだろう。
知性の成長率にプラス補正があるので、ありがたいことではあるのだが。
色々嘘ついてきたもんな、わずか三日で……。
「ちょうど良かった。エマちゃんよ、さっきの仕事、こいつに依頼しちゃどうだい?」
その時、ぶるんっ、とドリューの母性の象徴が猛威を振るった。
あぁ、ほんと、どうして俺はドリューにひげなんか……当時の俺は本当にどうかしていた。
「えっ、ニュクスさ……ニュクス……にですか?」
「依頼ですか?」
いきなりのことで戸惑いながらも、何とか問い返す。
「あぁ。と言っても、大した依頼じゃない。とある魔道具士がこれからタペンス川へ魔晶石を採りに行く。彼が無事、仕事を終えてパンクラツに戻るまで、警護してくれりゃいいだけだ。簡単な仕事だろ? 報酬は現金で200トネル。途中で倒したモンスターのドロップアイテムもお前さんのもんだ。悪くない話だと思うが」
「……なんか裏でもあるんですか?」
ここからタペンス川なんてすぐだ。なんたって、町に流れ込んでるんだから。
それなのに、たかが半日の仕事で、日本円で大体2万円ももらえるのはちょっとおかしい。あまりに虫のいい話にちょっと不審に思う。
だが、ドリューはニヤッと笑った。
「お前さんがそう思いたくなるのも無理はない。そういうのは傭兵として大事な資質の一つだと思うが――、今回のは、単に依頼主が気前がいいだけよ。な? エマちゃん」
「は、はい。今回護衛してもらいたいのは、父が昔お世話になった方の縁者だそうでして。今までも、その方が雇う傭兵とは別に警備隊の者がそれとなく目を光らせていたそうです。ですが今日はタペンス村のこともあって、警備隊員が出払っておりまして。そういう場合は報酬を上乗せし、信頼のできる方をドリューさんに紹介してもらえと父から言われていたんです。……あ、ニュクスさ……ニュクスなら、もちろん信頼できるから、助かります!」
「ミネルバ婆さんの見立てでも、お前さん特に不審なところはないようだ。この依頼を完遂してくれたら〈ケダルの指輪〉をやる。それで晴れて、うちの登録傭兵になれるって寸法だ」
昨日のミネルバ婆さんへの配達は、俺の人柄についてのテストだったみたいだ。
そんなこと一言も言わなかったのに。
ちゃっかりしてる。
〈ケダルの指輪〉は〈酒場連盟〉に加入している酒場から、『仕入れ元』に手紙を送る際に使われるアイテムだ。
酒場に登録した傭兵が依頼を完遂した場合、ケダルの酒場のマスターはその報告を『仕入れ元』に送る。
その際確認の意味で、依頼を終えた傭兵は自分の指輪を使って、手紙に垂らした蝋に指輪の刻印を捺す。
要は封蝋というやつである。
「あの辺りは滅多にモンスターは出ねぇし、出たとしてもたいていは一匹ずつだ。お前さんの相棒がいりゃ何とかなるだろ。それに、ハム魔導士を手懐けたってことは、そいつを倒せるだけの腕があるってことだろ?」
俺はしばし考え込んだ。
「願ってもない話なんで依頼をお受けするのはもちろん喜んで……。ですが、まだ何も分からない素人なものでして、色々聞きたいことがあったんです。それを確認してからでいいですか?」
いきなり願ってもない好条件の依頼である。
だが、その前にいくつか確認しておかなければならないことがあった。
俺はドリューに、そう切り出した。