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13.知らない過去

 ミネルバ婆さんの家を出た後、日暮れまで〈パンクラツの町〉を歩き回って、自分の作った2Dマップとの差異を確認しながら、大まかな地理を頭に入れていった。


 壁の中はだいたい、首都の名前を冠した某リゾートと同じぐらいの大きさだろうか。

 海のほう。


 ネズミのリゾート施設とは違って、店や家屋が所狭しと並んでいて、半日では回りきれそうになかったが……。

 数時間ほどかけてぐるっと町を一周したらすっかり月も高くなっていた。


 深夜まで歩いたおかげで、俺は“良さそうな”場所を見つけた。

〈パンクラツの町〉はタペンス川から運河を掘って、町の中に通している。

 この町はぐるりと壁で囲まれているので、最低でも二か所、壁と運河が交差する点があることになる。


 その、水路を通すために壁に空いたトンネルは、重厚な鉄格子で外敵の侵入を阻んではいるものの、町の中からなら、少し身をかがめれば壁の下に潜り込めた。


「よし。ここがいいだろう」


 俺は〈データベース〉の『マップ』編集画面を操作し、壁の下に入り口を偽装した小部屋を作った。

 小部屋には何もない。ただ、下り階段が一つあるのみである。


「広さは……あんまり広くても落ち着かないし、仮住まいだしな」


 宿を取るにも金がないし、毎日宿代を払うのも勿体ない。

 俺は壁の地下にこっそり隠し部屋を作って、そこを拠点とすることにした。


「ええと、風呂は必須だろ。確か有償の追加グラフィック素材の中に良いのがあったはず。ベッドは王族用のデカいのを置いて……。上下水道はアイテムで対応するしかないか。そんな素材ないし」


 ちなみに、トンネルへ続く道には、俺以外の人間が踏むとなんとなく引き返したくなる見えないイベントパネル、別名『この先に進むにはまだレベルが足りないようだ』パネル、もしくは『恐ろしい気配がする。引き返した方がいいだろう』パネルを設置してあるので、ここが見つかる心配もない。


「暗っ!」


 むろん、ステータス画面や〈データベース〉画面はなぜか真っ暗闇でも文字が見えるため問題はない。

 素早く魔晶石灯を設置し、中を照らす。

 こじんまりとしてはいるが、快適そうな一人暮らしの部屋がそこにはあった。


 お次は、『アイテム』画面から、口から大量の水を吐き出す〈白獅子の盾〉というアイテムを作って風呂桶に水を溜める。

 なお、盾という名前だがインテリアアイテムである。

 ついでに、〈温熱石〉と〈吸汚石〉というアイテムを作って風呂桶の中に突っ込んでおいた。


「竈のマップチップはあるけどコンロは……ちょっと世界観崩すよな」


 日本の技術を際限なく導入して無双……ってのもいいんだけど、製作者としてはやっぱりエタクリの世界観は守りたいわけで。


 昨日テントで寝た際は〈ふかふかパン〉と〈おいしい水〉だったが、今回は〈牛丼〉と〈ビール(大)〉をチョイスする。

 ビールはいいんですよ。

 古代エジプトから作られているお酒ですし。

 この世界には冷気魔法も風魔法もあるんだから、炭酸だって長持ち。

 世界観、崩しません。


 中盤に訪れる和テイストな町もあるので、牛丼もセーフ。

 せっかくの異世界だが、やっぱりビールの誘惑には抗えんね。


「さて。無料の寝床は確保した。風呂も入れる。問題は飯か。いつまでも宝箱から出しているわけにもいかない。ただでさえ、タペンス村の再建に結構なポイントを使ってしまったし」


 現在、〈データベース〉の残ポイントは98453である。

 村一つで1500ほど消費した計算だが、あれだけの大工事をしたと考えると逆に使用量が少なすぎる気もする。


「おそらく、壁や家は、大きさや内容物によって消費ポイントは違えど、ひと繋がりならばまとめて一つとカウントされているっぽいんだよな。同じ専有面積なら、小さい家をたくさん作るより、大きな家を一つ作ったほうが消費ポイントは断然少ない」


 となると、もしゼロから町を作りたい場合は、長屋のようなひと繋がりの家屋を建てたほうがポイントを節約できるということだ。

 もう少し検討してみなければ確実なことは言えないが、タペンスの村は大量の魔晶石灯や豆腐ハウスを乱立してしまったので、結構ポイントを浪費してしまったと思う。


「今作ってないのはラスダンと、中盤で訪れる町。それから、アクターの本拠地と、各キャラが装備できる最強装備。……でも、一つ作ると新たに一つ、『まだあれも必要だった』が出てくるのはツクレーラーあるあるだから、ポイントは節約はするに越したことないんだよな」


 ぶっちゃけ、金銭的な面で言えば、換金アイテムを一つ作って売るだけでいくらでも贅沢できる。

 別にラスダンなんて作らず、自由気ままに、欲望のままに生きるのも手だ。


「一夫一妻制なんて制度、この世界にはないからな……!」


 いっそのことハーレムを作ってのんびり暮らそうか。

 金にあかせて派手に女遊びでもするか。

 メジャータイトルじゃ出せないような風俗街も、いくらでも出せるのがフリーゲームの強みだ。

 当然、この世界にも春をひさぐ女性がいる。

 そのおかげで、リチャードは死ぬことになったんだけどな。


「……俺の知らないところで、リチャードはしっかり生きてたんだなぁ」


 昼間、ミネルバ婆さんに聞いた話を思い出す。


 リチャードは自分が病気にかかったと知るや、蓄財をなげうち、孤児院に寄付をしたらしい。

 そうして晩年を穏やかに過ごす中、スラムでお母さんの遺骸から離れず、うずくまっていたタビーちゃんを発見した。

 一度は孤児院に預けたらしいが、なかなか他の子たちに心を開かず、リチャードはミネルバ婆さんを頼ったのだという。


「ミネルバ婆さんなんて、単に『ここからしばらく行くとパンクラツの町よ』って教えてくれるだけの、道案内キャラだったのに」


 リチャードは死ぬ間際、タビーちゃんには「ちょいと冒険に出かけてくる」と言い残していったらしい。

 ミネルバ婆さんが、タビーちゃんの「いつ帰ってくるの?」攻撃をついに誤魔化しきれなくなったのが半年前。

 もともと人見知りだったタビーちゃんが、大人の足では三十分ほどでしかないパンクラツの町まで行って真実を確かめようと決意し、それを実行するまで、そこからもう半年かかった。


 リチャードが死んで二年、彼女はついに今日、自力で真実に辿り着いたのだった。


「まだ三歳か四歳だっただろうに、それでもリチャードのことずっと覚えててくれたんだな。タビーちゃん」


 それってすごいことだよな、と思う。

 彼女は、実に人生の半分の時間を、リチャードのことを考えて過ごしたのだ。


「チィ?」


 俺の腕の中で大人しくしていたオフィーリアが俺を見上げて鳴く。


「ま、そうだな。感傷的になってたってリチャードが戻ってくるわけじゃない。〈データベース〉は死んだ人には効果ないみたいだし」


「チィィ」


「これから何をするにせよ、まずはレベルを上げないと。下級魔法一発でHPが8割持っていかれてるようじゃ、何もできない。……かと言って、クラス【透明さん】だからなぁ。透明さんに上級職があるはずもなく。クラスチェンジも出来ないとなれば、ただレベリングしただけじゃ普通の人の半分のステータスにしかならない。大事なのは、いかに低レベルのうちに習熟度をあげられるか、か」


 エタクリの世界では【習熟度】とは、言うなれば『スキルを覚えるための経験値』といったものだ。

 同じ行動を繰り返すと上がる数値なのだが、ここに、透明さんでも身の安全を確保できるぐらいには強くなれる秘訣がある。

 習熟度にはレベルアップ時の成長率に影響するものが、いくつかあるのだ。


「しばらく低レベル進行が続く。それまで自分の身を守るための防具と……壁役が必要だな」



   *   *   *   *   *



 そして、翌朝。

 例の『恐ろしい気配がする。引き返した方がいいだろう』パネルに、タビーちゃんが引っ掛かっていた。

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