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11.ケダルの酒場

〈パンクラツの町〉はデフォルメされた2Dのマップとは比較にならないほど、巨大で、活気にあふれていた。


「おおお……」


 全然違う町並みなのだが、町の雰囲気や大まかな構造は俺が作った通りだ。

 石造りの建物もあるが、ややベージュに退色した漆喰の土壁を持つ、木造やレンガ造りの家屋も多い。

 大通りの石畳は少々ガタついているが、馬車や荷車がちょっと揺れるかな? といったぐらいだ。


「さて。俺も村人Aとして、最初で最後の仕事をしないとな……」


 なぜ、俺が黒子的なアクター透明さんでありながら、村人Aの姿をしているのか。

 実は、俺にはこの先の酒場でちょっとした役割があるのだ。


 プロローグが終わり、プレイヤーによる操作が可能になると、プレイヤーたちは酒場に入る村人Aを操作することになる。

 当然、このキャラが主人公だと誤解するだろう。

 しかし、そこに因縁を吹っかける男が現れる。

 そのごろつきこそがエタクリの二大主人公の一人、リチャード・ハンクスなのである。


 もちろん、リチャードがそんなに荒んでしまったのにもわけがある。

 始めはそんな彼を軽蔑していたエマだが、ひょんなことから彼とバディを組むことになり――


 ……本当は、今朝テントで目を覚ました後にも「さぁ、そろそろ〈パンクラツの町〉だ!」という説明ゼリフを言う役割もあった。

 だけど、今朝はタペンス村を復興しに行っていたのでスルーしてしまったんだよなぁ。

 まぁ、半日ぐらいなら遅れても大丈夫だよな?

 村人Aのイベント自体は単なるリチャードの紹介でしかないし、大したものじゃない。


 門からまっすぐ歩くと、目的の酒場があった。

 大まかな位置取りは2Dマップの通り。

 今、俺の眼前には〈天駆ける駿馬亭〉の看板がある。

 しかし、ここは〈ケダルの酒場〉だ。


 その昔、サトウキビから出来た酒を扱う、ケダルという商人がいた。

 この酒はたいそう評判がよく、男もまたやり手だったので、ケダルの酒は瞬く間に大陸中、はては大陸の外にまで広がっていった。


 そんなケダルは、自らが駆け出しだったころ、行商の道行きを護衛してくれた傭兵たちに大層感謝していた。

 そしてケダルは大きな商会の主となった晩年、傭兵たちに何か恩返しができないかと考えた。

 そこで始めたのが、傭兵のあっせん業である。


 多くの神殿をも顧客に持つケダル商会は、下手をすれば小さな国よりも権力を持っていたし、どこかの国に肩入れするということもなく中立を貫いていた。

 そのため、各国もこれを排除するのではなく利用しようと考えた。

 そうして、ケダル商会はやがて神殿と並ぶ、超国家的な傭兵あっせん組織〈ケダルの酒場〉へと発展していくのだった。


 そのケダル商会の酒を扱っている〈天駆ける駿馬亭〉もまた、〈ケダルの酒場〉の末端組織ということになる。

 それを示すサトウキビのマークが看板には透かし彫りにされている。


 俺が感激して看板を見上げていると、中から声が聞こえた。


「うそっ! リチャードが死ぬはずなんかない! もういい! あなたにきいた、わたしがバカだった!」


 ――え?

 何を言っているんだ。

 リチャードはエタクリの主人公の一人だぞ。死ぬなんてこと、あるもんか。


 と、ドアが荒々しく開かれ、中から可愛らしい少女が飛び出した。

 六歳ぐらいの少女だ。

 灰と黒の混じったショートカットで、大きな特徴としては猫の耳が生えている。


「リンクス公国の獣人? なんでここに?」


 リンクスはマダレーナ王国の自治区だった地域が独立してできた国だ。

 平和的な独立だったので、今でも両国間には親交がある。


 彼女が「リチャードは死んだ」なんて言っていたのだろうか。

 追いかけて話を聞きたかったが、少女の姿はあっという間に小さくなってしまった。

 おそらく、敏捷10の俺じゃ追いつけないだろう。

 なら、酒場に入って今の子の話を聞いたほうが早い。

 俺は少しはやる気持ちを抑えながら、静かに酒場のスイングドアを開いた。


「……いらっしゃい」


 中に入ると、店主が陶製のグラスを洗いながら出迎えてくれる。


「“ケダルの酒をくれ”」

「ふん……。お前さん、この辺りじゃ見ない顔だな。名前は?」


 これ!

 このセリフ、一度言ってみたかったんだ!


「ニュクス・トライアングリックスです。この町には出稼ぎに来まして」

「で、何が聞きたい?」


 グラスを拭きながら、ひげの店主が聞いた。


 あ、ひげと言っても、つけひげである。というか、店主は女である。

 店主のドリューはブロンドの美女なのだが、土管をワープ装置に使う某国民的スーパースターのようなつけひげをつけている。


 13歳でこの店を継いだドリューは、客にナメられないよう、父の遺髪で作ったつけひげをして店に立った。

 だが、16歳になるころには、その両胸の母性の象徴が隠しきれないほどに大きくなってしまったのである!

 そのため、一度はひげを取ったのだが、馴染みの客があまりに寂しがるため、恥ずかしいとは思いながらも、つけひげを続けている。


 という設定だが、これを考えた時の俺は正直どうかしていたと思う。

 実物となったドリューは、素が凄まじい美人なので、これでも可愛く見えちゃうのがすごいけど。


「あの、ちょっと取れてますよ。ひげ……」

「おお、すまねぇな」


 つけひげを直すだけなのに、おっぱいを邪魔そうにして肘を高く上げているあたりに、無性に感動してしまう。

 圧がすごい、圧が。

 先程から、グラスを拭くたびに小刻みに揺れているし。


 おほん。


「あの、さっきそこでリチャード・ハンクスが死んだって話が聞こえたんですけど、そんなわけないですよね? 今日も来ていると思うんですけど」


 俺が店主と話しているところに酔っぱらったリチャードが因縁を吹っかけてくるはず。

 それがエタクリの真のオープニングなんだ。

 早く来い、リチャード。


 のん気にドリューのつけひげが動くのを見つめていたら、ドリューは同情の目で俺を見つめた。


「なんだい、お前さんもか。さっきの嬢ちゃんといい、お前さんといい、こんなに気にしてもらえたら、やつも浮かばれるだろうよ」


「浮かばれる? どういうことです?」

「……ハ。やつなら、二年前に死んだよ」


「はぁぁ!? そんな、嘘でしょ」


 だって、このエタクリの二大主人公だぞ。

 ここから、世界の真実を解き明かす大冒険が始まるんだぞ。


「嘘じゃない。うちだって、やつには貸しがあった。むろん、死んでほしくなんざなかったさ。だが、死んじまったもんは仕方ねぇ。オレも葬式には参加したし、やつの死体だってこの目で見た。嘘なんてついてねぇよ」


 ドリューは嘘が大っ嫌いだ。

 だから、しょうもない嘘をつくはずはない。

 でも……、じゃあ、もしや、――本当に?


「ほ、本当ですか」

「ああ。〈商神トネルネ〉に誓って、本当だ」


 ど、ど、どうすんだよ、リチャードがいなけりゃ、エターナル・クリエイションは始まりさえしないじゃないか!


「……な、なんで? リチャードは一体、どうして死んだんですか?」


 俺が震える声で聞くと、ドリューは重苦しいため息をついてボソっと答えた。


「ふん。……ぃびょうだよ……」

「え? なんて?」


 声が小さく、聞き取れない。

 俺は再度、聞き返した。


 すると、ドリューが声を荒らげる。


「だから、性病だよ! あの野郎、ここでの稼ぎをほとんど女遊びにつぎ込んでいたからな。自業自得さ。最後の半月ばかしは無残にやせ衰えちまって、そりゃ、悲惨なもんだったぜ」


 ドリューの言葉の意味が飲み込めるまで、しばらく時間がかかった。


「は? せい……、は? ……はぁーーっ!? 性病~~~~!?」

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