二人の少年少女
ふと、目を開いた。
俺は一本の木にもたれかかって座っていた。木漏れ日が差し込んでいる。
意識が何度か途切れ掛かったが、そのたびに堪え、何とか立ち上がり、意識がはっきりするまでに至った。
身体は特に問題なく動いた。ただ、直ぐに違和感には気付いた。
髪の色が変わっている。
転生前の俺の髪の色は白だった。生まれつき白髪の天然パーマで、子供の頃から忌み嫌われたり、逆に興味を持たれたり…。
それが今は真っ黒だ。
髪質に大した変化はないようだが、色は正反対と言っていいだろう。
さて、それより何より身体全体に違和感があった。
俺は手を翳す。掌から溢れる光が、一枚の等身大の硝子を作り出した。
どうやら腕の方は鈍っていないようだ。
錬金術は得意ではないが、魔法の延長線で硝子を作り出すことぐらいは造作もない。
そしてやはり、硝子に映ったその姿は以前とは違っていた。
一番目立った違いはやはり髪の色だが、全体的に身体が若くなっている。顔にほどよく刻まれ始めていた皺も消えている。
身体に感じた違和感は、良い意味での違和感だ。
完全な姿のまま過去に転生するつもりではあったが、やはりそう簡単ではない。少しだけズレが生じて身体が若返ったのだろう。
髪の色の変化に関しては、全く分からん。
「…どぉっ!?」
変な声が出た。
常に背中に携えていたはずの杖がないのだ。
勇者軍に選ばれるずっと前から愛用していた杖だ。元々は大した杖ではなかったのだが、共に生きていく中で杖自身が俺の魔力に触発され、進化していったのだ。
杖目当てのヤツに襲われることなどしょっちゅうだった。その杖がないと、やはり落ち着かない。
「…転生し損ねたってことか?」
近くに杖がある気配はない。もしかすると転生の途中の不具合で存在そのものが消滅してしまった可能性もある。考えたくもないな。
そういえば、ふと発した声も少し若返っているではないか。
「ここは…」
ここは、恐らく俺がさっきまでいた場所だ。至る所に木々が生えそろっている。勇者と魔王の決戦で荒れる前の光景にそっくりだった。
木や草そのものは違っていても、その配置は殆ど変わらない。ここが何年前の過去なのかは定かではないが、変わらないものは何年経っても変わらないものだ。
ここは間違いなく、あの場所だ。
「そこか!」
俺の目の前をなにかが横切った。それは直ぐ傍の木に突き刺さった。木の矢だ。
「やったか!?」
草木をかき分け、足早に一人の少年が俺の目の前に現れた。まだ子供だ。両手には木で出来た弓矢が握られている。
少年は俺が平気な面で立っているのを見てか、再び弓矢を構える。しかし手元が狂ったか、矢を番えるのに戸惑っていた。
「くそっ、今…今すぐにでも…!」
必死だ。
「リンク、もういいって」
ひょこっと、少女が顔を出した。少年と同じくらいの年だ。
「この人はオズじゃない」
「でも黒い服着てるぜ!」
リンクは俺を指さして少女に訴えかける。
確かに俺は黒いローブを身に纏っている。転生前から着ていた高価な羽衣だ。手に入れるのに苦労したっけな。
「オズはいつも顔を隠してるでしょ」
少女が俺の顔を見上げならそう口にする。俺は少し微笑んだ。
「俺はオズじゃねえぞ。ノイルだ」
俺が自己紹介をすると、リンクは拗ねたように顔を背けた。すると少女がリンクの前に立ち、両手を膝に当て、丁寧に頭を下げた。黒いロングヘアが垂れ下がる。
「どうもすいませんでした」
「いやいやいいってことよ」
律儀な少女だ。
こんな少年少女がこの場所に立ち入れるとは驚きだ。
俺が勇者軍をやっていた時代では考えられない。ここまで足を踏み入れるには、幾つもの危険地帯を越えてくる必要があった。
俺たち勇者軍をもってしても簡単にたどり着くことが出来ない聖域だ。
それが、この時代にはそうではないらしい。
「お前ら、こんなところで何してんだ?」
リンクは顔を背けたままだったが、少女が口を利いてくれる。なんて良い子か。
「私たちはいつもここで…狩りをしてます。でも最近は…オズが村を襲う…」
少女は流ちょうに口をぱくぱくと動かしながら機械的に説明を続けていた。リンクは少女の袖を掴む。
「もういいって、オズのことをこいつに言ってもしょーがねーだろ!」
リンクは感情任せに叫ぶ。少女は眉一つ動かすことはなかったが、身体をリンクに預けるようにして傾け、俺の前から去って行こうとした。
「そのオズっての、厄介なら俺が何とかしてやろうか?」
俺の提案に二人の足が止まった。
リンクは振り向き、俺を睨み付ける。
「お前に何ができんだよ!」
「何でも出来るぞ」
予想だにしていない答えだったか、リンクは戸惑っている。その言葉に興味を持ったのは少女の方だった。
少女はリンクの手を振り払い、俺に歩み寄った。
「じゃあ…この森に花を咲かせて」
少女は淡々と、しかし訴えかけるように俺の目を見てそう言い放った。俺はしゃがみ込み、少女の頭をぽんぽんと叩いた。
すると、少女の両脇にある木の幹から、白い花が幾輪も咲いた。地面に手を当てると、少女を包み込むようにして色とりどりの花が咲いた。
「うそ…だ…」
リンクの方は開いた口が塞がっていなかった。少女は表情を変えずに花を摘み、手に持って顔に近づけ見つめていた。
「綺麗…」
「そりゃそうだろ、俺が咲かせたんだから」
俺は立ち上がる。そしてリンクに近づく。
「お前は何がして欲しい?」
リンクは顔を伏せたままだったが、少しして顔を上げた。その目には僅かに涙が浮かんでいた。
「オズを懲らしめてほしい…」
「任せろ。だがその前に…」
瞬間、地鳴りの如く俺の腹が鳴った。
凄まじい轟音だ。転生後の俺の腹は、下手すりゃ何百年分もの空腹が溜まっている。空腹が溜まるなどと、矛盾した言いようだが。
「腹が減った。村に案内してくれ」
俺はリンクと少女に連れられ、近くの村へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あら、お客さん?」
二人の家は至って普通の木で出来た民家だった。煙突もあって、煙が立っていたからなにかしているだろうと思ったが、やはり飯を作っていたようだ。
中々どうして美味そうな匂いだ。
「森で会った……ノイル」
「急にすいませんね…腹減っちゃって」
民家にいた女は少し戸惑った表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「少し待っててください」
直ぐに飯の用意が出来た。
簡単なスープとパンだった。時間帯的には昼食となるのか。
「ほんと、急にすいませんね」
「いやいいんですよ。この二人が連れてきたんなら、悪い人じゃないさ」
俺はパンをかじる。ふむ、自然と鼻を抜ける麦の香りが病みつきになる味だ。スープも凝った味ではないが、温かみがあって嬉しい。温度とかそういう意味ではなく。
「この二人の母親…っすか?」
「いえ…この二人は捨て子です。もう八年目になります」
「二人の血は繋がってない…ってことっすか?」
「分からないです」
見た感じは似ても似つかないといった感じだ。顔も性格もだ。ただ世の中にはそういう兄弟が腐るほどいるのを俺は知っている。
勇者軍の一人…魔剣士のカロもそうだった。あいつは兄とは似ても似つかない。だが、正真正銘の兄弟だった。
「兄弟鑑定でもしてみようか?」
「え…そんなことが出来るんですか?」
「ちょっと血を借りることになりますけど…血が繋がってるかどうかくらいは分かります」
三人の顔は穏やかとはほど遠かった。皆が一斉に黙り込んでいる。俺も簡単に提案はしてみたものの、即答なんぞ出来るはずもない。
八年も一緒にいれば、例え血が繋がっていたとしても、繋がっていなかったとしても、複雑なものがあるだろうからな。
「別に、しようと思えばできる…ということです」
「…正直、血が繋がってるかどうかは…どうでもいいんです。私はこの子達を愛してますし、この子達も…素直じゃないだけで、きっとお互いを愛していると思うんです」
リンクは直ぐに否定するが、顔を微かに染めていた。少女は相変わらず表情一つ変えずに黙々とパンをかじっていた。
「オ、オズが出たぞ!!」
突然家の扉が開いた。男が一人青ざめた顔でそう叫んだ。
「オ、オズが!」
リンクは椅子から飛び降り、弓矢を握り男をはね除け外へ出た。少女は無言で直ぐにリンクの後を追う。
「おばさんはここで待っててください」
「しかし…」
「あの子達なら俺が守ります。それより…」
俺は空になった皿を差し出す。
「お代わり用意しといてください」
そう言って、二人の後を追った。




