第2話 第一章 ―日常崩壊― 2
結局、さとりがガンシューティング物の新作が入ったからとか言い出して、駅前にある巨大ショッピングセンター『しーさいど桜ヶ崎』に行く事になった。ひなたも、それならば他に見たい雑貨物なども扱っているし、いいかなと思ったようだ。
しーさいど桜ヶ崎は、この神奈川県桜ヶ崎市に、一年前に都市再開発の際に建設された、巨大複合ショッピングセンターである。新しい線路が引かれ、『しーさいど臨海公園駅』を降りてのすぐ側に商業目的で設置された、典型的な近代型の発展地だ。
ゆりかごから墓場までというような言葉が似合う、本当に何でも置いてある施設。ショッピングはもちろん、映画館やボウリング場、スポーツクラブにフィットネススパまで文字通り何でもござれだ。
他に一緒に行く友達はさとりと後二人。エリカとリョウコ。エリカは丸いメガネにおさげ髪という、一昔前の素朴な印象の少女。リョウコはボーイッシュな軽くカールしたショートヘアが印象の子であり、実際は男の子どころかやたら女の子らしい性格の子だった。エリカが出発を待っている間、机に座って溜まったプリントの整理をしていた。ひなたはリョウコと冬休みの話をしていた。
まだ遊びに行かないのは何故かというと、さとりが長電話中だからだ。マイペースで周りを巻き込む彼女は、こういった事は日常茶飯事だった。教室の中をうろうろしながら、窓の外の景色を見たり、黒板にされた落書きを見たり、誰かの机の中を覗いてみたり、傍から見たら何をしているのか良く分からない不振人物であった。どうやら話の相手は、いつものお気に入りの三年生の先輩らしい。『新宿 礼司』という先輩だ。
あの先輩は、他の男子と同じく文化祭でひなたに惚れてしまったらしく、事あるごとにデートに誘ってきた。ひなたも釣られて行った事はあるが、女性をエスコートするのが得意な人で、一緒にいて楽しませてくれたようだ。だが、恋愛対象としては見れないようだった。そういう感じの人。さとりは新宿先輩がお気に入りで、先輩はさとりには興味がなく、ひなたに興味がある。ひなたは先輩に興味がなく、付き合ってくれという告白をことごとく断っている、という訳の分からない複雑な関係になっているのだ。
「えー、これからバイトなんですか?」
ひなたは、不満をこぼすさとりを垣間見た。電話なので、先輩が何て言っているのかは分からない。だが一方的に聞いているさとりの不平不満から、どんな会話なのかだいたい想像が付くから面白かった。
「なんでひなひなが一緒じゃなきゃ、行っちゃダメなんですか!」
――やっぱり。いつものパターンだ。
ひなたは右手にはめた腕時計を見た。今日は最後の教科のテストだけのための学校なので早く終わった。時間は午前九時四十五分。
今からしーさいど桜ヶ崎に向かえば、丁度オープンの頃だろう。そんな事を友達と話していた時、一人の男がひなたに話しかけてきた。
「神崎、今日お前日直だろ? ちゃんと黒板消してくれよ」
「あ、そうだったっけ? ごめんごめん」
黒髪の男。真面目な感じの大人しい男だ。さとりと同じく、小学校一年からずっと一緒のクラスで上がってきた幼馴染みである。腐れ縁と言った方がしっくりくるのかもしれないが。
『日立 海斗』。見た目やその生活ぶりからひなたやさとりとは正反対であったが、何だかんだ言いながらずっと仲良くやってきた。実は意外なまでにフランクな所があり、ただの真面目君と思わせておいて結構ソツがない。イザという時は熱くなれる性格をしており、頼りになるのをひなたは知っていた。それにメガネを外していると切れ長の目付きのいい男だったりもする。
「日立、あんたってひなひなと結構仲いいよね?」
黒板に向かったひなたを他所に、リョウコが海斗に話しかける。海斗は何てことはない、普通に答えた。
「小学校からの付き合いだからね」
「そうだったんだ。じゃあ何ですか、もう熟年夫婦みたいなものなんですね」
「それとは、違うかなぁ……」
仲がいいのは二人とも認めている。だが一線は越えていない。あくまでも親友として今まで一緒に居た感じだ。
「おーおー、余裕が感じられますねぇ。さすが旦那さんです。学校のアイドルをお嫁さんに持った感想はいかがですか」
「だからそんなんじゃないって」
リョウコははやしたてるようにして言った。黒板を消したひなたが戻ってくる。
「もう、バカなこと言ってないの!」
といいつつ、まんざらでもなさそうなひなたが突っ込みを入れた。
「ゴメンゴメーン、やっと先輩オーケーしてくれたわ。後でおもちゃ屋遊びにいきましょ!」
とさとりがテンション高めに跳ねてくる。その場に居た皆の心の中は「電話長ぇよ」の言葉で埋め尽くされていた事だったろう。
廊下に出ると、ひなたの背後に何か視線を感じた気がした。何だか見られているような。出来れば振り返りたくない。湿っぽい感じの、薄気味悪い視線だった。彼女は他の三人には気付かれないように、無表情のまま、その場を去ったのだった。
四人がしーさいど桜ヶ崎に着いた時は、だいたい十時十五分頃だっただろうか。年末の寒空はミニスカートにブレザーの彼女らには堪え、四人とも館内に入った途端に染み入るような温かさに声を上げた。
入り口で、来年の干支であるウサギの焼き物の人形を配っていた。
どうやらさとりは事前に、このサービスが今日あるのも知っていたらしく、「みんなもせっかくだから貰いなよ」という意味でも連れて来たようだった。今日はサービスで、来館者に全員サービスで配っているらしい。だが大抵こういうのは平日ではなく、休日にやるものだが。ひなたはそんな事どうでもいいかという風に、スーツ姿の男性従業員から人形を受け取った。
「わーかわいい!」
クラフト紙で出来た箱の中には、赤い豆粒のようなくりくりの目をした、いかにも女の子受けしそうなデザインのウサギの焼き物が入っていた。
「ホント、かわいい!」
みんなも気に入っているようだった。ひなたは手で持ち歩いていたら邪魔になるなと思い、通学カバンにウサギを仕舞い込む。
「さーて、早速ゲーセン行きましょゲーセン!」
「ほーら始まった、さとりの病気」
エリカが流し目をした。ここに来るとさとりはいつも、最初にするオーダーがゲームセンターなのはお決まりだからだ。
「良く飽きないよね、そんなゲームばっかりしてて」
ひなたも呆れた様子で苦笑していた。するとさとりは右手の人差し指で銃の形を作り、何も無い所に向かって「バーン」と呟いた。
「これが私のストレス発散法なのよん。いいでしょ、無趣味の人間なんかよりよっぽど」
ゲームセンターは一階の端っこだった。そこに行くまでに、色々見回すひなた。
――なんか、今日は変なお客多いね。
確かに、目に付く特徴の客が多かった。長身のガッシリとした男がそこかしこに居て、しかも皆ゴルフバッグのような大きなカバンを手にしている。外国人のグループがリュックを背負ってテーブルでくつろいでいるような姿は良く見るが、見た所皆日本人のようだった。
――旅行客とかなのかな? ゴルフツアーとか。
ゲームセンターに着くと、早速さとりがカバンを放り出し、ブレザーを脱ぎ捨てた。彼女のプレイスタイルだ。ワイシャツ一枚になると、その細い肢体が躍った。ただ細いだけではない。中学時代から陸上部で鍛え上げた、引き締まった美しい肉体。腕をまくり、早速コインを投入した。
「二人目は誰がやる?」
いつもこのゲームをやる際は、さとりが全部おごっていた。だからやったもの勝ちなのだが。
「あたしがやろうかな」
ひなたはいつものようにカバンを床に置き、指を鳴らした。二人目の分のコインを投入する。一プレイヤーのさとりは当たり前のように右手で、二プレイヤーのひなたは利き手の左手で、それぞれ銃を構える。まるで左右非対称な二人は本当に姉妹なのかと、周りが言いたくなるほどだった。
「これ新作だからね、敵の配置がきったないんだから!」
とさとりが言った直後、ゲームは始まる。画面に敵が現れ、シュートしてゆく単純なゲームだ。だが爽快感はある。
一昔前のSF映画などで出てくるような、黒いマスクを被った敵がぴょこぴょこと物陰から顔を出して攻撃してくる。
「あっ!」
いかんせん、ひなたは下手だった。開始して三十秒も経っていない内に、既に体力の半分を削られていった。狙いも正確ではない。
だがそれと比較して、さとりはプロ級ではないのかという腕前だ。「ひなひな!」
さとりはひなたをサポートする形で、ひなたの狙うべき敵まで余計に倒していた。
「さっすが、さとり上手い」
後ろから友達二人の声が聞こえる。だがひなたは必死すぎて何を言っているのか全く分からなかった。
「あれ? 撃てないよ」
「ひなひな、弾入ってない!」
さとりが叫ぶ。
「あ、そっか!」
撃ち尽くしていたらしい。画面外を撃ってリロード(銃弾を込める)をする。改めて見ると、女の子の集団がやるにしてはかなりコアなゲームだった。
「ああっ」
あっという間に、ひなたは体力が尽きてゲームオーバーになってしまった。だがさとりの方は相変わらず続いている。敵の弾を的確に避けるし、リロードタイミングも完璧である。何しろ、まだ一撃も受けていない。
「良く見てなさい、これが私のプレイよ」
きっとプロゲーマー相手ですらまともにやりあえるだろう。あっという間にノーダメージでステージ二、三、とクリアしてゆくのだ。たった一人で。ステージ一で脱落したひなたは、ぽかーんと口を開けて見ているしかなかった。
結局、さとりは最後のボスまで一人で倒してゲームクリアしてしまった。ノーダメージで。その腕前にはみんな感服するしかなかった。
「……上手すぎ」
ひなたはそう一言呟いた。さとりは銃を元の場所に戻すと、振り返りながらエンジ色のブレザーを身に着けた。
「何か小腹が空いちゃったわ」
「そりゃ、あれだけ熱くなってればね」
四人は軽食を摂ろうという事になり、フードコートまでやってきた。みんなでクレープを頼み、四人がけのテーブルに着く。テーブルに安っぽく貼り付けてあるチラシに書いてある事を見て、リョウコは言った。
「しーさいどって、もう少しで一周年なんだー。ここって出来る前、何があったっけ?」
「しらない」
さとりが即答した。何か白々しい声で。淡々とクレープを口に運ぶ。明らかな変な態度に、皆は少し固まった。
ひなたは場を取り繕うように、苦笑して言った。
「そ、そうだよね。昔の事なんか覚えてないよね」
「うん」
さとりはケータイを出し、いじりながら答えた。まるで興味が無いようだった。
「そういえばさとりとひなひなって、姉妹なんでしょ。家だとどうなの?」
リョウコが尋ねてきた。ひなたは答える。
「あんまり普段と変わんないよ」嘘だ。
「ひなひなは、食欲旺盛だわ。特に甘い物となると」
とさとりは冷やかして言った。
「な、何言ってんのよ」
「かっわいー、動揺しちゃって」
さとりはケータイのアンテナでひなたの頬を『ぷにっ』と突いてみせた。
「ペットだ……」
「ペットね……」
エリカとリョウコは二人して呟いていた。
「あたし、親いないから」
「そ。ウチはみんなのご存知の通り、杏条ニューロンっていう会社経営してるの。経済的にも余裕が無いと、養子縁組なんか出来ないわ」
その点はひなたも感謝していた。あの冷たい施設から救い出してくれたのは紛れも無くさとりだった。大会社を経営している家系のたった一人の令嬢であるから出来る事である。
杏条ニューロン株式会社。日本では知らない人はいないほど、名の知れた会社だ。創設は五十年ほど昔になり、最初は遺伝子工学の研究会社だったらしい。遺伝子レベルでの医療用の治療薬を作った事により、その抜群の治療効果が評価されて一躍日本のトップ企業に躍り出た。現在でも医療向けの製薬を主にしており、薬局に行けば杏条ニューロンのブランドを掲げた各種の薬が簡単に手に入る。近年では、食肉向けの優秀な遺伝子を持ったクローン豚や牛の研究なども手かげていると聞く。
そんなトンデモ大企業の令嬢と友達だった事で、不遇な境遇にあったひなたはさとりの提案で養子縁組をする事になった。ひなたの過去に何があったのかは、こんなほのぼのとした空気の中ではとても言えないほど、暗いものがあった。
「それにしても、いいなーひなひなは。モテるし。私なんかもうクリスマス前だってのに男の一人も捕まえられないし」
腕を組んでエリカが伸びをする。フチの無いメガネが天井からの光を浴びて光る。それを見たらおかしくなってきて、自然とひなたの顔から笑いがこぼれた。
「嬉しいけど、なんか申し訳ないよ。あたし付き合う気ないし。他にもいい子いっぱいいるのに。それに……」
「それに?」
さとりが茶髪のミディアムヘアをさりげなくイジっていた。枝毛が気になるようだ。何か面白くなさそうな空気をかもし出しているが、いちいち気にしていては仕方ないのでひなたはスルーして続けた。ちょっと気になっている事を軽く相談してみる事に。
「何か最近、誰かに付けられてるかも。変な視線感じるんだ、時々」
「何それ、気持ち悪いー」
リョウコは続けた。
「ひなひなにストーカーか……。気を付けた方がいいよ、そういう奴って本気で頭おかしいの多いから」
「うん、そうする」
「あーもー、私も一回でいいからストーカーに付けられるくらい愛されたいよー!」
エリカが呆れるくらい情けない声で叫ぶ。
――実際そういうのにあってみると怖いの分かるって。
ひなたは表情に出さず、心の中で呟いていた。
「よし、おもちゃ屋いきましょ!」
さとりは思い出したかのように突然言った。どうやらみんなもクレープを食べ終わっていたようで、残っているのはひなただけだった。
「ひなひな、早く食べちゃいなよ」
「う、うん」
焦ってクリームが口の周りに付いてしまい、ティッシュで拭き取りながらひなたは皆を待たせまいとして急いで食べ始めた。その様子をエリカとリョウコは、女同士でもかわいらしいと思えたのだろうか、ひなたをニヤニヤとしながら見つめていた。




