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8  星を見つめる少女

 仕事が終わった俺はすぐに咲に電話を掛けた。ちょうど咲の方も時間が空いてるらしく、近くの公園で会うことになった。

 夜7時に公園に着くとそこは誰もおらず。とても静かだった。10分くらい遅れて、咲は来てくれた

「こんばんは正樹さん。お久しぶりです」

 そう言って咲は笑ったが、その表情は依然と比べて、どこか暗かった。


「久しぶりだね」

 俺もぎこちなく答える。お互い次の言葉を言わず、少しの沈黙が流れた……

 やがて、口を開いたのは俺の方だった。

「今日テレビ見たんだ。咲ちゃん、あの衣装、『sweet rain』の制服だよね?」

 Sweet rainは国民的人気アイドルだ。


 最近メンバーが卒業したらしいので新しいメンバーに変わったのはニュースで知っていた。

その新メンバーまさか咲だとは思わなかった。

本来なら祝福の言葉をかけるべきだろう。だけど咲の歌を良く聞き、熱い音楽理論を聞いた俺は、「おめでとう」なんて言えなかった。


 sweet rainのスタイルはポップな曲調のアイドルソング。それに比べて咲の歌は悲しみに溢れたバラードだ。どう考えても今までの咲とはスタイルが違いすぎる。

Sweet rainの歌は、咲の歌いたい歌では無い。

「そうです、私、アイドルになりました。」


咲ちゃんはハッキリと口にした。

「……どうしてだ? 咲ちゃんが本当に歌いたい曲はアイドルソングじゃないだろ?」

「……やっぱり正樹さんなら気付くと思ってました」

 咲は弱々しい口調で呟く。


「本当は以前、正樹さんと会った時から話が来てたんです。アイドルにならないか?って」

「そんな大事な話、あの時相談してくれなかったんだ? 俺の事を信頼してなかったのか?」

 どうしても口調が強くなる。

「それは違います!」


「何が違うんだよ! 俺は咲ちゃんのあの歌が好きだったんだ! 初めて聴いたとき感動したし、救われた。そんなすごい力を持っているのに、どうしてそう簡単に手放すんだ!」

 相談してくれなかったのもショックだったし、咲がアイドルになる事も以前の自分を見ているようで痛々しかった。

 本当はこんな攻めるような事を言いたくはないが、止まらなかった。夢を諦める彼女なんて、絶対見たくなんて無かった。


「そんな事わかってます!!」


 咲は叫んだ。驚いて顔を見ると、咲の目から、涙が頬を伝っていた。

しまった、と思ったがもう遅かった。

 咲は涙を流しながら途切れ途切れに話し出した。


「そんな事、分かっています……本当は私、アイドルなんてやりたくない。だけど私の歌じゃ暗すぎてメジャーデビュー出来ない言われたんです。……だけど顔が整ってるからアイドルならデビュー出来ると言われて……」

 俺は言葉を失い、呆然とした。咲は泣きじゃくりながら話を続ける。


「こんな事を言うと変な子だって思われるかも知れないですけど、私、顔が整ってるのがコンプレックスなんです。男の人からはいやらしい目で見られる、同性からは色目を使ってると嫌われる。

音楽をやるのだってチヤホヤされたいからでしょ?とも言われた事もあります。私を理解してくれる人は今まで一人もいなくて、いつも一人でした。だから」


「正樹さんが私の唯一、本当の気持ちで話せる人だったんです。」

「俺が……?」

「はい。正樹さんは私の歌で救われたって感想をくれましたよね? あの時、私もすごく嬉しかったんです。 私の歌を分かってくれる人がいたんだって。それに正樹さんの小説を読んでると優しい気持ちになれました。だからきっと、私も正樹さんに救われていたんです」

 

咲は続ける。


「本当は正樹さんに相談したかったです。でもあの時の正樹さんを邪魔しちゃいけないと思って」

 俺はとんでもない勘違いをしていた。

 彼女は美しく、何だって出来る、とても強い少女だと思っていた。

 まるで夜空に輝く星の様に。


 だけど、彼女は俺と同じ、遥か遠くに光る星達を眺める側の人間だった。

 今なら分かる。

「君の言葉」は咲が自身に向けた歌だったのだ

 (謝らないと……)


 そう思った直後咲が先に口を開いた。

「でももう私は正樹さんの好きな歌をうたう事が出来ない……だからお別れです。アイドルは恋愛禁止で、男性との接触は厳しく禁止されています。多分もう、会う事は出来ないでしょう」

「あの、さっきはゴメ……」


 謝ろうとした瞬間、彼女と唇が重なった。

 彼女は、目を丸くしている俺を見つめて微笑んだ。

 それはとても悲しい笑顔だった。

「さようなら正樹さん。貴方の事が大好きでした」


そう言い残すと、彼女は走り去って行った。

「まっ、待ってくれ!」

俺は声をかけたが彼女は止まらない。


追いかけようとしたが、足に力が全く入らない。

 俺はその場にへたり込んだ。

結局、彼女を追いかける事も、謝る事も、彼女の好意に応える事も、今の俺には何一つ出来なかった。

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