1 彼女の歌
自宅のアパートに帰り、浴槽に向かう。
今日は汗を掻いたので真っ先にシャワーを浴びたかった。
シャワーを浴びた後、途中でコンビニで買った弁当とビールを一緒に食べる。
いつもなら自炊もそこそこにするのだが、今日はどうもそんな気分にはなれなかった。
自分の現状の事がずっと頭から離れらなかった。
本当に今のままでいいのか?
俺は本当に今の仕事に満足しているのか?
考えれば考えるほど答えは遠くなる気がした。
俺は不安を取り払うように冷蔵庫に向かい、新しいビールの缶を開けた。
そしてビール片手にデスクチェアに座り、パソコンを起動させる。
最近、アートメイカーを眺める事が癖になっている。
アートメイカーとはアマチュアの創作投稿サイトの事で誰でもイラストや小説、音楽や動画を投稿出来るようになっている。
自由で意欲的な作品が多く、ここで出版社の目に留まればプロになる事だって出来る。
まるでここは才能の銀河だ。
そしてみんな一番星になりたがっている。
「夢を見るだけならだれでも出来るよな……」
ここに投稿してる人間で、プロになれる奴はどれだけいるんだろう?
少なくとも、俺は無理そうだ。
俺もここで小説を書いている。
でも俺は一番星を目指す事は諦めてしまった。
一番星は俺が思っていたよりずっと遠い場所にあった。
今でも書き続けているのは悪癖のような物だ。
とてもじゃないが、今は他人の小説は読む気にはなれないので、音楽のページに行く。
「……ん?」
数ある作品の中で一つ、気になるサムネイルがあった。
このサイトはいわゆるサブカルチャー色が強く、アニメ風のイラストをサムネイルにする人は多いのだが、この投稿者は真ん中に三日月のイラストが描いてあり、他は全部真っ黒だった。
シンプルだが、そこに惹かれた。
投稿者の名前はSAKIと書かれていた。曲のタイトルは「君の言葉」
俺は気になり、音楽を聴いてみる事にした。
パソコンからゆっくりとした音楽が流れはじめ、女性の声が聞こえ始めた。
『君の声はきっと誰かを救うよ。今はまだ届かなくても。君は輝いているから』
この歌を聞き終えた時、俺は沢山の涙をこぼしていた。
「……あれ、なんで涙が」
この歌はなんだか、夢を追いかけても良いよと言ってくれた様な気がした。
そうか……おれはまだ夢を見ていてもいいんだ。
そう思うとまた涙がこみあげてきた。もう止めたくても止めれなかった。
この日、俺は子供みたいに泣き続け、そのうち泣き疲れて眠った。
だけどそれは、今までに感じた事が無いくらい、暖かい眠りだった。