10 オレンジ色に染まる教室で(前編)
この話だけは長いので分割します。
乙子と俺は中学時代、数少ない友人と呼べる間柄だったと思う。
当時文芸部は、ほぼ壊滅状態で、俺が中学3年生の時にはすでに廃部が決まっていた。
卒業した後で廃部になろうがどうでもいいと思ってたし、顧問の教員も面倒くさがってたまにしか来なかった。そんな訳で部室には俺と乙子の二人しかいなかった。オレンジ色に染まる部室の中で小説を書いたり、雑談をしたりしていた。今思えば、あの時が青春と呼べるのかも知れない。高校に上がり、疎遠になっていたが、まさか彼女も東京に来ていたなんて思いもしなかった。
駅前のカフェの中で、ホットコーヒーを一口飲んだ後、乙子は笑った。
「本当に久しぶりだね、どうして私だって分からなかったの?」
「だってイツコ、昔と全然違うじゃないか。」
俺は正直に言った。
乙子は以前、髪がとても長く、メガネを掛けていて、あまり喋らない大人しい女の子だった。
今の乙子は髪は短く、メガネを外し、メイクをしっかりとしている。
あの時は長い前髪で気付かなかったが、乙子は整った顔付きをしている。
「あはは……あの時の私、今より髪長かったからね」
「でも性格もずいぶん変わった気がする」
「そうだね、私、昔は暗かったから、気づかなくてもしょうがないか。」
そう言って乙子はクスリと笑う。
「でも正樹君は変わらないね、すぐ気づいちゃった」
「そうかな?」
「そうだよ。――まだ、小説は書いているの?」
「最近まで書いていたよ。でも、もうやめようと思う」
「どうして?」
乙子は不安そうに俺の瞳を覗く。
「今まで俺は、小説で誰かを救いたかったんだ。でも結局、俺は何も出来なかった。だからやめようと思うんだ。」
俺が咲の歌を聴いた時、諦めてた夢をまた追いかける事が出来た。だけど俺は彼女が悩んでいる事にも気付かず、書いた小説はきっと心には届かず、更に彼女に追い討ちの言葉をかけてしまった。
俺はどうしようもないやつだ。そんな奴が小説で人を救うなんて出来っこない。
「そんな事ないよ」
乙子は静かに、しかし確信があるように強い口調で言った。
「私は、正樹君の小説で救われたんだよ」
「えっ……?」
イツコは優しく微笑んだ。
「私、高校の時ね、とても辛かったんだ。ずっと小説を書いてきて私には小説しかないんだと思ってたの。だけど何度も新人賞に応募したけど全然駄目で、絶望したんだ。私は才能が無いんだと」
意外だった……。
乙子は俺よりも遥かに才能があり、ずっと羨ましいと思っていた。
「それからすごい自己嫌悪に陥り、両親や友達ともケンカしちゃったりしてあの時の私、最低だったな
」
乙子は懐かしむ様に遠くを見つめる。知らなかった…… 乙子も俺と同じ様に悩んでいたなんて。
「そんなある日、たまたま部屋の掃除をしてたら、正樹君の小説が載ってる部誌を見つけて読んだの。あのは時とても勇気づけられたんだ。【lonley boy】って話、覚えてるかな?」
「あぁ、覚えてるよ」
文化祭の部誌に、俺は小説を載せた事があった。
確か孤独な少年の話だった。少年は誰にも認められなくても、馬鹿にされても自分の意思を貫き、様々な試練を解決し、乗り越えていく。
やがてその姿は周りから称賛され、英雄と呼ばれる様になった。
俺もこんな風になりたいと思いながら書いた記憶がある。