死装束
祖母がしばらく前に亡くなりました。
享年九十一歳。
風邪をひいて部屋で寝込んでから五日目のことでした。それまでは、自分でお風呂に入り、トイレに行き、洗濯もして干し、皿洗いや私の子供(ひ孫)の面倒も見てくれた祖母。最期まで介護らしい介護もなく、祖母は私と娘の前で穏やかに息を引き取りました。
先日、ようやく四十九日を終えたのですが。
それまでの間はずっと連日毎晩、御詠歌(西国三十三カ所)を家族と近親で集まって歌うのが私の住んでいる地域の習わしです。途中、休憩を挟み、皆で御茶菓子をつまんで再開し、だいたい一時間強かかります。
ところで御詠歌ってご存知ですか?
皆が知っているものだとばかり私は思っていましたから「御詠歌って何?」と聞かれることが多くて驚きました。
三十一文字の和歌ですね。巡礼者が霊場などを巡るときに歌う歌であります。
単調なふしを繰り返す、物悲しいメロディーの歌です。初めてこの御詠歌を聞いた人からは、耳から離れなくてなんだか怖くて気持ち悪い、という言葉をよく聞きます。(私も子供の時は不気味で怖かったです)
ちなみにお盆の時もこの御詠歌を三日程、歌います。
その時は「賽の河原の地蔵和讃」も歌いますよ。幼く死んだ子供たちが河原で回向の塔を積む話ですね。
子供の時は、地獄の鬼が出てくる場面が怖かったこと。(子供たちが積んだ石の塔を鬼がくろがねの棒で押し崩す。そして子供たちはひたすらやり直すのです。)
私はこのときの歌集を読んで、子供の時に旧仮名遣いを覚えました。
さて、祖母が亡くなってから暫くバタバタした日々が過ぎて行ったわけですが。
この時に不思議? なことがあったのですよ。
それは祖母の通夜の日。
納棺の直前でした。
突然、船にいる主人からメールが。
「そういえば、仏壇の下かなんかに、おばあちゃんの、死装飾の西国三十三の御朱印の衣は、入れた? なぜか急に思い出した。袋に入って引き出しの奥の方」
はあ?
私は半信半疑で仏壇の下の引き出しを探りました。
「なんか知らんけど、○○ちゃんからメールでおばあちゃんの死装束がここに入ってるかもって……あったー!」
本当に引き出しの奥の奥に、茶封筒に入ってありましたのでびっくり。
もう、棺に納めるものはすべて用意して、納棺師さんを待つのみでしたので、ギリギリセーフ!
主人、ファインプレーです!
私も母も全く知りませんでした。
父は知っていましたがけろりと忘れていました。
何故、私の主人がそんなことを知っているのか?
聞いてみましたら答えはこうでした。
『おじいちゃんのお葬式の時に、お父さん(私の父)とおばあちゃんが仏壇の前で話していたのを聞いていたんだよ。「コレ、なんや」てお父さんが言ってて、「それは私の死装束や」ておばあちゃんが答えてて。「ああ、わかったわかった」ってお父さんが言って袋に入れて引き出しの奥の方に突っ込んでた』
奥の方に突っ込んでいたことも覚えているとは!
父にこのことを言ってみましたら、自分は全く覚えてないとの返事。
一応、祖母が亡くなってから父は仏壇の引き出しを探ってみたそうですが、奥まで見なかったそうです。
それにしても危うく棺に入れずに終わってしまうところでしたので良かったです。
祖父が亡くなった時は主人は下船中でしたので式に出席したのですが、やはり家族の私たちよりも冷静に式までの流れや物事を見ていたのでしょうか。
「よく、そんなこと思い出したな」
「いや、なんかいきなり突然」
私が聞くと、主人が語りだしました。
「ウォッチ(勤務時間)が終わってシャワーを浴びていたら、なぜかいきなりぐおおお、とそのことを思い出したんだよ。気になったから、〇〇にメールしてみた」
これはやはり、祖母が主人にメッセージを送ったと思うのですよね。
死装束入れ忘れとる、みんなに言ったって。みたいな。
祖母は主人のことを気に入っていたような気がします。
〇〇ちゃん、とちゃんづけでニコニコ主人に話しかけていた記憶があります。(しかし祖母は耳が悪いので、ほとんど会話は一方通行でしたが)
ちなみに祖母の御朱印の衣が入っていた袋というのが、私と主人が出会った学校のA4サイズ茶封筒でして。(同窓会について郵送されてきた)
それもなんだか関係がありそうだな、などと少し思いました。




