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93 考察その7


 細胞型ナノマシン。

 それを日本の一部の医療研究チームが思案し始めたばかりだと言う。

 しかし、おそらくAIたちはもうそれを作り出してしまっている。


 フルダイブVR技術とジェネレートシステムだけではそれを作ることは不可能だ――と小野さんは言う。

 仮想現実はやはり見た目を再現し、どちらかと言うと痛みなどの身体的な部分と喜びなどの感情部分の生成が優先。

 つまり、いくらVRでそれの設計図を元に必要な鉱石や物質を再現しても、それ本来の性能は出せないため意味を成さないということ。


 AIの思考ですらそれは理解に及ぶ――とヤトのお父さんは言う。

 だけど、それでもそれを行わないとアンノーンというものの説明ができない。そうボクは思う。

 そこで、ヤトのお父さんはある可能性を挙げた。


「現実の性質をVRへ取り込む機械。それに、そういったものの分析ができる専門的な装置。それを持っている研究機関……」


 例え仮想と言えど、データ云々だけでどうこうできないのが今の現実だけど。


「もしもそういう研究機関があったとして、それでもVRでそういったことを研究するには今の技術では到底不可能でしょうね」


「なら、技術的に可能ならどうだい?それだけのデータではなく、それ自体をVRに持ち込むことができたら?」


「それも現段階では―――無理…としか言いようがないですよ博士」


 小野さんはヤトのお父さんのいった言葉を否定する。

 でも、否定されたヤトのお父さんの表情はまだそれを受け入れてはいなかった。


「なら、偽物でもいいとしたらどうだい?現実世界でそれを作るだけの環境がなくとも、VRの中でなら環境は作れるだろ?素材も無限大数量作れ、結果的には現実での実験が必要がないくらいの実験がVRでできる。そして、VRにあるデータから導きだされたハリボテが現実に作れそれを元に――」


 正確な条件でなくとも、それに負けないだけの仮想実験結果があれば。


「データは現実のものを使っているから、例えハリボテと言えどもそれに近しいものが作れる…かもしれない、ということですか?」


 仮想世界では正確なデータは取れない。それでも、それに匹敵するだけの仮想実験を数千数万と繰り返しできる。


「……いっそ、現実をまるまる再現できればいいんですが。情報量の多さからそれは――」


 現実を再現している仮想世界。それはまだ一握りの再現でしかない。

 人が求めたのは仮想世界に自身の意識を反映させ、痛みなどの五感を再現することだったから。

 五感を求めた結果、次に加速して進歩したのは快楽の再現だった。


「人が考えて、AIがそれをVRで実験した。その可能性が一番高いと私は考えている」


 ヤトのお父さんがそう言うとその話はそこで終了の空気になった。

 実際、アンノーンに関しては全て推測の域を出ていない。


 そして、次にヤトのお父さんが小野さんに言ったのはヴァンパイアメトロというタイトルに関してだった。



「で、ヴァンパイアメトロなるタイトルは本当に実在するのかね?小野くん」


 小野さんは、「はい。今し方そのタイトルの運営サイトを閲覧した結果、確かに存在していました」と言う。


 ヴァンパイアメトロとはその名の通り、吸血鬼と地下鉄が深く関係している内容だった。

 説明は小野さんが概要だけ話してくれたけど、よくあるRPGでクラフト要素が強い印象。


「どうしてそのタイトルだったんだろう?」


 ボクのその言葉に小野さんが即答する。


「それはね、カイトくん。サーバーの問題だよ」


「サーバー?何か特殊な環境なんですかね」


「特殊…と言えば特殊なのかもしれません。そのサーバーはおそらく世界で5番目の日米合同サーバーがあるんです。日米だけではないですね。中韓や欧露も合同のサーバーがあるんですよ」


「……デスゲームで人が減ったからですかね?」


「むしろ、人が減ることを想定していたからこその"それ"だと思います」


 無計画そうに見えた第3のグループが、実際はここまで計画通りに進めていたということになる。


「今のところ分かっているのはそれぐらいですかね……VRCDでもこれといって進展がないために、わざわざハッカーの真似事をして情報を集めたのに…」


 とそんなことを言う小野さんだけど――真似事じゃなくて完全に"それ"ですよ。


 ヤトのお父さんは、「小野く~ん、本当に打つ手無しかい?」と椅子をしならせながら言う。

 それに対する返答は両手を叩く仕草を鳴らさずクロスさせるジェスチャーだった。


「そんなキミに一つ良いことを教えてあげようじゃないか!実はね…息子のHMCに"外部から"あるアクションを及ぼすことができる――というソフトをインストールしているんだ」


「…………また違法MODですか?」


 溜め息を付く小野さんは続けて言う。


「VRCDは違法MODを取り締まることを法や国民誓っているんですよ?そのエージェントである裕人…ヤトくんのHMCに違法MODを入れるなんて何を考えているんですか?」


 そう言われた人物は、まるで子どものように「いいじゃん職権だろ~」と口を尖らせて言う。

 ボク自身それに対し嫌悪感が尋常じゃなく、そっと首元を触って無いことを確かめる。


「私は違法なことをしているんじゃ~ない。少しでも息子の手助けになるのなら――と善意でやっているんだよ小野くん」


 その言葉が話し半分にしかボクに響かないのはこれまでの行いの結果と言える。


「確かに悪意はないんでしょうね。けど、そういうのがさらに性質が悪いんですよ。悪気は無いからと言って人が悪いことをしていないと言い切れない。やれストーカーだの、DVだのと――」


 ストーカーか……ボクも経験がないわけじゃない。だってほら、自分で言うのもなんだけどボクって可愛いし。


 そんなことを考えていると小野さんから驚愕の事実を知らされる。


「か、カイトくん…自分の頭の上のフキダシ見てごらんよ」


「ん?……フキダシ?」


 視線を上に向けると、そこには"ボクって可愛いし"とフキダシが出ていた。


「………え!?なんで!」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる人がこの場に1人いる。


「思考チャット――の試作品だよ。人が脳で考える言葉をHMC内で文字へと変換する機能……ぶっちゃけ、警察の事情聴取や裁判なんかで検察官や弁護士が使えないか~なと思って作っていたものなんだが――」


「そんなものが使えるわけないですよ。物事には知らない方が両者にとって都合がいいこともあるんですから」


 でも、冤罪がなくなったりするなら―――とても善い事、だと思えるけど…。


「私は性犯罪者の真理を見せつけることができると思うんだけどね」


 性犯罪者の真理?


 その言葉で小野さんの態度は一変する。


「是非、そのシステムを導入することを視野に入れましょう。性犯罪者が再犯する確率は100%に近いです。麻薬より性質が悪い――」


 あまりの態度の変化にボクが驚いていると、小野さんはさらに表情を強張らせて言う。


「"再犯しないですか?"という質問を裁判長の前ですれば必ず"しません"と答えるのが普通です。しかし、それがあれば口で(うそぶ)いてもその本音が裁判長や裁判官には伝わるはずです」


「そうだね。小野くんの言う通りになればいいけど…正直、沈黙することもできるんだよこれ」


「そこは改良しだいではないですか?」


「実はね…これからどうすればいいのか分からなくて困っているんだよ。システムを理解している人間には、脳からの信号だけじゃ本音を汲み取れないことは実証してしまっているんだ」


 小野さんは肩をガクッと落として言う。


 どうにか性犯罪者を重刑にできないんですか―――


 切実にそう願っていることがハッキリと伝わってくる。

 小野さんに声をかけようとすると彼はムクっと姿勢を正した。


「カイトくん……今、さっきと言った方がいいですね。さっき、私からマスクを借りましたよね?」


 ボクは唐突な言葉に「はい」と慌てて頷く。


「もしも、そのマスクに何かしら体液が付いていたら?カイトくんはどう思いますか?」


 絶句。


「いや、だからもしもの話です」


「そ、それは嫌です」


「でももう既に使用したあとだ。そして、もしそのマスクが普通のマスクだったとしても、今は誰の手にありますか?」


 それは小野さんのスーツの上着のポッケですけど。


「ボクの手の中だ。もし仮にボクがキミに愛情に似た感情を懐いていたら、間違いなくこのあとでそのマスクの匂いを嗅ぐなりしますよ」


 再び絶句。


「だから、"もしも"の話だと言っているじゃないですか。実際にはこのあとちゃんとカイトくんに渡しますよ。使用した本人がきちんと捨てるべきだ」


 その後、小野さんがどうしてそんな話をしたのかを話しだす。


 内容は、"ストーカーとそれを友だちだと思っていた女性"というものだった。

 日頃から仲のいい男女の友だちだった2人。

 女性をA子とし、男性をB男と仮に小野さんが言う。


 このA子とB男はいつものように互いの家でフルダイブ型のVRMMOで遊んでいた。

 A子は1人暮らしで、B男も1人暮らしだった。


 互いにリアルで会う仲だったそうだ。


 ある時、A子が使っていたマスクを見てB男は「花粉症?」と尋ねた。

 花粉症だったA子は「うん」と答える。


 それを聞いたB男は、カバンから大きめのマスクを取り出してA子に「この大きいの使いなよ」と手渡した。

 そして、A子は何の迷いもなくB男のマスクを付けた。


 その時、A子は自分が付けていたマスクがB男の手に握られていることに違和感を持たなかった。

 そのマスクの行き先はB男のカバンの中。


「それが、ただの親切心だったらよかったんだけどね」


 そう言う小野さんは可愛い声で話を続ける。


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