91 考察その5
小野さんが帰ることになると、自然にJ氏とも別れることになる。
"別れる"と言ってもただ電話?の回線が途切れるだけなのだけど。
J氏は、「いや~ミスターカミヤのジョークには一瞬ヒヤリとさせられましたですね」と言う。
一瞬だけ、その話方さえもが嘘に思えてならなかったけど、そこはどうやら本当だったようだ。
「私はこれから成田から本国へ召還されますね。それでは皆さんサヨナラ――」
プツっとスピーカーが切れる音が鳴る。
それからしばらくは誰も何も喋らなかった。
そして、小野さんが唐突にヤトのお父さんに問う。
「…で、どれだけ情報が引き出せたのか……聞かないんですか?」
情報を引き出せた?一体何のことだろう――
「小野くん…an external accelerator driveだってさ」
「……かまをかけたかいがありましたね。おかげで私の方ではデータベースを探れるだけ探らせていただきました」
2人の会話についていけないボクは、「お2人は何を話しているんですか?」と疑問を投げる。
小野さんは首のネックフォンを指差して言う。
「つい先ほどまで、私はスピーカーの向こう側にあるエージェントJのPCもしくはVRビジュアライザーに仮想空間領域を設置し、セキュリテーを突破してから情報を拝借していたんですよ」
「え?!それって、ハッキングしていたってことですか?!」
その言葉に「私はこれでも、日本のVRCDのエージェントですよ」と笑顔を浮かべる小野さん。
ヤトのお父さんは椅子に腰掛けると溜め息を吐いた。
「小野くんが探り易いように、Jくんには"小野くんを騙している"と思わせて油断を誘ったんだが…上手く騙されてくれたようでよかったよ」
「さすが博士です。自分が"化かされている"ことを疑わない狸ほど扱いやすいものはないですからね」
「カイトくんがまだ分かっていないようだから説明してあげるとしようか。そもそもショートスイーパーなんて話を持ち出して、さも"そのアタッシュケースの中身の物を知っているぞ"とブラフを掻けて、"それが一体なんなのか?"を引き出したのだよ」
ヤトのお父さんが言うには、互いに同盟を組んでいても情報の共有はいま一つで、それを解消するために今日はJ氏を呼び出すのではなく、電話のような回線でわざとやりとりしたのだとか。
「彼が、今日召還されていることも承知の上でね。時間がない場合この秘匿回線でJくんからここへ―――と小野くんはそういうことを考えるプロと言うわけだ」
「止めて下さい、人を詐欺師みたいに――」
小野さんはネックフォンに有線のケーブルを挿すと「博士――」と言う。
それに対して、HMCを一台手渡すヤトのお父さん。
「ほら、小野坂さん…いえ、凜さんも――」
「え?ボクもですか?」
言われるままにHMCを受け取る。
最新のMU-I077は額の左右2点と後頭部で支えるタイプで、ゴーグル式のものと比べると長時間のフルダイブには向かない仕様だ。
それを小野さんは頭に載せると、「大丈夫座ったままでも問題ありませんよ」と言う。
「この手のタイプは遮断段階の調整が利きます。座った状態の維持ぐらいなら半日は可能ですよ」
さすがに立っているのは無理ですが、と言う小野さんは、直ぐに首から伸びたケーブルと同じものを取り出す。
「だ、大丈夫です。自前の、持ってますから」
そう言ってボクは学校指定のカバンからそれを取り出した。
「あのお父さんはダイブしないんですか?」
と聞くと彼は眼を背け、「私は少し用事があるんだよ…」と何故か怪しげで。
「ダメですよ博士。あなたにもダイブしてもらわないと、凜さんの身が危険ですので」
小野さんの言う通り、このままボクと小野さんがダイブしたらその後の我が身が危ういことは分かっている。
それゆえに、ボクはヤトのお父さんをジーっと見つめる。
私はただカイトくんの寝ている写真を撮って、それにメイド服をアイコラしようとしただけだよ…ホントだよ――と言うヤトのお父さん。
もし、本当にそれだけだったとしても……想像してからボクは言う。
「いいから、お父さんもダイブして下さい!」
「…はい――」
こういう所は意外と素直。案外、あのメイドの日笠さんのおかげなのかもしれない。いや、ヤトのお母さんかな?
ボクは、ヤトのお父さんがダイブしたのを確認してから音声認証設定だったため、「IDカイト、コネクトスタート――」とコールして仮想空間にフルダイブした。
先に仮想世界にダイブしたヤトのお父さんは、カミヤというネームプレートをその頭上に浮かべて立っていた。
所謂VRチャットというやつだ。
チャットと言っても、実際には口頭で話すことになるものの日本の民族的な意識なのか、フキダシが頭の上に飛び出て文章を相手に呼んでもらう機能の方が主流だ。
フルダイブ型のMMOではそういった人たちを"チャット勢"と呼び、特別視ではないけど、他の人たちとは違う接し方をしなくてはいけない。
話すより時間がかかることを考慮して相手を急かさないのが、チャット勢とのマナーというものなのだ。
早速、ヤトのお父さんの頭の上にフキダシが飛び出てボクは視線を向ける。
"きっと今頃、小野くんはキミのスカートに手を這わせた状態でダイブしているんだろうな~。うらやましいな~"――と実に妄想らしいことが書いている。
たしかに小野さんが最後にダイブするみたいだったけど、彼という人がそんなことをするはずがない……とボクは思っていた。
「あの、そんなにふざけているのはお芝居ですか?」
「……鋭いね、カイトくん。そう!私は今まで芝居をしてきた!ある時はメイドのスカートの中を盗撮し!あ、日笠くんね。ある時は、メイドの風呂を盗撮しようとカメラを30台設置して、いざ入浴のあとに風呂場に入ると30台のカメラが全て水没していた時も!私は芝居をしていた!」
「…………」
「それもこれも、日笠くんを笑わせてあげようというサプライズだったんだよ!」
どの口が―――
「そういえば、カイトくんは中々に派手な下着を付けるんだね!あの、靴底洗浄機!アレにはカメラを仕掛けていたんだ!」
「え?!嘘です!アレにはカメラなんてありませんでした!」
「ん?確かめたのかい?…………さては小野くんだね!く~!私の唯一の楽しみである"かもしれない"ということで他者を騙す瞬間を!彼には厳重に注意しておかなくては!」
あとでメイドさんに怒ってもらわないと――
見た目少し若いヤトのお父さんのアバター。
ボクのアバターはデフォルト仕様の女性アバターだ。
IDはカイトだけど、本来使用しているアバターデータが入っているHMCは自宅に置いてある。次からは端末にもデータを入れておこう。
ヤトのお父さんが、"演じているんだ!"を言っている間に小野さんがアバターで現れる。
そのアバターは本人の意思とは関係なく黒髪ロングの赤メガネメイド姿の女性。
「どうしてこんなアバターなのか?はさておき、私が入手したデータについて話しましょうか」
その姿と声はリアルの小野さんとはミスマッチで、違和感しかない感じがなぜか小野さんらしくも思えた。
性別の違うアバターにはボク自身もお世話になっているけど、正直、体の作りが違う部分はVRでは再現されていないことが多い。
だから、今はまだ胸のある無ししか違いはないと言える。
「どうやら、あちらではVRよりも実世界…リアルに時間を割いているようです。一つ、リアルにおいてのAIたちと係わりのありそうな人物のピックアップ。二つ、東南アジアでも再度アンノーンが使用されないための監視。最後に……これが一番"危うい"――」
「"危うい"とはどういうことだい?」
「三つ目は"仮想空間内での宇宙間機動兵器実験"です」
宇宙間機動兵器?船…いや、ロボットってことかな?
「宇宙間機動兵器か…考えることはやはり脅威への対処。もしかすると、こちら側の情報もあちらに流れているのかもしれないね」
「仮想空間内でリアルとまったく同じ環境を作ることがそもそも難しい。見た目だけならどうとでもなるんでしょうけど、実際ハリボテでしかないですからね。いくら仮想空間で実験を重ねてもいい結果は得られないでしょう」
小野さんはそう言うと、「こちらの方はもっと実戦的に仮想空間内での未来を築いています」と言って模型らしき物をポケットから取り出した。
「初期型アンドロイドの模型です。外見の装甲はダイヤより堅いQカーボンでできていて、二足歩行もでき、宇宙での作業や地球環境での作業もできます」
「実に日本らしい取り組みだね…それで、電脳は作れそうなのかね?」
電脳というと、昔のアニメにもあったSFの技術。今では実現の少し手前まで近づいているのだとか。
「電脳に関してはやはりAIには荷が勝ち過ぎるところですね。むしろ今は遠隔型に転換しようかと思っています」
ボクはたまらず、「何の話なんですか?また脱線しちゃってますよ」と言う。
「おっと、これは失礼。米国から入手した3つのことを話すんでしたね。では、まずは"リアルにおいてのAIたちと係わりのありそうな人物のピックアップ"の話からしましょうか」
小野さんはそう言うと、自身のミニスカメイドのスカートを一瞬だけ視界に入れて、「妙な感覚ですね」と呟いた。




