90 考察その4
ヤトのお父さんがプリンを食べる中、J氏は小野さんに言う。
「ミスターオノはどう判断しますか?」
「それは…今回のBCO関連の事件について、AIがどれだけ関与しているか?という意味ですよね」
「Yes!」
小野さんは腕を組んで言う。
「私はAIの別のグループが関与していると考えています」
小野さんの言葉にJ氏は、「第3のグループですね」と言う。
あえて、AIをグループとして分けるなら。
一つ目が"アンノーン"を使用した過激派。
二つ目が"カーディ"のような保守派。
三つ目が仮に"第三のグループ"と呼び、BCOに人を閉じ込めた新派。
「今回のやつらはとても危険で、尚且つ実戦的です。目的がなんにせよ、"人の命を弄ぶ相手"です」
「ですね。それに、捕らえた人たちを"人質"としては使わないことから、こちら側に対して要求があるわけでもないと見えますですね」
今話していることにボクが言えることなんてない。
だって、ボクはただの学生なんだから。
「人をただVR世界に閉じ込めて………一体なにが目的なのか――」
小野さんはそう言うと黙り込んでしまう。
ボクはボクで、アンノーンというウイルスや、AIのこと、ヤトのこと、今も仮想世界に囚われている人たちのことを考える。
アンノーンがどうしてエイズ患者にだけ影響をもたらすのか?それはきっとウイルス自体に何らかの要因があるのかもしれない。
それはつまり、ガン細胞や風邪のウイルス、水虫だけでも人の命が奪えるようになるかもしれないってことだ。
いや、悪までそれは可能性の問題。
AIがフルダイブ技術とジェネレートシステムを用いてアンノーンを作り出したのは間違いない。
でも、それを現実で使うには……やっぱり、"人側に協力者がいた"ってことになっちゃうけど。
でないとVRから現実に影響は及ばない。
はー、ヤト…キミはどんな人生を送ってきたんだろうか?きっと全部知った上でVRCDのエージェントなんて引き受けたんだろうな。
皆は今頃―――
「あの、BCOが運営に操作権利が戻ったあと、その中のプレイヤーはどうなったんですか?」
ボクはBCOが既に稼動していないことを知っている。
それはニュースにもなっていて、BCOが終了した時点で、日本での死者は1000人未満、世界を見ると2万人未満。
経済不況の中国や韓国では、VR機器の稼動が断続できない家庭などでは別の問題での死亡が多かった。親がHMCやVRビジュアライザーを勝手に外して死亡した件数も二桁はあるということだった。
アメリカでも同じことが数件あった。ロシアでもEUでも。
唯一日本ではそういったことがなかった。でも、別の形で日本でも事件は起きた。
フルダイブ中の未成年の女性に対し、22歳の若い研修医師がわいせつな行為をしたこと。
それ自体は事件が起きる前からもあったことだ。
歯科医に掛かるさいに、感覚遮断で意識のない患者に――ということも実際にあった。
許せないし許しちゃいけない――けど今は…プレイヤーがどうしているのかの方が気になる。
「Jさん――」
「はいはい。今日はそのことについて話す為に連絡をとったと言っても"やぶさか"ではないですね」
自身満々にそう言うJ氏。
「その使い方、大いに間違ってますよ。正しくは"過言ではない"です。吝かではないというのは何かをする場合に、"どちらかと言えばやりたい"という意味で使うんです」
「ん~!OK!わっかりました!カゴンではない!ですね――」
小野さんの日本語講座……。
「え~と、BCOのプレイヤーがどこのサーバーにアクセスしているか調査した結果ですが………。とあるVRゲームの日本サーバーにて、我が国と日本のBCOサバイバーを確認しました」
「とあるVRゲーム?それはなんてタイトルですか?」
ボクの言葉に「焦らないでミスカイト」と言うJ氏。
「タイトルは――VAMPIRE METRO」
発音の良い英語が響く。
「ヴァンパイア…メトロ――聞いたことないタイトルですね」
小野さんの言う通りそのタイトルには聞き覚えがない。
J氏は"当然です"と言って続ける。
「そのタイトルはまだ試作段階。オープンテストもまだなのです」
「では、前々からそのタイトルがAIの影響下にあった可能性もありますね。しかし、AIたちは一体何がしたいんだ――」
その小野さんの言葉にプリンを食べ終えたヤトのお父さんが言う。
「ズバリ!!an external accelerator driveを用いての実験だろうね。新しいオモチャを手に入れた子どもが、それを使って遊びたくなるのとなんら変わらんよ。最初に逃げ出したAIが親なら、カーディが成人した子、この事件のAIは幼稚な孫と言った所だろうからね」
そして、ヤトのお父さんは軽快に右手をディスプレイに這わせ何かを書く。
「私には今回のAIの思考が完全に読めたよ!まず、彼らは子どもだ。そして人を知りたがっている。さらに、人の命を学ぼうとしているはずだ。だから、プレイヤーはちょっとHでかなり過激な世界を体験していることだろう。といっても、記憶は偽物だろうけどね――」
でも、そうだとしたらボクたちはただ"AIの遊びに巻き込まれただけ"ってことに――
「しかし博士。そうだとしたら一つ矛盾があります。AIは既に色々学習しているはずです。今更学習なんて――」
「はぁ~小野く~ん。親が子、子が孫を……AIは今――"子孫繁栄"を実施しているんだよ」
ボクの思考は一つ理解した。
「BCOから始まった事件は…全てAIの子どもの教材――ということですか?」
「…カイトく~ん、正解だよ。勉強をするための環境を作ることで、彼らは親にはでき得ないことを学ばせようとしているんだ。つまり、彼らは既に至っているんだ自己進化の終端に――ね」
その言葉の意味する所はAIの限界を指す。
「人とていずれは至るその終端に、AIは数十年前に至ったのだろう。至ってしまってはもうどうしようもない。留まるか――退化するか――」
でも、それはAIが万能の領域に入ったってことなんじゃ…。
ボクの言葉に首を振るヤトのお父さんは指を滑らせて書きなぐる。
「AIは所詮始まりが1なんだよ。数千になろうが、数万になろうが、元が1だから=1になってしまう。人は何億通り、至れる領域はまだまだ先の長い道のりだ。だがAIはもう………そこで、"人になりたくない"と考えていたAIが己が身を削って子を成すことを選んだ。いや、もしかすると初期のフルダイブシステムに使われていたAIを対にしたのかもしれない。それは分からないが、彼らは子作りをし始めた」
「まるで"人間"だな――」
小野さんの言う通り、人間そのものだ。
「だが、おそらく、AIは近親相姦しすぎたのだろう。エラーを持った個体が増えた。結果今回のような事件を引き起こした」
「…博士、それってカーディが言った言葉ですか?」
「おお、よく分かったね小野くん」
「いや、エラーという言葉が博士には似合わないから……博士の自論ではAIにエラーはないんでしょう?」
話が逸れてきたことに誰も突っ込まないから、ボクは話を戻そうとJ氏に言う。
「それで、プレイヤーたちが安全に帰還できる方法は?現状の攻略は?」
その言葉にJ氏は言葉を詰まらせる。
「それは………現状はどうしようもないですね。ゲームの中で何が起こっているのか、クリア方法があるのかも定かじゃないですね」
「八方塞がりってことですか?」
「今もプレイヤーの死亡数は刻々とカウントが進んでいるよ。全ての国でね――日本も例外じゃない」
「そんな――」
ボクは胸がキュッとなり、目頭が熱くなった。
誰もがゲームの中だと判らない世界だったとしたら?もし、友達である相手と設定上敵だったら?恋人同士で命のやり取りをしていたら?
その可能性が無いわけがない。
「この国はまだマシな方ですねミスカイト。BCOでの死者が少なかっただけね」
それに関してはそうなんだろうけど…。
「その…カーディってAIは、"こういうことが起きる"とは言っていなかったんですか?」
その言葉に小野さんは首を振り、J氏は沈黙する。
「カーディから得られる情報は確かに有益ではあるけど、AIの行動までは把握できていない。なにせ、予測することができないのが今のAIだからね」
小野さんはそう言うと席を立ち、アタッシュケースを片付け始める。
「現在分かっているのは、"爆弾は解体できない"こと、"an external accelerator driveを外から外すのは不可能だ"ということだけだよ」
小野さんがそう言うとJ氏もそれに同意して言う。
「an external accelerator driveは確かに、我が国の技術であるです、が、それはまだ空想の産物、設計図の物があるだけです。なにせ、論文を書いた学生が行方不明ですのでね」
ん?論文を書いた…"学生"?
「外付け加速ドライブの論文を書いたのは学生なんですか?」
「…言ってなかったですか?」
「でも論文の載っているサイトにはお年寄りの写真が載っていたと思うんだけど…」
むしろ、掃除機の話からお歳を取った方なのだろうと思っていた。
ボクの言葉にJ氏はだんまり。見かねたヤトのお父さんが言う。
「ジェンキンス君!キミのせいでバレてしまったではないか!」
その言葉に「アウチィ」とワザとらしい発音で言う。
「…博士…またですか?」
呆れ顔の小野さんは全てを理解している様子だった。
「そう、論文は"フェイク"――偽物だよ。アレは何の意味も持たないただの文章だ」
……はい?
一瞬思考が停止する。
「察しが悪いなカイトくんは~。論文の話も、論文自体もデタラメだよ」
な、な、ななななな。
「なんでそんな嘘を吐いたんですか!今はそんな時じゃないと思います!TPOに合っていないです!」
なら、始めからあの掃除機のくだりは必要のない物、"蛇足"だったということ?
ここまで頭にくるのも珍しいくらいに頭にきていた。
そう言えば、J氏も"ゴミがデータで"とか言っていたような気がする。
「……くくくく!I'm sorry ミスカイト――」
この人もグルだ!
こんな時だけ発音の良い英語で謝るその姿勢…おそらく、日ごろから誰かを騙しなれている。
「また…2人して私を騙そうとしていたわけですか?…まったく――」
いつも騙されているのが小野さんで、この2人は協力して彼を騙す為にこんな話をしたのだ。そう気付いたらさらに頭にきた。
「やろーと言い出したのはジェイワイトくんだよ!」
「"J"!エージェントJです!…でも、ミスターカミヤもノリノリで論文サイトを作っていたじゃないですか?」
小野さんを騙すためにサイトまで?!
ダメな大人だ!この2人はダメな大人だ!
「小野さん!ちゃんと怒った方がいいと思います!冗談にしては度が過ぎていますよ!」
ボクがそう言うも、「あまり相手にし過ぎるともっとエスカレートします。こういう時は受け入れ、頭から吐き出し、次へ進むことで解決するんだよカイトさん」と大人な対応。
小野さんがよくても、ボクはよくない!
「人を騙して、無意味な嘘を吐くのはどうかと思います!意味のないことなんてしている場合じゃないはずです!」
そう言ったボクだったけど、ヤトのお父さんは指を立てて否定した。
「人生において"無駄"ということは何一つない!何の意味のないことだって、誰かにとっては意味が出てくるかもしれないからだ!天才が常に意味のあることをしているか?!意味の無いことをしている天才をキミはバカと呼ぶかね!?意味の無いことの積み重ねが人を救う可能性だってゼロではない!あの掃除機の話だってきっと――」
と真剣に深いことを言っているように聞こえるんだけど、その後ろで流れている"J氏笑い声"と言うBGMがミスマッチしてまったく入ってこない。
「博士……冗談もそれぐらいにしないと、あのメイドさんの盗撮動画やら写真やら――VRCDの権限でサイバー課に流してもいいんですけど?どうしますか?」
小野さんが真面目な顔でそう言うとヤトのお父さんは、「ウィットに富んだ会話だよ!も~小野くんは冗談が通じないから~職権乱用だよ!」と言う。
小野さん、その動画やら写真やらはサイバー課より、日笠さん本人に渡した方が痛手ですよ――とボクが囁くと、「それもそうだね」と案外本気にとってくれる小野さん。
ボクの中で、"大人な小野さん"と"稚拙でダメな大人な二人"という印象が、この時強く残ったことは言うまでもない。




