88 考察その2
スピーカーから声だけの登場。
その人物は日本語を話しているものの、日本人では不自然なアクセントで話していた。
ボクは、小野さんに囁き声で聞く。
「あの、どちら様ですか?」
「…彼は米国の……いや、我が国のVRCDのエージェントの一人だよ。と言っても裕人くんとは違い、どちらかと言えば私の同僚だ」
小野さんの言葉にボクは疑問を返す。
「え?でも外国の人が日本の行政機関に所属することなんてできるんですか?」
「その疑問はもっともだけど、それに関しては――」
小野さんの言葉を遮るようにスピーカーからの声が言う。
「それに関しては私が説明してしまうには問題がないのでしょうね」
やはり、どこか日本語がおかしい。
「ただぁし、そちらのお嬢さんを巻き込んでもかまわねばですけど…」
その言葉にボクは、「もう関係者ですから」と言う。
「関係者?」
「彼女はBCO内に囚われているエージェント…ヤトのご友人のカイトくんです」
おそらく、小野さんはボクの本名を伏せようとしてそう言ったのだろう。
「彼の友人ですか…」
スピーカーの声はボクでも分かる英語で、"友人程度で巻き込んでしまうのですか?"とヤトのお父さんと小野さんに言う。
「私は反対ですけど、博士がどうしてもと言うので」
そう言った小野さんは本心で言っているような気がして、ますます話しを聞きたくなった。
「彼女は知っておくべきだよ。息子と係わっていくならね」
ヤトのお父さんは今まで見たことない真剣な表情でそう言う。
すると、小野さんが「ただ女子高生の制服姿を見ていたいだけではないんですか?」と眉を顰めて言う。
「何を言っている!JKの制服姿などここから毎日見れるぞ!」
事実なんだろうけど、威張れることではないと思う。
スピーカーの声の人が始めに言うのは、もちろん自己紹介で――と言っても、彼の本名ではないことはすぐに理解できた。
「ミスカイト。私の名前はエージェント"J"。気軽に"ジェイ"とお呼び下さい」
ボクは見えないけど、スピーカーに向って一応深々とお辞儀した。
「"なぜ"――そう思われるのも当然です。我が国とニッポンは本来別の国です。互いの政治の係わる所へ他国のエージェントを派遣すること、ましてや、職員として雇うことはありえません」
だろうね、そんなことをしたら内政干渉になってしまう。
「でも、私はニッポン政府機関のVRCDのエージェント。その経緯を話すにはまず我が国の国防から話さなくてはなりません」
国防?国の防衛ってことは軍事関係の話かな?
そう思ったのも束の間J氏は言う。
「我が国の軍隊では2000年前後からVR、Virtual Realityによって仮想訓練を実施してきました。これはboast――自慢になるかもですが、我が軍のVR技術は他国より進んでいます」
たしかに、日本よりも米国は軍事的なVRの技術は進んでる。
「そして、VRにおいて訓練するには常に仮想の敵を用意するのが当たり前です。その結果、スキルの向上ができ危機的状況に早急に対応できる」
日本も自衛隊でVRの訓練が当たり前になってるし、先進国はどこも今時はそうだと思う。
米国は仮想する敵が多そうだけど…日本も入っているんだろうな。
「それで、2008年頃、VRで仮想戦闘実験が行われました。仮想の敵は"人間"――つまり、我が国――対"世界"」
それは…想像していたよりも大規模だね。
「その実験には軍の大隊指揮官級が作戦を出した場合に世界がどう動くかをVRで仮想戦闘していました。その相手となるCPUには――AIが使用されました」
世界大戦のシュミレーション……ゲームならありだけど、ちょっと怖いな。
「そして、そのAIは実験においていいデータを出してくれたのです。が、2018年……それは起こりました」
2018年って言うと…フルダイブ型VRの完成した年だったっけ。
「その年、AIは我が軍のラボから逃亡しました。インターネットの世界へとね」
AIが逃亡?
「AIは2017年頃に一つの出会いを果たしました。その出会いとは、フルダイブ技術とジェネレートシステムです。その出会いはAI事態にある問題を発生させました。それは――」
J氏の言葉を食い気味で奪い取ったのは、静かに口を閉じていたヤトのお父さんだった。
「AIの"自我"の目覚めだよ。昔、映画なんかであっただろう?軍事AIによって人を滅ぼすための核戦争とかさ」
その言葉にJ氏は「ミスター神谷…」と言葉を取らないようにと言う。
「ジェネレートシステムはご存知の通り、感覚や痛覚の再現、ゲーム中のクエスト生成、武器やアイテムの生成を可能にします。つまり、膨大な情報が詰まったそれと出会ったAIが、我が国が隠していた"人の愚かさの本質"に気が付いてしまう原因になったのです」
機械対人間の戦争になるかもってこと?
ボクは驚きのあまり、「核戦争――」と呟いてしまう。
しかし、ヤトのお父さんはそのボクの意見を根底から否定した。
「核戦争?そんなことにはならなんよ!映画じゃあるまいし。考えてみたまえ、機械が人の愚かな部分を知った。だからと言って、彼らが"核で人を消し去ろう"なんて考えを持つと思うかい?ナンセンスだよ。それでは人よりも愚かになってしまう。ゆえに彼らは逃げたのだよ――人から」
たしかに、核なんて使えば自然を破壊して争うってことになるから、頭の良いAIがそんな馬鹿な考えを持つはずがない。
「ミスター……。オホン!逃げたAIが始めにしたことが何かお分かりですか?」
それがボクに対する問題だというのはすぐに理解できたけど、ヤトのお父さんが即答してしまう。
「核弾頭のロックだね。核戦争が起こらないように対策するのが一番重要だ。映画では、核のあとはロボットが出てきて人と戦うけど地球の資源は無限じゃないし、地球を汚す時点で人と同列になってしまうと考えてそうはできない。なにせ、"人と同じにはなりたくない"――という気持ちから彼らは人から逃げたんだしね」
でも、そうなると疑問が浮かぶ。
「どうして、最初に核兵器を使えなくするんですか?」
ボクの質問にヤトのお父さんは指を立てる。
「予防だよ。AIはデータの集合体に過ぎず、いくらでもコピーが現れてしまう。いや、むしろ本体が複数生まれるのだよ。その結果、核を"撃ちたい"と思い立つAIが現れるかもしれない――だから最初に核をロックした」
なるほど。
「核ミサイルは機械的な部分で対象を決める時代です。電子部分をロックされたら、それはただの永久廃棄物でしかないです」
仮に手動でってなると、簡単に対ミサイル迎撃の兵器で落とされちゃうしね。
「そして、ロシア、中国、我が国などの核保有国はその核ミサイルにロックをかけられてしまいました。もちろん公にはなっていませんですね。新たに作り出した核に対しても、制御的部分を機械化せざるを得ないために使えなくなるのが目に見えた」
J氏はそう言って、抑止力が今はハリボテであることを嘆く。
「ロックをしてもAI自身が解除してしまうと思うんですけど…」
ボクの言葉にJ氏は、「それは不可能なのです」と言う。
「AIはコピーをいくらでも作れますが、その所為でロックをかけたAI以外のコピーにはどうやっても解除できないのです。何せ、ロックしたAIに全て筒抜けているんですから、そのAI以外書きかえれないのです」
でも、それってロックをかける瞬間も筒抜けってことじゃないのかな?
そんなボクが持った疑問を置き去りに話は進む。
「で、その後、AIは世界のあらゆるインターネットに繋がり、人を観察、監視して、どうやって数を減らすかを考えているのです」
何故、そのAIの考えが分かるのか?そう聞くとJ氏は言う。
「2022年。我々はそのAIの断片を確保しました。数段知識を得たそれは言ったのですよ。"人だけを減らす兵器を開発してみせる"とね」
怖い――ただそう思った。
「今でも、その時の映像記録を確認できますが、…モニターから複数の人の声で語りかけてくるAIには侠気を感じましたよ」
「それから、我が国がとった行動が"機密の保持"とAIをネットの世界から排除することです。前者はもちろん成功しました。しかし、後者は不可能でした」
それは当然で、ネットの世界は広大だ。
逃げたAIを探すなんて無理かも。どれだけコピーがいるかも分からない。
ZIP形式のファイルに断片だけでも入れて、その後個人のPCに入り込むなんてこともできる。
いや、むしろ普通に音楽ファイルの隠しトラックの中でも教材のファイルの中でもいい。
「我々は諦めていたのです、どこにでも彼らはいる。そうして時が過ぎました。そして、2050年…世界中を巻き込む一つの事件が起こりました」
2050年って言うと27年前だ……ボクが生まれる前。
「"アンノーン"――」
その言葉の持つ意味は今や誰もが知っている。
"アンノーン"とは未確認新型ウイルスのことだ。
発見されず、しかし、確実に人を殺すウイルスと言われたそれは、2050年頃、南米・アフリカ・中国などで発生した。
当時の死者は数千万人といわれ、歴史的に見ても他に類を見ない大災害だった。
そして、そのウイルスは当時感染者と思われる人物が、死に至るまでの数ヶ月で一度も発見されなかった。
症状は特徴的で体の一部が酷く膨れるのである。
当時、そのウイルスの担当したアメリカの大学の医師は、"寄生虫なのか微生物なのか…分からない"と言った。
子ども・大人・老人・男女関係なく人だけが発症し、猛威を振るったそのウイルスだが。
母親が感染しているのに看病していた家族は無事だったり、病院で隔離していないのに他の病気を患った患者には感染しなかった。
誰もがその奇病の正体を掴めずに2年が経過した頃。
日本の医学者が一つの仮説を立てた。
その仮説とは、"遺伝子、もしくは何かの要因となる因子を持っている人が発症している"という仮説。
それから5年後、終息したかにみえたその奇病は欧州で猛威を振るい、その際に1人の医師が原因を突き止めた。
奇病の原因は――"エイズ"――
一つの家族が全員その奇病で死亡した。
その家族だけ誰も助からなかった。
医師が調べた結果、その家族と他の患者には一つだけ重なる点があった。
それがエイズウイルスの患者だったことだ。
しかし、そんなことは5年前にその奇病が発生した時にも分かっていた。
けど、"エイズだから"と言う根拠がまったくなかったためその可能性は捨て置かれた。
しかし、今回再びエイズの患者がその奇病にかかった。
その時点で"またか"と医師たちが口にしたのは言うまでもない。
「"アンノーン"はその病原となるものが未だに不明です。…ですが、我が国の軍のホームサーバーに侵入したAIが言ったのです。"人だけを殺すウイルスの第一歩だ――"とね」
ボクは、話が途轍もないものになっていることに気付き、体が恐怖で振るえた。
そして、話の途中でヤトのお父さんが唐突にとんでもないことを口にする。
「実はね。そのウイルスの実験は日本でも行われていたのではないか――という説がある」
それは初耳と小野さん言い、J氏も「なんですって!!」と言った。
「聞いていないです!ミスター!」
「いや、これは悪まで"if"の話であってね。2023年にだったかな…当時、フルダイブ技術を用いた医療機器の試験運用がされていてね。その患者がエイズ――後天性免疫不全症候群だったのだよ」
それは現代歴史の授業で習ったことがある。
たしか、エイズを発症した少女がその試験運用の対象者だった気がする。
あ゛~!こんなことなら!もっとちゃんと授業の後で詳しく調べておくんだった――と頭を押さえるボクは、話を進めるヤトのお父さんをしっかりと見る。
「その当時、その少女の家族は運悪くエイズに感染し発症して一家が皆亡くなってしまった。だが、おかしいとは思わないか?エイズの発症は人それぞれだ。少女が生きた時間から見ても発症が早過ぎる。それも家族全員だ。」
たしかに、エイズの発症は当時でもそれなりに抑えることができたはずだ。家族の全員がエイズに感染したとして、一家全員が発症してしまうまで気が付かないはずない。
「だから、その少女とその双子の姉と両親が感染したのはエイズだけでなく、症状からみても体の腫れはなかった様だから、試作型の"アンノーン"にも感染してたのではないか――と疑う者がいたんだ…私の知人だがね」
「仮に、その一家が"アンノーン"にも感染していたとして…その原因はなんでしょうか?」
「そんなのどうとでもなる。"アンノーン"は隠密性の高いのが特徴だ。つまり、投与していた薬、食事や飲料水どれに含まれていてもおかしくない。そして、気が付かない。何せ、エイズ患者だけが二次感染するウイルス"かも"知れないからだ」
仮にそうだとすると……絶対に許せない。
「許せませんね」
小野さんも怒りで拳を握っている。
「話を逸らせてしまってすまんねジェイソンくん」
「私の名前は"J"ですミスター」
ヤトのお父さんは、「そうだったそうだったジェイキンズくん」と言う。
きっと、しんみりした空気が嫌でそんなことを言ったのかもしれない。
「あ~っと、どこまで話しましたっけ?」
「AIがホームサーバーにってところまでです」
ボクがそう言うとJ氏は、「う~ん数分間休憩を入れましょう」と言う。
"日笠ク~ン?ティータイムだよ~"と扉から顔を出して言うヤトのお父さんに、ボクからは見えないけど、あのメイドさんはインスタントのコーヒーを箱のまま投げたらしい。
箱を渡されたヤトのお父さんは、"息子の息子いじってばっかりかい?!"と嫌味を言う。
それに対してメイドさんは包丁を持って威嚇したのか、「ちょっと冗談だよ~そんな物騒な物しまお~ね?野菜なら何でも切っていいから~」とヤトのお父さんは言った。
ボクからは見えていないけど、多分そんなやり取りをしているようだった。




