87 考察その1
2077年8月。
都内某所―――個人所有の億ション4階。
ボクは総務省情報流通行政局情報流通振興課情報犯罪対策室仮想現実管理課という、長い長い長い名称の行政機関に務めている小野さんとヤトの家の玄関で再会した。
小野さんは、「また会ったね」と言って靴洗うために足を例の靴底専用洗浄機?に右左と靴を履いたまま足を入れる。
彼はボクに帰るのかと聞いてきた。そうです、と答えるとその帰る道を手で遮る。
「なんですか?」
「小野坂凜さん……知っていますか?」
「知ってる?ってなにをですか?」
小野さんはその足を洗う洗浄機を指さして言う。
「ここに隠しカメラが設置されています」
ボクはその言葉に「……え?!」と反応してしまう。
「ほら、この機械を使って靴を洗うには少し足を上げて、その時身長が小さければこの影の部分に仕込まれたカメラが下からのアングルを映してしまえる」
この家の主ならそういうことをするのだとボクは最近理解したばかりだ。
小野さんの言葉は信じるには十分だった。
「ちょっと失礼します――」
ボクは小野さんと機械の間に立ってそれの周辺を詳しく調べた。
しかし、カメラらしき物は無くて「ありませんよ…カメラ」と言う。
そして、背後の小野さんがボクの首に付けた携帯端末に触れるととても低い声で言った。
「今キミは、そうかも知れない――という情報で私を信じましたね。その所為で今、キミの首に付けた端末に触れることができた」
ボクは"だったら、なんなんですか"と言う。
「もし、仮にボクがハッカーだったら?この瞬間キミの個人情報は全て相手の知る所となってしまうわけだ」
「…………」
「可能性を疑うのは大事なことだけど―――"可能性に殺される"ことだってありうる――という、人生の先輩からの助言だよ」
そう言った小野さんは端末に触れる手を離した。
「やはり、一般人のキミを巻き込むべきではないと私は思うのだけどね」
そう言うと小野さんは私を手招きしてヤトのお父さんがいる部屋へと入って行く。
ボクは首を傾げながらもその後を――の前に、もう一度その靴を洗う機械を確かめる。が、やはりカメラは見当たらなかった。
部屋に入ると、小野さんは壁際から立てかけてあった埃の積った椅子を持ち出す。
「これを使った方がいい」
差し出された使い捨てのマスクを言われるままに使う。
小野さんもマスクを付けるとその椅子の埃を洗濯済みのタオルでバンバン叩いて手渡してくる。
それを受け取ると、もう一つ埃の積った椅子を持ち出しバンバンと叩いた。
そうすることが分かっていたのか、ヤトのお父さん、神谷博さんが窓を開けて「ほ・こ・る~!」と叫んでいる。
それだけ見ても、普段からあの赤いメガネの似合うメイドの日笠さんがヤトの為だけに働いているのが分かる。
小野さんは空気清浄機に手を伸ばし、10分ぐらいでその口元のマスクを外した。
「もうマスクは必要ない。ほら――」
そう言って手を出した小野さんに、ボクは何の疑いも無く自身が使ったマスクを手渡した。
「神谷博士。これが例の物です」
小さなアタッシュケース、その中身はボクを含む――日本で約1万人がBCOに囚われた原因の小型爆弾。
「うむ。これがブラックボックス……黒い箱か――でこれは爆弾がもう機能していない奴かい?」
「…もちろん。当たり前でしょう。大体、博士の言う通りにして"爆弾解除前"のそれを持ち出したなら私の首どころではすまないのですよ」
確かにそんな無茶な要求は通るはずがない。
そんなのボクにでも分かる。
「爆弾の解除方法は分かっているのだろう?なら、とっとと外せないのか小野くん」
「確率が3割にも満たないことを強行できるとお思いですか?人の命が係っているですよ」
小野さんの正確な意見にヤトのお父さんはそれ以上は何も言わなかった。
って言うよりも、既に興味がそのボックスに移ってしまっているようで。
「ふむふむ、なるほど!…あ~、つまりは――で?そうなっていると!ふむふむ」
リアルでふむふむという言葉を使う人を初めて見た気がする。
ヤトのお父さんはしばらくそうして見るだけだった。
そして、見終わると彼は言う。
「解体しない方がまだよかったかもだよ」
その言葉に小野さんは真剣な面持ちで「なぜです」と聞く。
「高度なブラックボックス?解析不能だと?何を言うかね……これは米国製だ――」
それは政府が発表したこととなんら変わりない言葉。
「それは分かりきったことです」
小野さんもそう言いニュースを見なかったのですかと手を開いた。
「ああ、政府の見解――違う違う!そうではない。完全にこれは米国製の代物だ。私から言わせればこれを作ったのは米軍であると断言できる。半年前に実際にこれの開発の論文を読んだことがある」
ボクはその言葉の意味が分からなかったが、小野さんは一層険しい顔をしていた。
「…なんてことだ――上が頭を抱えるわけだ。数年先のテクノロジーとは軍で作られたものという意味だったのか」
「そうだ。一般に対して出回るハイテクは基本、軍事副産物の流用だ。爆弾がどうかはしらんけど、これは間違いなく米国製だ」
ボクは理解するのに頭がいっぱいで話に入れない。
「それで、中の構造はどうなっているんですか?博士――」
小野さんの言葉にヤトのお父さんは液晶のディスプレイを持ち出し、それに触れて操作する。
「この機械はショートスイーパーだよ」
「は?ショートスイーパー?」
直訳すると"短い掃除機"のことになるけど。
「密閉されたゴミの詰まった箱に掃除機を直付けすると何が起こる?」
それはまーゴミが掃除機に吸われる?
「中の空気が無くなるまではゴミを吸えると思います」
わ、分かってましたよ、ボクだって。
「そう、密閉された箱の中からゴミを吸うと空気が無くなるのは必然。なら、箱と掃除機の間に短い筒を挟みその筒にありったけの穴を開けたらどうなる?」
「おそらく、その筒の穴が詰まらない限り全てのゴミは吸いだせるかと思います」
ボクもそう思う、と肯いてみる。
「そう、では何故"密閉された"箱から空気が無くなってしまわないのか――」
ボクは食い気味で、「それは筒に開いた穴から空気が入っているからです」と言う。
「そう、ならば今度はその筒の穴に内側からフタを付けてみよう。これで再び箱は密閉状態だ。そして、掃除機のスイッチを入れるとその穴が塞がっているために、やはりゴミを吸い出すことは空気が無くなるまでの間になる」
だね。
「いいえ、ゴミは全て吸い出せると思います」
え?なんで?
「筒が付いた状態でならゴミよりも空気の方が多くなり、実質箱の中のゴミが無くなるまでは掃除機も動くでしょう――」
「そう!でも、本当にこの実験をしたら、箱ではなく袋でも使わない限りは少量のゴミが残ってしまうんだけどね。もしくは吸引力の優れた掃除機を使うか――」
つまり――何を言いたいのですか?ボクの頭ではもう"掃除機"の話で終わっちゃったんですけど…。
どうやら小野さんも痺れを切らしている様子だった。
「つまりだね。この例えば箱がHMCとして、ゴミがデータ、掃除機がデータをコピーする機械、空気がデータをコピーする要素…CPUやらメモリやらだ」
「だとしたら…筒がそのショートスイーパーなんですか?どういう役目をするんです?空気を増やすということは……CPUやメモリが関係してくるんですか?」
ならどうして掃除機とゴミの入った箱に例えたんだよ。さすがのボクも怒ってるんだけど!
話をややこしくしたヤトのお父さんにちょっとだけ怒りを覚える。
「仮に、PCを掃除機としよう。いや、もしかするとHDDかもしれないし携帯端末かもしれない。ゲーム機である可能性もあるが――それは今はどうでもいい」
ヤトのお父さんはディスプレイを数回触って絵を表示する。
表示された絵は彼が書いたであろう女性の胸の絵だった。
それを削除したあと、すぐに四角い箱を書いてに"PC"と書き足す。
さらにその横に四角い箱を書き、"HMC"と書いて指さす。
「ヘッドマウントコネクトは毎秒数十から数百メガバイトのデータを処理していて、それに加え首の端末との通信、脳からの電気信号の一切を記録したり、平常の心肺機能を持続させるためのデータも首の携帯端末に送っている」
「ネックフォン…端末には神経系に直接働きかけ、心肺を動かす機能が備わった。それがHMCの存在を成り立たせている理由ですからね」
「そう、元は医療系のメーカーだった妻の恩師の会社が携帯電話会社と提携して心肺機能の維持装置を組み込んだ携帯端末を開発したのが、そもそもHMCの開発に繋がったのだ」
2人の会話に加わろうとボクは自身の知る知識をフル活用して言う。
「フルダイブの技術は元々完成形のものがありましたよね?初期型のなんたらギア?ってやつは心肺機能の維持もできていたと思うんですけど」
ボクの言葉に小野さんは言う。
「アレはネットワークに繋がる場所でないとフルダイブできないものだったからね。よくできていたけど…ほら心臓の悪い人は使えなかったりしたよね」
昔は今より、もっと厳しい制限があって"誰でもどこでも"なんてのは難しかったて聞くし。
「それに比べると携帯を利用してネットワークと繋がれて、それでいて心肺機能を維持できるネックフォン……何故かいつまでも電話として成立させようと、名前に"フォン"を付けるんだ!電話会社の意図が分からない……馬鹿なのか?」
唐突に携帯電話会社をディスリスペクトする小野さん。
……疲れが溜まっているのかな?
「小野くん…それは携帯電話として彼らが作っているからだよ。インターネットができようが、ゲームができようが、IEDとして使えようが、アレは"電話"なんだよ」
そう言えば昔のスマートフォンってのに、IED――即席爆発装置のとしての機能を搭載した物をどこかの国が作って国際的にバッシングを受けてたな…。
「小野坂凜く~ん、話題を逸らさないように!」
お、怒られちゃった…お客のスカートの中を盗撮しようとした人に。
思い出してついつい頬を膨らませてしまう。
あ、いけない、これはヤトにまた「子どもっぽいぞ」と言われてしまう。
「そしてだ!このショートスイーパーは"本来"はこのHMCと端末間でやり取りするデータなんかを外部から拡張して補助するためのものだったんだ」
え?なんでそんなものに掃除機なんて名前を。
「どうして掃除機なんですか?」
小野さんがボクの心の中の言葉を代弁してくれた。
「それは…………」
それは――
「それは?」
「知らんよ!」
え~。
「えー」
「仕方ないだろ?論文は見たがどうしてそんな名前なのかに興味が湧かなかったんだもん」
ちなみに、それを検索したが全て英語で、和訳した結果『掃除機使ってて思いついたから』だった。
「もっともHMCと携帯端末ではなく、米国のアレ……なんだっけ?」
「VRビジュアライザーですね。別名が確かニュ――――」
「そうだ!それだ!そのなんたらってやつの補助システムなんだよ。純粋に仮想空間にダイブする技術ならあっちの方がコンパクト化が進んでいる。何せHMCと端末の役割を一つでこなしているんだからね」
「でもアレは不完全な物だと博士も言っていたでしょう」
「まぁね。アレに関しては製作者本人がそう言ったからね」
ヤトのお父さんがそう言うと、突然にスピーカーから知らない声が聞こえてくる。
「ミスターカミヤ。もうそろそろ私も参加してもよろしいですか?」
その声の印象は日本人ではないとボクは思った。
小野さんは誰だか検討が付いている様子で言う。
「博士…彼にも声をかけていたんですか?それに通話なんて――」
「安心して下さいミスターオノ。この回線は秘匿回線で通常の電波に乗らない」
その声の主が一体誰なのか、ボクにはまったく検討が付かなかったけど、話が勝手に進んでいくのは面白いものでもなかった。




