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86 最良の……


 廃ビルが倒壊する。

 その原因はブラッドリーの攻撃と言えるし、クリフの攻撃とも言える。

 互いの攻撃で傾いていた廃ビルがついに倒壊し始めたのだ。


 北側にあったその廃ビルは東側へと傾きが一層増して、その上を走るブラッドリーは口元に笑みを浮かべ。

 向う先に待ち構えるクリフは口元に笑みを刻んでいた。


 発射台から発射されたミサイルの如く、ブラッドリーはクリフを蹴飛ばした。

 しかし、そのクリフの手にはいつの間にか手に入れた有刺鉄線が握られていて、右手にその効果の継続ダメージを受けながら体の勢いを殺した。

 現実よりも鮮やかな血が右手から落ちるより早く、クリフはブラッドリーのもとへと向かう為に右手でその鉄線を引っ張った。


 勿論、ブラッドリーもその有刺鉄線のことを認識してクリフが戻ってくると理解してその場で待ち構えている。

 互いの体が当たるより前に拳が互いの頬に突き当たる。


 メリメリと音を立てて2人の体は弾きあうように吹き飛んだ。

 クリフは倒れる廃ビルの東へ、ブラッドリーはその廃ビルの中ほどへと飛ばされる。


 ブラッドリーは反動をつけて飛び起きると口から唾を吐くように血を吐いた。

 口元を拭った彼は助走を付けて廃ビルから飛び下りると再びクリフの眼前に向かう。


 倒壊してできたガレキの上に落ちたクリフはワザと受身を取らなかった。

 というのも、落ちる最中に"どうやってブラッドリーを屈服させるか"を思考していたからだ。


「いつまでも素手で戦っていてもだ……まったく、真祖というやつはどうしてこうも面倒なんだ――――」

 と言いつつもクリフは楽しげに笑みを浮かべている。


 立ち上がったクリフは戦闘から経過した時を考え、そろそろ眷属が第7真祖の所へと着いた頃だと考える。

 誰ともすれ違わずにうまくいっていればの話だけどね、と考えた彼は頭上から降ってくる廃ビルを見上げつつ彼女らを心配していた。


「隙を見せすぎたな……第2真祖――」


 幼い声はどこか不気味で、それでいてやはり幼い。

 クリフはやれやれと口に出し、『気配に気が付けない…ボクが後ろを取られる奴なんて――』とその人物が誰なのかを理解する。


「第5真祖………か!」


 カカトを蹴り上げ一回転するクリフ。

 蹴りは空を蹴り、その目に第5真祖のビル・エディル・U・クライブを捉える。

 そして、一瞬その右手に針はないが確かに注射器と分かるものを持っていた。


 咄嗟にそれが"不死でなくなる薬"だと考えるクリフ。

 腰に吊るしてある細剣を手に取り、一気に引き抜いてその注射を狙う。


 しかし、第5真祖は簡単に避けて注射器を使おうと右手を振る。


「体が小さい上にそんなにリーチのない注射器など当たるはずないだろうに!」


 クリフはそう言って細剣でその注射器を狙う。


「……完全に不意打ちだった……まさか避けられるとは思わなかった…声をかけた自分の落ち度だ」


「なら、一度退いて出直してくればいい――」

 空から落ちてくるモヒカン男を気にしつつクリフは第5真祖にそう言った。


 地上の様子が変であることに気がついたブラッドリーは、クリフと第5真祖の少し離れた場所に降り立つ。

 それを見たクリフは、「2対1ってのは想定内さ――」と言う。


「どうして第5真祖がここにいやがる?」


「あれ?こういう作戦だったんじゃないのかい?」

 クリフの言葉にブラッドリーは首を振る。


「ってことは第5真祖の独断―――」

 その瞬間クリフは考えた。


 コレが作戦でないなら、どうして第5真祖がここに来た?真祖同士が戦っているところへ薬を持った別の真祖が現れた理由。それは――"薬を試したい"から。


 クリフは第5真祖の無表情でマスクに隠れた口元ではなく、目が一瞬だけ笑みを見せたのを見逃さなかった。


「どういうつもりだ第5――」

 歩いて近づいてくるブラッドリー。


 動く金髪に隻眼の全身白い騎士服の第5真祖。


 舌打ちするクリフ。


 薬を持っているなど思っていないブラッドリーは、第5真祖の行動が自身への攻撃だと判断して身構える。


 異様に長い金髪が(なび)き、隻眼の第5真祖が細い目をクワッと見開くと朱色の瞳が怪しく光る。

 ブラッドリーが第5真祖の左手に気をとられ、右手に握る注射器は当てれば体内へと薬が出る構造設定。

 第5真祖の右手がブラッドリーに触れるのは確実だった。


 しかし、ブラッドリーの体が衝撃で押し飛ばされ、その視界にはクリフの笑顔と第5真祖の右手に持つ注射器がハッキリと認識できて全てを理解する。


 テメー、俺様を庇ったのか――


 やれやれ、男のために身を挺するなんてのはボクのガラじゃないんだけどね―― 


 ブラッドリーが右手で地面を押さえて体を止める。

 そして、顔を向けて目を見開いた。


 クリフがその場で膝を突き倒れて第5真祖が足で蹴り仰向けになる。


「なにしやがる!!」

 走り出したブラッドリーの前に右手が伸びる。


 右手の主は南側で戦っているはずの第4真祖のジャックだった。


「なんです?2対1で戦おうと来てみればもう第5真祖が来ているなんて――ね」


「止めんじゃねー!これは俺様とクリフの戦いだ!」

 ジャックを突き飛ばしてクリフに駆け寄るブラッドリー。


 第5真祖は少し距離を取って事態を静観する様にクリフを見ている。

 クリフの前で膝を折るブラッドリーはその姿に驚愕する。


 いつもは笑顔しか見せないその顔が激痛に歪み、腹部からは見たこともないほど血がドクドクと出ている。


「グゥゥ!あ゛あ゛!!」


 叫ぶクリフにどうして俺様を庇ったんだと聞くブラッドリー。

 傷口を塞ごうと手を伸ばすがその手はクリフによって止められる。


「触れるなぁ゛!グゥ!コレは体内への薬だが、触れただけでも何が起こるか分からない!!お゛あ゛!!」

 もがくクリフにブラッドリーは歯をむき出しにして第5真祖に叫んだ。


「テメー!!なにしやがった!!」

 その言葉に第5真祖は首を傾げながら言う。


「おかしい…あの薬は真祖が再生しなくなるだけのもののはず……どうして苦しんでいる?」


 ブラッドリーは唐突に第5真祖に突進する。

 が、その突進はさらなる乱入者によって止まる。


「第2真祖を3人がかりとは語るに落ちたな貴様たち――」


 珍しく筋肉以外のまともな会話をする、黒い肌にスキンヘッドの第3真祖エイデン・ロー。

 今もゆっくりと倒壊をしている廃ビルから飛び下りてきた彼はブラッドリーの前に下り立った。


「ちげー!俺様とクリフの戦いに第5真祖が出しゃばりやがったんだ!」


 エイデン・ローはその豪腕を振り回し、第5真祖に向って跳躍した。


「バカが!」

 ブラッドリーはエイデン・ローがクリフの二の舞になると思いそう言った。


 第5真祖は小さい体ゆえに簡単にエイデン・ローの豪腕を避ける。

 そして、新たに薬の入った注射器を取り出して言う。


「さっきのが失敗作だったのかもしれん…もう一度―――」

 と第5真祖は第3真祖に近づく。

 しかし、豪腕がゴウン!と唸り、蹴りがズワン!と音を立てて放たれる中を攻撃するのは至難だった。


 倒壊しつつある廃ビルの下で静観する第4真祖、もがく第2真祖、戸惑う第6真祖、(いか)る第3真祖、疑問を浮かべる第5真祖。

 第3真祖のエイデン・ローと第5真祖のビル・エディルの戦いを、第6真祖のブラッドリーは歯をむき出して見ている。

 怒りの矛先を横取りされた彼は第2真祖のクリフの行動を問いただすべく彼を見た。


 すると、倒れているクリフに第4真祖のジャックが笑みを浮かべて話しかけている。

 苦しみもがくクリフは"お前!"と怒鳴って手を伸ばす。

 ジャックは"ハハハ!"と声を上げてその手を避けた。


 意も知れぬ感情がブラッドリーの中で皮膚をかきむしるが如く沸き立つ。

 叫ぶよりも前に地を蹴り、加速して、笑みを浮かべるジャックの頬を殴り飛ばした。


「……俺様のダチを見下すな――」

 咄嗟に口から出た言葉に自身も内心驚いていた。


 嫉妬から第2真祖を羨んでいた彼はそれ以上に"憧れ"を彼に持っていたのだ。

 何者にも負けぬ自分を持つクリフが自身のなりたい存在であると思ってしまっていた。

 しかし、嫉妬ゆえにそれを誤魔化し、自身に嘘を吐いてまではぐらかしていた。


「クリフよー俺様は……こんなことを望んだんじゃないんだ――どうして庇った?」


「…グゥ……ハァ……情けない顔…だね。どうして庇ったか…ボクにも分からないな……でもね、最近夢に見るんだ。ブラッドと2人して笑顔で笑っている光景を――」


「……なんだ、テメーもだったのか。俺様も、よく夢でお前が出てきたんだよ。ヘラヘラとした笑顔でさ」

 その夢は彼らの本当の記憶。


 BCOUSAサーバーで二人は、共に同じギルドで戦った戦友。

 しかも、それはリアルでも同じ職場で働いているという仲だった。


 リアルフレンド、夢に出るほどに時間を共有している最良の友――"親友"。


 ブラッドリーはクリフを笑ったジャックを思い出し決意する。


「テメーは俺様がぶっ殺す―――」


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