85 傲慢
真祖同士の本気の戦いは地形を変化させる。
特にエイデン・ローの戦い方はとにかく豪快の言葉に尽きる。
それを知っている第2真祖のクリフは彼に注意をした。
「ロー。戦う前に一つ注意しておいてくれないかい。北側にある建物を壊さないように戦って欲しいんだ。実はね、大事な建物が―――」
話しているクリフの目の前で、高速道路の軽乗用車を一台持ち上げたエイデン・ローは、徐にそれを北側へと放り投げた。
轟く爆発音にクリフはゆっくりと二度見して言う。
「…ん~あ~えっと、ロー?何してんの?」
クリフの問いにエイデン・ローは笑顔で答えた。
「がはは!言っただろ!戦いの中で北側を壊さぬよう!"戦う前に"破壊してやろうということだ!!」
エイデン・ローは間違いなく本気でそう思っているようで。
「はは。なるほど、そいつはどーもありがとう」
呆れ顔でクリフはそう言って右手を振った。
幸いクリフの植物園はエイデン・ローの投げた車の方角ではなく無事で済んだ。
クリフがやれやれと頭を押さえていると人影が高速道路の先に現れる。
金髪にモヒカンと目立つ赤髪。
人影は真っ直ぐ2人の所へと向ってくる。
クリフはその2人が近づくまで待っているつもりだった。
が、もう1人はそんなことをするはずもなく。
挨拶代わりの車投げ。クリフは苦笑いでそれを見ている。
投げられた二人の内モヒカン頭がそれを右足で南側へと蹴り飛ばす。
「随分な挨拶じゃね~か!」
大声でそう言うのは第6真祖のブラッドリー。
「ローはいつも大体こうだよ!!」
クリフも声を張り答える。
エイデン・ローは、「どっちが俺の相手だ!!!」と叫んでいる。
すると、南側を指さして目立つ赤髪の第4真祖のジャックが言った。
「第3真祖、あちらでお相手します――よ」
手招きしたジャックはそのまま高速道路を跳び下りて行く。
エイデン・ローも笑みを浮かべてそれを追って行ってしまう。
2人きりになったクリフとブラッドリー。
最初に口を開いたのはクリフで、どう見ても例の"不死でなくなってしまう薬"を持っていないことを指摘する。
「第4真祖も持っていないようだったけど、例の薬は一体どうしたんだい?まさか、忘れた――などとは言わないよね」
その指摘にブラッドリーは「……あ――」と、言われて気が付いたという反応を返す。
クリフが笑い、それに釣られてブラッドリーも笑った。
そんな笑い声も長くは続かない。
"退かないんだな"と言うブラッドリーに対して、クリフは笑顔で"ああ"と答えた。
一瞬の静寂は互いのコンクリートを蹴る音で終わる。
ブラッドリーの蹴りをクリフは蹴りでうけた。
弾きあった勢いで高速道路から互いに外れ、ブラッドリーは近くの廃ビルを足場にクリフの方へと跳び、クリフは廃ビルの上に立つ電波塔を足場にし破壊しながらブラッドリーへと跳ぶ。
再び高速道路の上でかち合う2人。
今度はクリフが押し負けて北側へと弾かれてしまう。
空中で体勢を立て直したクリフにブラッドリーの右手が振られ、受け止めたが体は廃ビルの壁を打ち破り、建物内の壁も貫通して廃ビルの外にまで飛ばされてしまう。
これが現実なら超級超人的な体は無事でも、服などはもう破れてしまって着られたものじゃないだろう。
クリフは貫通した廃ビルの横にある建物の屋上に着地してブラッドリーの姿を探す。
周囲を確認した彼は最後に、「上か――」と空を見上げた。
黒に近い灰色の空には何者の姿もない。
すると、彼の立っていた足元から突然手が飛び出してその足を掴んだ。
建物内にガレキごと引きずり込まれたクリフはブラッドリーの左右のジャブをガードする。
数十発のジャブを防ぐと右のストレートを振り貫くブラッドリー。
しかし、その腕をクリフは掴んで彼を壁に叩きつけた。
右の壁、左の壁、地面、そして柱に叩きつけ破壊して掛け声と共に外へと放り投げる。
飛び出たブラッドリーが体勢を立て直そうとクルクル回転して地面に着地する。
そして、そこには既に待ち構えていたクリフがいて「やぁ――」と言って右手を振り貫いた。
モロに顔面にそれをもらったブラッドリーは廃墟の中へと音を立てて姿を消す。
クリフは髪を揺らしながらブラッドリーに近づきつつ言う。
「素手の戦いは野蛮だと思っていたけど――案外"食わず嫌い"って奴だったのかもね。この高揚感は剣だと味わえない――」
それに対し、ブラッドリーも廃墟からガレキの崩れる音を響かせながら出てきつつ言う。
「俺様はどんなことにも手を抜かねー。それは、相手に対するせめてもの"礼儀"だからだ。剣が得意なお前が"俺様に合わせて"素手で戦ってんなら……大した侮辱じゃねーかよ」
額の血管がピキピキと鳴らない効果音を鳴らしている様に浮かぶ。
ブラッドリーの言葉にクリフは右手を閉じたり開いたりして言う。
そんなバカな――
「ボクは弱いものイジメと手加減のどちらが嫌いだと聞かれたら……前者を選ぶだろうけど。今回に限っては後者はしていないつもりだよ。真祖相手に昔は剣で戦ったこともあったかもしれない。けど、昔ほど剣が大量にあるわけでもないし、そうそう壊れてしまう物に頼ることもできないんだよね」
この世界では"クラフト"の要素があり、真祖でもアイテムを製作できる。
しかし、自分をゲームの中の住人だと知らない者の中に、クラフトの要素を発見できる者がはたして何人いるだろうか。
現実でも、木と鋸とクギで木工ができるとして、その技術を持った人がいるとは限らない。
「…たしかに、人間を追い出してから剣が作られることがなくなったからな。俺様も眷属に持たせる剣を探すのに苦労した記憶があるぜ」
「ちなみに、ボクは眷属に武器など持たせない。彼女たちの手は花を持つことが似合うしね」
「女には戦わせないで後ろで振るえてろってのか?らしくない差別思想だな――」
「差別?違うね。女に戦わせないのは"ボクが"それを嫌いだからだ。武器を持ってない彼女らが後ろで震えることはないよ。勇猛にボクの楯になろうとするだろうね…そうはさせないけど」
クリフはそう言うとブラッドリーを指さす。
「でも、それを差別って言うなら――差別?結構!!女をボクは差別しよう!それで彼女たちが幸せなら"差別"と言う言葉も受け入れるさ。幸せでないなら、ボクの所為にすればいいだけだ!」
「…マジか?人間がよく神様って絶対的な存在のやつの所為にしやがるが…。テメーはそれと同じになろうってのか?」
「髪?そんなものがいるならボクが代わってやるさ。ボクの方がずっと女性を幸せにできる。それも世界にいる全ての老若女をね!」
ブラッドリーは思う。
"こいつこそ《傲慢――プライド》じゃないのか"と。
高い自尊心だけじゃない、自己中心的で自身の思い通りの自我を貫く。クリフはどう考えても"傲慢"だ。
そして彼は思う。
"なら、自分はなんだ?"と。
俺様が"傲慢"でないのなら、色欲か?いや、そこまで俺様に性欲なんてものはない。他人の眷属を欲し、他人に前を歩かれるのが嫌い、他人に欲しいものを奪われるのが……いや、違う。
彼は気付く。
"第7真祖を欲したのは…"羨ましかった"からだ"と。
そうか、俺様の根幹にある大罪の名は、他人を羨み、妬み、憧れ、強い独占欲に苛まれる。――そんなものは《嫉妬――エンヴィー》しかねーじゃねーか。
「俺様が嫉妬?…は――はは!!――――ふ・ざ・け・やがって!!」
踏みつけた地面が陥没していく。
クリフは突然のブラッドリーの奇行に眉を顰める。
「…どうしたんだい?ボクの話がそんなに耳障りだったかい?」
「ウルセー!!こっちは自分って存在が醜いって思い知らされて!こうもちっせーもんなのかって!苛立っているんだ!!」
やれやれとクリフは手を左右に広げた。
「何を気にしているのかしらないけど、今更どうしようもないでしょ。自分でも分かっているんだよね?――存在なんてのは自分が決めることじゃない。他人がいて、認めてもらって、認識されて、初めて存在できるんだからさ。ま、ボクはボクがボクを認識できていればそれで十分だけどね」
「あ!――なんだそりゃ!傲慢にもほどがあんぞ!!」
叫んだブラッドリーは全力で窪んだ地面を蹴った。




