84 第2真祖
第2真祖のテリトリーにある公園近くの植物園。
クリフ・ヒース・L・マルガスの住みかはその植物園で、下からライトアップされた草花が幻想的に彩られている。
虫という概念のないこの世界では、なに不便なく過ごせる快適な空間。
白い花の前に立つクリフの後ろに20数名の女の眷属。
クリフはその花を触りながら言う。
「ジニア……またの名をヒャクニチソウ。花言葉は"変わらぬ心"……品種は色々あるけど、特にこの白いのがお気に入りなんだ」
クリフは花から手を離し同じ、だが別の花を手に取ると摘む。
「この中央の黄色い部分とそれを囲む8枚の白い花弁を見ているだけでボクの心は安らぐよ」
VRで再現される花の香りを堪能したクリフは振り返って言う。
「皆、聞いてくれ。ボクはこれから他の真祖と戦う。この地は戦場となり、皆に危険が及ぶかもしれない」
眷属たちは静かにクリフの話を聞く。
「この戦い…おそらくボクは生きてはいられない。と言うのも、実は真祖の再生能力を無効化できる薬を第1真祖が発見してね。つまりボクも不死身じゃなくなるってことなんだけどね」
口を押さえる者、クリフの名を呼ぶ者。
彼女たちは心から彼を心配する。
「相手は同じ真祖が4人。薬がなくても多分負けてしまう。そして、どこかの地下で杭を打たれて拘束されることになっただろう。真祖同士が手を組んで戦ったことはなかったけど、まさか最初に敵対するのがボクだとはボク自身思いもしなかったけどね」
笑顔を見せるクリフ。だが、眷属たちの表情は悲しげ。
「そんな顔はよくないな…と言ってもボクがさせているのか。皆には、ボクがどれだけ愛しているのかを分かって欲しい。一人一人に、ボクが付けた花の名を忘れないでもらいたい…」
クリフは後ろ側で自分を見つめる一人の眷属を呼ぶ。
「モミジこっちへ」
「はい――」
呼ばれた女は白い肌に赤い髪、体型はスレンダーで他の眷属と同じ騎士服というよりもドレスと言える格好をしている。
「お前には申し訳ないと思っている。ほんの数日しかボクの愛を与えてあげられなかった」
その眷属は第4真祖の使者だった女。
名前はケイシーで"KC"と書いてそう読む。
彼女はその髪の毛の色を自身で嫌う。
クリフに降されたあと、"第4真祖のものだった"という証のそれが記憶と共に憎らしく思えてならないからだ。
しかし、クリフはその髪を見てモミジのようだといい、「木の葉なのに花のように美しいんだよ」と褒めた。
クリフに降り、彼に初めて触られた彼女は、自身のことを"汚れた身"だと蔑んだ。
そして、髪の色も加えて"醜い色"と嘆いた。
そんな彼女にクリフは言った。
"キャシーは綺麗だ、ボクが言うんだから間違いない。汚れたものに女性が汚されることなどないし、その髪はモミジみたいで美しい。本当に美しい"――と。
「私はこの数日とても幸せでした。クリフ様の眷属に加われたことは吾身の誉れ。クリフ様が死地に身を置くのなら吾身もお傍に置いて下さい」
彼女の言葉に他の眷属も頷く。
「…その言葉だけで十分だ。私もジニアの花言葉のように皆の愛を旨に刻んでいる」
眷属たちは、「クリフ様!」「ヒース卿!」「御身のお傍に!!」と口々に言う。
「最後に皆に…第7真祖の所へ向い降してもらうことを願う。そうすればボクへの愛は永久に忘れないだろう――……いや、それは"酷"というものだね。ボクのことなど忘れ、新たな恋を掴む幸せを望むのがボクらしいかもしれない」
その言葉に、彼女たちは堪えていた思いを一斉に口にする。
「この身はクリフ様だけのもの!忠誠も愛情も"変わらぬ心"と共にあります!」
「例えこの身が朽ちようとも御身のお傍に!」
クリフは、「嬉しいけど…本当に皆には死んで欲しくないないんだよ」と手にした花をモミジに手渡す。
「一人一人に語る時間もない。他の真祖――特に第4真祖に降されるくらいなら、皆を第7真祖に托したい。この便箋にその旨を記している……ついでに薬のことも記したからね、引き換えにおそらく第8真祖も皆には手は出さないだろう」
笑顔で、「もし第8真祖が皆に手を出すようなら…その時はすまない」と言うクリフ。
左目を左手で塞いだクリフはモミジの肩に右手を置く。
「どうやら、始めは第3真祖らしい…1人でこちらに向ってきている。アベリア――皆を頼んだぞ」
アベリアと呼ばれた女は薄いピンクの髪を撫でられてクリフの手を掴む。
悲しげな瞳で"はい!"と返事をする彼女は、おそらく眷属の中でリーダー的立場にある者だ。
「皆、いざさらばだ――」
崩れ泣く者もいる中、クリフは鮮やかな青髪を揺らし温室の植物園の正面の扉へと向う。
植物園を後にした第2真祖のクリフが向ったのは、第3真祖が歩いてくる高速道路の上だった。
クリフの表情は安らかなもので、これから戦争と言ってもいい戦いを控えているようには見えない。
仁王立ちのクリフはゆっくりと第3真祖、エイデン・ロー・M・フィガロが会話できる位置に来るまで待つ。
しかし、彼の予想と違い第3真祖は30mほどの距離で駆け足になり、25mほどの距離から跳躍した。
「ちょ!ロー!」
慌てて飛び退くクリフ。
「ガハハ!第2真祖!俺がお前の仲間だ!敵は4人!!滾る!!俺の右腕の雷鎚ミョルニルが騒いでおるぞ!!」
「……悪いけどロー。一から説明してくれないかな?ボクはどうすればいいか困っているんだ――」
呆れた顔に笑顔を浮かべクリフはエイデン・ローに言う。
「なんだ!!第2真祖!!お前計算もできんのか?お前と組めば相手が4!第1真祖と組めば相手は1!どう考えてもお前と組む方が面白いだろ!!はは!!」
「そうかい、そいつはよかった。つまり、ローとは"戦わずに済む"ってことだね」
笑顔でそう言うクリフだったが、エイデン・ローは眉を顰めて言う。
「それは違うぞ!4人と戦った後はお前とも戦うぞ!!見ろ!この筋肉が戦いたいと言っている!」
それを聞いたクリフはハハハと笑う。
『どうやら、ローは勝つ気でいるらしい。コレほど頼りになる"賑やかし"は他にいないね』
その場が一気に和む。
その数十分後には第4真祖と第6真祖がその場に来るのだが、その道中で一悶着があり2人の様子はギスギスとしている。
それは第4真祖の言葉が引き金。
「だから、どういう意味だって言ってんだ!」
「ですから、キミと第2真祖は"ご友人"とお見受けしたのですが。戦い辛いのでは?と――ね」
ブラッドリーは怒りを露にしジャックを睨み付ける。
「戦いの最中裏切られても困るので、私が第2真祖と戦おうというのです――よ」
「…第2真祖がダチ?は!笑わせんな。俺様にダチなんていねーし、いらねー」
「……"傲慢"または"プライド"」
「は?」
「いえ、我々真祖の意識の根幹に植えつけられたものの一つですよ。8人の真祖に"7つの大罪"と"5つの煩悩"がそれぞれ与えられているらしいのです――よ」
ジャックの言葉にブラッドリーは首を傾げる。
「暴食またをグラトニー、色欲またをラスト、強欲またをグリード、怠惰またをスロウス、嫉妬またをエンヴィー、憤怒またをラース、そして傲慢――」
「それぐらい知っているぞ。なめてんのか?」
「私の見たところ、暴食は第7真祖。食事など不要なのに、よく延々とお菓子を口にしていましたからね」
ブラッドリーは、"確かに"と自身の記憶の第7真祖のエリーの姿を思い浮かべる。
「色欲は第2真祖。彼は無数の女の眷属を一晩で相手にしてしまうとか聞きますし」
ニヤニヤとジャックはバカにしている様に言う。
「強欲は第8真祖。欲した全てのものを自分の手にしないと気がすまないのが彼です」
苛立ちを交えてそう言う。
「怠惰は第1真祖。常にやる気がなく、自身の"興に乗らない"の一言で何もしなくなる」
「嫉妬は……認めたくないですが、コレは私ですね。消去法ですのでどこがどうとは言えませんが――ね」
ジャックの言葉にブラッドリーは内心、"当たってやがる"と思て頷く。
「憤怒が第3真祖。これも消去法ですので妥当かどうかは私にも分かりかねます」
「最後に傲慢。第6真祖、キミがコレに一番相応しい。高い自尊心!ま、真祖は大体自尊心の塊ですけど。他者より上へ他者より先へ。過度な自己愛……他の真祖の眷属を降さず調教したがるのも、血ではなく心から慕われたいことの表れ――」
ブラッドリーはそれに対し反応しない。
それは自身が一番理解しているからで、第8真祖が第7真祖を降していることも、第2真祖がそんな第8真祖を手助けすることも気に食わないのだ。
「……は、傲慢か――認めてやるよ。俺様は"前を歩かれるのが嫌い"だからな」
彼はそう言うと、"5つの煩悩"ってのは第5真祖か?とジャックに聞く。
「第5真祖……五蘊というものがあります。色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊。それぞれ深い意味があるのですが、私なりに噛み砕いて説明すると"色"が感覚、"受"が感情、"想"が空間、"行"が行動、"識"が世界だと思って下さい。あ、間違っているかもしれませんので、その辺は専門ではない"ニワカ"ということで理解してもらいたいですね」
ブラッドリーは既にジャックの言葉に思考を止めていた。
「そして、その五蘊を元にしてそれらに執着し、溺れることを五取蘊と言います。それが"5つの煩悩"であり、第5真祖の根幹――だと思っています。感覚に溺れたり、感情に執着したり、行動に、世界にといった風に――」
「で、そのゴシュウン?が第5真祖の根幹だってのは分かったが…あいつが纏ってる気配の正体はそれが関係しているのか?」
ブラッドリーの言葉にジャックは"意外"という表情をする。
「彼の纏ってる気配……言えば感覚、感情、行動、空間、世界。己を中心に感覚や感情、空間で行動するそれが世界。その全てをその身に宿そうとしているのが彼です……本来"不可能"なことに手を伸ばしてしまう」
ジャックは第5真祖を指して言う。
"彼は真祖を"超えるため"の真祖として作られたのでしょう"――と。




