79 帰り道
地下の研究所を飛び出したヤトは100m以上離れたエリーたちのもとへと跳躍する。
足場にした地面は3m以上の範囲で陥没し、周囲に残っていた少ない割れていないガラスが風圧で全て割れてしまう。
一度の跳躍で到達するヤトの脚力は、以前エリーが予想した以上だった。
そして着地地点も跳躍からの落下におけるオブジェクトダメージが入りヒビ割れる。
「やっ……ロノ卿――」
「全員撤収するぞ。カーフは先頭をマリーシャはその後ろを、エリーは中央にその後ろをバットが――」
「「はっ」」
カーフとマリーシャはそう答えると高速道路を東へと先行し始める。
しかし、エリーがそれどころではないと怒りを露にした。
「その女!!第4真祖の眷属だったのに!ヤトの眷属になってる!!なんで!?どうしてそうなったのよ!」
性欲増加のデバフの所為で、ヤトに足を絡ませ首をアマガミし続けるクルミにエリーは"キィ~!"と騒ぐ。
「この女…クルミだったか。コレは私の"勝利の証"だ」
その言葉の意味はエリーでなくとも勘違いしてしまいそうだ。
現にマリーシャは先に帰り道を確保するために早歩きしつつも、時折振り返っては溜め息を吐いている。
「"勝利の証"って!連れ帰ってあの寝室で抱こうっての?!やっぱり胸!!あ~そうよね私の胸は硬いですからね~!」
苛立ちが頂点に達している時にバットが横から、「幼女の胸はちゃんと柔らかいですから!!」と言うとエリーのおそらく加減のない蹴りが彼を襲う。
高さ5mほどの柱に支えられた高速道路から弾きだされたバットは一瞬にして廃ビルへと姿を消す。
「今度!"幼女"って言ったら蹴るわよ!!」
その言葉を聞いたカーフは、『いや…もう蹴ってるし――』と先行して警戒しながらも思う。
「面倒な――」
ヤトはそう呟くとエリーを右手で抱き寄せる。
「ちょっヤ――……………」
優しくだが濃厚なキス。
「……………ファック――」
「ん?なにか言いましたかい?姉さん――」
呟いたマリーシャにカーフがそう聞くと、彼女はまるで"クズカゴに捨てられた腐ったミカン"を見るような目で睨み付けた。
その目を見たカーフは、口にチャックするジェスチャーをして黙った。
第4真祖のテリトリーから抜けようと高速道路を進んでいたヤトたち。
その行く手を阻んだのは第4真祖ジャックの支配した隷属たちモンスターだった。
リリアックやクロー、ハウンドらを日ごろから捕獲して捕らえていたジャックは、ここぞとばかりに全て投入してきたのだ。
そして、ヤトは両手が発情しきったクルミと表情が完全ににやけているエリーで塞がっていて戦力にならないでいた。
そんな中で活躍したのは、どこか苛立ちをぶつけるような戦い方をするマリーシャ。
細剣でリリアックもクローも突きまくって倒してしまっていた。
ハウンドはカーフが長剣で次々斬り伏せる。
「ね~ぇヤト~その女のことは許してあげるけど~今日からはいつもの倍は愛してよね」
「………確か、私がエリーを降したはずだったが…記憶違いか?」
立場的に上であるはずのヤトは上から発言のエリーに眉を顰める。
マリーシャはエリーの言葉に一層激しく突く。
そして、いつの間にか合流したバットが後方で殿を務めていた。
「こいつぁ~キリがありませんぜ!」
カーフの言葉にヤトは周囲を見渡す。
視線に廃工場を捉えると、「あそこへ身を隠すぞ」と言って高速道路を飛び下りた。
それに続くマリーシャとカーフ。
バットも「あ!待って下さいよ~」とハウンドを牽制して飛び下りる。
廃工場内はクローやリリアックからは姿を隠せて、ハウンドが入れないフェンスで囲まれている。
その内部を東に向けて歩いているとバットが、"どうして戦って倒してしまわないのか?"とヤトに質問する。
すると、エリーが溜め息とともに彼にその問いの答えを与える。
「眷属は元は人間よ。人間を守ってしまうヤトが戦って殺せると思う?」
「なるほど!しかしそれはイデアリストに過ぎるのではないかと思いますが――」
イデアリスト、理想主義者とバットはヤトを決め付ける。が、その言葉にヤトは"確かに"と言って認めた。
「バットの価値観や感情では私は理想を懐いているのかもしれない。が、結局の所"御都合主義者"なのだよ。真祖が人を襲うという設定にしろなんにしろ、物事において現状では"人を殺したくはない"という私の気持ちに流されているだけだ……"自由さ"ゆえにな」
そう言ったヤトは"物事に自分以上の感情は無意味だ"とバットの背中を押す。
「"物事に自分以上の感情は無意味"……つまり、他人など何を思っていても関係ないということですね~」
「……それは違うな」
バットはヤトの言葉の意味を理解していなかった。
「"自分以上"というのは"他人の事"ではない。私が"人を助ける"のに"助けたい"という思い意外は無意味だと言ったんだ。やはり…お前には"伝わらない"か――」
悲しげな瞳。
低い溜め息。
ヤトの気持ちは、バットにでさえ"いつかは分かりあえる"という思いがあったゆえの落胆だった。
そんな会話をしている間も廃工場内を進む。
そして、唐突に轟音が鳴るとヤト-エリー-クルミ-バットの4人と、マリーシャ-カーフの2人が砂埃で分断される。
砂埃の中で、「成功だ。さすがにこの砂埃の中では見えないだろう」と言う声が響く。
警戒するヤト。
マリーシャもレイピアを構えて警戒する。
そして、砂埃から人影がマリーシャの方へと出てきた。
アンシンメトリーの黒い髪に腰に短剣を吊るした女が肩に小さい黒ネコを乗せていた。
「人間!!ハンターか!」
「え!カイト?!」
素早いレイピアの突き。
黒い髪の女は短剣を引き抜くことなく避ける。
肩に乗った黒いネコが、「人違いだ――ナナ」と叫んだ。その声で黒い髪の女はガラスのない窓へと走り抜ける。
「待て!!」
マリーシャが追いかけようとするが、「追うな!」と言うヤトの声に足を止めた。
砂埃からクルミとエリーを抱えたヤトと咳汲むバットが現れる。
その間に黒ネコを連れた女は窓から出ていってしまう。
「おそらくジャックの眷属に見つかって逃げている途中だったのだろう。追う必要はない――」
「はい……あの肩のネコ……」
マリーシャは「可愛かったな――」と呟いてレイピアを鞘に収めた。
肩に小さな黒ネコなどナナ以外には存在しない。
そうと知らずヤトはナナとすれ違い、BJとも接近していたのに気が付かなかった。
運命か――偶然か――しかし記憶のない今、それは"ただ"居合わせただけの存在でしかない。
記憶の保ったナナですら気が付かないのだから無理もない。
互いにその存在に気が付くことなく3人はすれ違うのだった。
第4真祖のテリトリーから抜け出したヤトたち。
第5真祖のテリトリーまでは第4真祖の隷属や眷属は追いかけてこなかった。
眷属が追ってこなかったのは隷属がヤトたちを見失ったからで、隷属が追ってこれなかったのはモンスターたちの移動制限であるエリア外に出たからだ。
不機嫌なマリーシャがカーフに八つ当たりしている様子を見たバットが2人の仲を噂していた。
だが、その話に乗る者がいないため完全に独り言になってしまうのが彼の常。
そして、エリーはそんなバットを後ろから足を蹴って止めてその肩に這い上がる。
「ちょっとは空気読みなさいよ~。さっきもヤトとなんか言い合ってたみたいだけど、い・つ・も、あんたが空気読まないから悪いんだから」
「私~そんなに空気読めてませんかね?今もマリーシャさんの機嫌が悪いことを察してユーモアへと変換しようと思ったんですが~。色々と難しいものです」
笑顔だがいつもの陽気な感じが少しも感じられない彼に、エリーは頬を横に引っ張る。
「らしくないわよ。あんたは笑顔でヘラヘラしていないとだめ」
「これはこれは~エリー様に慰めていただけるなんて恐悦至極。いつもあれほど辛く接するのは、ひょっとして"ツンツン"しているのですか?つまりコレが"デレデレ"しているのですね!ツンデレですね!!」
「ば~か。これは"哀れみ"よ、いつものは"カワイイ子ほど辛く接する"ってやつ。アンタだって元々は私の眷属なんだから――カワイイのは言いすぎだけど嫌いじゃないわ」
エリーは、コレが母性と言うものかしら~と言ってバットの頭を撫でた。
それに対しバットは『左右に幼女の生足……この状態だったら死んでも本望です!』とヘラヘラではなく鼻の下を伸ばす。
「バット……今度私の太ももを撫でたら首が飛ぶわよ」
無意識にエリーのスカートの中まで右手を移動させて撫でていたバットは、「あ~あれですよ!いい感じに鍛えられた足だな~と思ってつい」と誤魔化す。
その答えに「へ~」と返すと、右足を伸ばしてから一気にみぞおちへとカカトを下ろす。
ギャフ!と言った彼が前のめりになり、落ちそうになるのを堪えようと髪の毛を引っ張ったエリー。
そんな様子を見たカーフとマリーシャは、"何ごとだろう"と首を傾げるのだった。




