78 第4真祖
第4真祖の居場所は赤毛の女の案内であっさりと分かった。
眷属が邪魔してくるのかと考えていたがそれもなく。
そうして、ヤトは1人で赤毛の女と共に第4真祖の眼前へと立つ。
第4真祖は、整備された地下研究施設の実験室の手術台を寝台代わりに寝ていた。
彼の第一声は"やってくれましたね"だった。
「久しいな第4真祖…ジャック・デビル・S・マーコック」
「…確かに顔を合わせるのは98年振り……久しぶりすぎてむしろ、もう"初めまして"の印象に近しいですね第8真祖――ヤト・ロノ・R・デルフィー」
体を起こしたジャックは、赤い瞳に赤い髪、白衣姿に見えるコートに赤いシャツ赤いスーツパンツといった格好だった。
彼は赤毛を一瞥してヤトに言う。
「私のゲームにおいてキミはただの"モブ"だったのですが―――少々…"嫌がらせ"が過ぎると思いません――か?」
口元は笑っているがその目には確かに怒りの感情が見て取れた。
その表情を見たヤトは自身の欲求が満たされた気分になり、ついつい笑みを浮かべてしまう。
「ふふ…大いに"嫌がって"もらえたようでなによりだ。このゲーム、"1人勝ち"とはいかなかったようだなジャック」
「……"ノラ"が言ってくれるではありません――か。確かに私は負けました…あなたではなくそこの"クルミ"にね」
ジャックは赤毛の眷属を真っ直ぐに伸ばした左手で指さす。
赤毛のクルミは「コレで私がジャック様の――」と言う。
が、パン!と高い音が鳴るとクルミは表情を強張らす。
彼女の前にヤトの右手が伸びて拳を握っている。
「…おっと、防がれてしまいましたか――」
ジャックの伸ばした左手の袖口から小型のガンブレイドが出現していた。
高い音はそのガンブレイドが弾丸を発射した効果音。
ヤトは右手を開いて弾を落とすと笑みを浮かべる。
「珍しいでしょコレ。ハンターが所持していた暗器型のガンブレイドなんですよ。コレの持ち主が私の服に穴を開けた不意打ちに最適なものだったんですが……気が付いていたんです――か?」
「気付いていたとも、私の死角になるように"不自然に"手の平を下にして彼女指した時点で…薄々な」
そう言いながらヤトは"どうして?"と放心状態のクルミに近づく。
「コレは確かに…小指から中指までの指でトリガーを隠しておく必要があるのが唯一の欠点でして。使い慣れないと目の良い――そう、真祖にはすぐに気付かれてしまうようですね。あのハンターの手並み程の腕が私になかったのが原因です」
左手の袖をずらしてタネを明かすジャック。
ヤトがクルミに近づいてその体を後ろから抱きしめる。
その様子を見たジャックは笑みを浮かべて言う。
「クルミの後ろに回って楯にしようとお考えですか?今更ですね、さっき私がクルミを撃とうとしたのが分からなかったのですか?」
「いいや、この女は楯なんかじゃない。この女は―――言うなら"勝利"だ」
そう言ってヤトはその口元の牙をクルミの首元へと突き刺す。
赤い血がリアルより鮮やかに再現され首元を伝う。
クルミは膝をガクガク震えさせて両手を完全に脱力状態でぶらつかせた。
「これで…この女――クルミは"私のもの"だ。私の眷属の物は全て私の物となる。つまり、今回のゲームの勝利も私の手に移るということ……」
ジャックは顔を押さえ高笑いを上げる。
「は!は!は!は!は!キミの勝利?いいでしょう!確かにクルミがキミのものとなるなら勝利も君の手の内です!」
そう言って笑い終えた彼は周囲がざわつくほどの殺気を放つ。
その場にいない離れているエリーたちも感じられるほどのものだった。
「ならそのクルミの首を取れば私に勝ちが移るということでもある―――ですね?――」
殺気を放つジャック。
その殺気は実際には真祖与えられた特殊スキルの一つ"轟圧"。
周囲にいるLvの低い相手に恐怖の感情を抱かせる効果を持っている。
「はたして……そううまくいくかな――」
そして、ヤトも轟圧を放ち始める。
外にいたエリーは、「始まるわね」と言う。
空中を舞うリリアックやクローが轟圧の影響でその場から離れ始めたからだ。
エリー以外は全員顔を強張らせる。
「コレが真祖同士の威圧ですかい?体が硬直してしまいそうですぜ」
「真祖が対峙するだけでこの迫力……ゾクゾクしますね!」
顔の引きつるカーフに比べ、のん気にそう言うバット。
エリーは「アンタこの状況でヘラヘラしているなんて…バカね」と直球で罵る。
マリーシャは腕をギュッと掴んで眉を顰めて呟いた。
「ヤト様――」
戦いは地下の研究所を舞台に始まった。
本来の現実でならメトロの住人もその余波を受けるだろう。
しかしこれはVR。構造上メトロとその地下研究所はまったく異なる空間になっている。
メトロの稼動データ領域と、地下研究所の稼動データ領域とは密接に連結しているものの、データ領域を飛び越えるような現象やスキルなどありえない。
クルミを抱えて戦うヤト。
対するジャックはクルミに手が届きさえすれば勝てる。
しかし、それほど広くはない手術室でジャックの攻撃は掠りもしない。
ジャックの寝台代わりの手術台は既に原型がなく。
周囲の壁や家具もボロボロになってしまっていた。
「なかなかどうして!綺麗に避けるではありませんか!」
ジャックの言葉通り、その攻撃をかわすヤトの動きはまるでクルミと踊っているようだった。
「ならコレはどうです!」
足払いをしようと姿勢を低くしたジャック。
その攻撃もアイススケートのダブルアクセルのような綺麗な回転で避けてしまう。
着地したヤトはクルミの様子を見てその頬が赤く染まるのに気が付く。
眷属の"血の支配"の上書きは二つの状態異常をクルミに与えていた。
一つは性欲増加。もう一つが吸血衝動(大)だ。
目には見えないステータスにその二つが付与されたクルミは、目の前のヤトの首にその歯を当てる。
しかし、真祖の体は高威力のガンブレイドか、同じ真祖の所有する"真祖+"のステータスによる攻撃でなければ傷つかない。
そして、傷ついたとしても真祖は死なない。
クルミはハムハムとヤトの首をアマガミする。
二つのステータスの内、吸血衝動は時間的にも短いデバフになる。が、性欲増加は放置すると3日から一週間ほどは効果が持続する。
抑制するアイテムも存在するが、それがない場合その欲求を満たさなければならない。
真祖はあらかじめそのデバフが週に一度は定期的に付与される。
性欲を満たそうと真祖は人を襲うのだ。
初めて眷属が誕生したのはその過程での出来事。
全てに、"設定上では"という補足が付く。
「どうやらクルミが限界のようだ。楽しい遊戯だった」
「そうですか――などと!簡単に帰れるとお思いですか?!」
ジャックは入り口の扉の横にある赤いボタンをガラスごと割り押す。
すると、入り口の両開きの自動ドアが都市を囲う壁と同じ材質の防護壁で覆われた。
そして、ジャックは笑みを浮かべて振り返る。
「さぁ!!続きといきましょう――か!!…………………」
振り返ったジャックの視界にはヤトとクルミの姿がない。
視線を上向きに変えるとようやく二人の姿を捉えることができた。
2人はヤトが蹴破ったか殴り破ったかした穴の開いた天井を通り、一つ上の階から両手を広げて硬直するジャックを見ていた。
「次からは天井も頑丈なものに張り替えておくんだな――」
ヤトの言葉にジャックはすっぱいものを食べたような顔をする。
クルミを抱えたヤトはそのまま地上へと天井を破っていく。
ジャックは口元に苛立ちを浮かべて壁のボタンを押して叫んだ。
「我が眷属よ!!第8真祖とその一味!!それとクルミを――殺すのです!!」
それは研究所内に響き渡る内部放送。
ジャックの眷属たちがその放送で一斉に慌しく動き始める。




