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76 真祖の遊戯


 閉じた窓から下を覗くマリーシャ。その視界に既にヤトはいない。

 寝室からアクビをしながら出てきたエリーは、マリーシャが騒いだおかげというかなんというか、すっかり起動シーケンスに入ってしまったようだ。

 白いランジェリー姿で現れた彼女に白髪で長髪男が、「へぇ~っおはようございます!エリー様」と言うが返事はない。

 返事ではなく右手に持っていた赤い靴をその顔面に投げ飛ばす。


「見てんじゃないわよこのバカ――」

 その声でマリーシャはエリーの方に向って頭を下げる。


「おはようございます――ラカ卿」


「……おはよう。ところで~彼はどこ?姿が見えないようだけど――」

 その問いに答えたのは赤い靴を持った眷属の男。

 男は、「ヤト様は第4真祖様の使者を捕らえに向われました」とヘラヘラした顔で言う。


「このクズ。こっち見てんじゃないの――」

 そう言われた男はすぐに背を向ける。


「あなた――ついて行かなかったのね」


「第4真祖からの使者ですから私がついて行ったところで…」


「第4真祖ね……そうね。使者は伝言を聞いて空の便箋を相手に渡した時点で"逃げる獲物"に変わる。第4真祖の趣味は相変わらずね」

 エリーは便箋を爪で裂くと中身の紙切れを取り出し一瞥して捨てる。


「使者が逃げ切った場合は第4真祖の勝ち。捕まえた場合は彼の伝言が聞ける……あとは使者を好きにできる。殺すもよし、辱めるもよし、手懐けるのもよし――」


「野蛮なゲームです」


「そうね。私も野蛮だと思うわ。………でも、ヤトがもし、この手のゲームをし始めたら私はその方が嬉しいわ」


「…………」


「だって……彼の周りのメスがいなくなるもの、大歓迎よ」

 そう言ったエリーは不敵な笑みをマリーシャに向ける。

 しかし、マリーシャは憮然とした態度で言う。


「もし彼が私を使者として使わしたなら…絶対相手に言伝は伝わりませんね」

 その言葉の続きが分かったエリーは、「"必ず帰ってくる"って言いたいのかしら…」と言う。

 マリーシャは頷かなかったが、目でハッキリ"勿論"と言っていた。


「ま、そんなことなどありえませんが」


「…そうね」

 2人のピリピリした雰囲気に白髪の男はその笑みを絶やさずいた。が、その所為でエリーの跳び蹴りを顔面にあびることになる。


「だ・か・ら~何見てんのよ!」



 自分がいなくなった部屋でそんなことが起こっているなどヤトは予想だにしない。

 高速道路の上を左目を左手で覆いながら歩くヤト。

 その塞いだ左目の視界には隷属のクローの視界が見えている。

 それの原理に関しては彼も理解していないが、記憶には"そうすればそういうことができる"という知識があるため、疑問を持ちながらも便利に使っている。


 第4真祖の使者が逃げきれたと思って走るのを止め歩いている。

 その後ろから歩いて近づくヤトには気が付いていない。

 ハウンドがヤトの周りを歩いて周囲を警戒している。


「……お前たちはついてこれないだろうな――」

 歩いていたヤトが一瞬にして加速するとハウンドたちは追いかけようと走り出す。が、すぐに視認距離から出てしまいその足を止めた。


 ローブを被ったスカートの騎士服を着た使者は時折背後を振り返って追っ手を警戒する。

 そして、左手を握って自身の身の安全を確信する。が、使者が道路を塞いでいた横倒しのトラックの上に上った時だった。


「そんなに急いでどこへ行く」

 声に驚いた使者はバランスを崩してトラックから足を滑らせる。

 赤い髪がフードから現れ、彼女の体がヤトの手に収まるとその黒い瞳が彼を映し出す。


「……やはり第4真祖の趣味はどうかしている、こんな美人を捨てゴマ扱いとは――」

 その言葉は独り言だったが、自身で思っているよりも大きかったのか遠く離れたエリーがその瞬間に反応を示した。


「ク!放せ!!」

 腕の中でもがく赤毛の使者だが、ヤトの腕から逃れる程のSTRをその身に持ち合わせてはいなかった。

 暴れ続ける彼女に、「伝言を言え」と言うヤト。しかし、彼女はさらに暴れだす。


「放せ!放せ~!」


「…話して欲しいのは――私の方なんだが…」

 ヤトは一度落ち着かせるために彼女の口を押さえる。

 そして、耳元で囁くように言う。


「これ以上暴れるなら力ずくだ。話がしたい……話せばそれ以外の身の自由を保障しよう」

 赤毛の使者はコクコクと頷いて暴れることを止める。

 ようやく会話ができるとヤトはその手を口から離した。


「さー第4真祖の伝言を言ってもらおうか?」


「……伝言は言えない」

 その返事にヤトは眉を顰める。


「…つまり、伝言を持ってはいるが私に言えないということかな?…そうなると、お前を拷問するか、眷属にするかしないと聞けないわけだな」

 無言の肯定をする赤毛の使者。


 その事実から彼は推測する。


 これはゲームだ、第4真祖のゲームなら単純ではないはず。あいつは負けることを嫌いゲームを考える。これはあいつが勝つように仕組まれている。

 私がプレイヤーにしては簡単すぎる。ゆえに、仮に私はプレイヤーではないと推測する。このゲームで私…あるいは他の真祖は"障害物"。とすると、プレイヤーは使者自身。

 尋問によって話したら負け、捕まって眷属になっても負け……そうなると必ずあいつの勝ちとなるゲームが完成する。


「ならば、このゲームお前は一体どんな報酬を得るのかな?」

 赤毛の使者の頬を触りヤトはさらに思考する。


 自由?いや、そんな物は眷属に与えられたりはしない……となると――愛――か。


「フフフ。第4真祖め……寵愛(ちょうあい)を求める眷属にこんなゲームをさせるとは――」

 ヤトの思考の結論から導き出されたことは、これがゲームであるということ。

 プレイヤーは使者たちでおそらく複数の眷属の女に与えた第4真祖からの挑戦でありチャンス。

 本人は退屈しのぎで考えたゲームだろうと推測するヤトはそれに巻き込まれたということだ。


 そして、彼女たちは報われない。このゲームの勝利者は第4真祖のみ。

 だが、その全貌を解き明かしたヤトはその身のジャイアニズムが沸々と込み上げて、この推測されるゲームで第4真祖を負かしたいと考え始める。


「いいだろう。お前に勝ちをくれてやる赤髪の女」


「…なにを――」

 ヤトは女を担いで来た道を戻りだす。


「放せ!この!」


「……"お前の勝ち"は"俺の勝ち"だ。今から、第4真祖の悔しがる顔が目に浮かぶ」

 暗い道でオッドアイが鮮やかに光り、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。



 ヤトが帰るとエリーは不機嫌な顔をする。

 それは女を抱えての帰宅だからしかたがないものの、さらに滅多に見せない笑顔で帰ってきたからだ。


「ちょっと~なんでそんなに笑顔なのよ~。その女とするのが楽しみなの!?やっぱり胸!それとも赤毛?ね~ってば」

 マントの端を引っ張るエリーはほぼ半泣きである。

 ヤトは白髪の眷属の男に言う。


「出かけるぞ。マリーシャ、それにカーフもついてこい」

 マリーシャが「はい!」と返事をして、青みがかった髪に灰色の騎士風の服を着た男も「よっしゃ!」と意気込む。


「他の者は留守を任せる」

 すると、後ろでエリーがヤトに言う。


「私も連れていって」


「……我がままを言うな。他の真祖のテリトリーに入ればエリーは襲われてしまう可能性だってあるだろう」


「…行く!絶対行く!連れてってくれないなら勝手についてく!」

 ヤトはやれやれと腕を組む。

 そして、白髪の男に視線を向ける。


「貴様がエリーを守れ――バット」


「えへぇ~私がですか?…分かりました!エリー様をお守りいたします」

 それを聞いたエリーは笑顔を浮かべて寝室へと向う。


「着替えてくるから待ってて!」

 一度姿を消した彼女はすぐに顔だけ覗かせてヤトに言う。


「待っててよね。勝手に行ったら……怒っちゃうんだから!」

 そう言って再び姿が見えなくなった彼女にヤトは呟く。


「…ますます子どものように印象が変わっていくな」


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