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74 第8真祖


 紅茶を飲み終えて数時間経つと再びエリーが20階の窓から下の様子を窺っていた。

 下着姿から白いドレスへと着替えた彼女は、首に巻いた黒いリボンが風で靡いている。

 彼女の五感がそれを感知したのか、それとも偶然か、10人ほどの人影がビルの真正面の道路を徒歩で右折して現れる。

 今度こそ、と彼女は地上へ跳び下りる。

 地面に着地するとコンクリートにヒビが入る程度ですんだ。それはコンクリートの耐久値が彼女の履いた赤い靴に付与された"ダメージセーブ"よってダメージを抑えられたため。

 そして、よく見れば周囲には前に陥没させた場所以外にも窪んだ箇所が見受けられ、彼女が日ごろから同じ事をしているのが見てとれる。


 勢いよく飛び出した彼女だったが、既に道の先を歩く金髪の姿を目にするとその歩くスピードに合わせて横に並ぶ。

 自分が気付くより先に気付いたであろう眷属の女に、「あなたもお出迎え?」と聞く。


「ええ。本来私は常に彼の隣にいるべき身分ですので…お出迎えするのは当然かと――」

 エリーは、その身分は私と被るんだけど――と思いながらも、「確かに当然よね"下僕"としては」と言う。


「………いいえ、私は彼の――」

 その先にどんな言葉が続くのかエリーは耳を澄ます。

 しかし、その言葉が発せられることはなかった。



「あ~ねさ~ん!姫さ~ん!」

 青みがかった髪に灰色の騎士風の服を着た男がそう叫びながら笑顔で2人の元へと走って来る。

 呆れた顔のエリーに、完全にその男が視界に入ってない金髪の女。

 腕を広げた男を避けてさらに前へと向う。


「あれ?」

 素通りされた男が腕を広げたままでいると長い白髪の眷属の男が抱きついて、「やぁ!!おかえり!」とヘラヘラとした笑顔で言う。


 男ばかりの集団の先頭を歩くのは、黒髪に黒い騎士風の服、黒マントを靡かせている。

 エリーが走って駆け寄る。そして対象的に、金髪の眷属の女はその場で立ち止まる。


「まったく、いつまで私を待たせる気なのかしら――」

 無理やりに体を黒騎士風の男の前に横に寝かせて預ける。


 男はエリーを抱えフワリとドレスが腕に収まる。

 彼女の顔を一瞥した男は鼻を彼女に近づけた。


「…紅茶…それに甘い香り――またお菓子を大量に摂取したのか」

 男は目を閉じたままそれを開くことをしない。

 エリーは頬を染めて「ちょこっとだもん」と言う。


「……ん?お前も来ていたのか」


「はい」

 男の言葉に金髪の眷属の女が返事をする。

 エリーを抱えたまま男は金髪の眷属の女に近寄るとその瞳を開いた。

 朱色と翠色の瞳の男は口元は変化しないが、目元が笑みを浮かべる。


「お帰りなさいませ――ロノ卿」


「ただいま――マリーシャ」

 2人の会話を邪魔するようにエリーがオッドアイの男に顔を近づける。


「ちょっとヤト!私よりその女の名前を先に呼ぶなんて!何!この女に気があるの?!」


「……それは重要なことなのか?エリー」


「と・て・も!重要なことよ!」

 エリーの言葉に男は言う。


「次からは必ずキミの名から呼ぼう。このヤト・ロノ・R・デルフィーの名において」

 彼こそ、BCO日本サーバー最強のプレイヤー"ヤト"であり、この世界で真祖と呼ばれる強者の一翼である第8真祖。

 勿論彼さえも"作られた記憶"を持ち、この世界でそれになりきって生きている。

 本人はそうとも知らずに―――


 ヤトとエリー、第7真祖と第8真祖はこの世界では恋人と呼ばれる仲。

 その周りにいる眷属たちはエリーが血の契約で従えていた者たちだった。

 "だった"というのは、彼らの支配はすでにヤトへと移っているからだ。


 それが33年前。彼らの記憶ではそうなっている。

 しかし、彼の行動や言動はその記憶から徐々に外れてきている。

 それを気にしているのは彼の周囲にもいるが、一番気にしているのはおそらくシステムの各所。

 プレイヤーの目に見えない所で、彼の行動一つ一つにシステムも世界全体のバランスを保つのに必死に調整を加えている。


 本来第8真祖が振舞う行動を彼がしないため、その他のプレイヤーの記憶調整が日々違和感を感じない程度で行われている。

 しかし、その違和感はヤトにとってはハッキリと感じとれるものだった。そして疑い始めていた――世界を。


「………エリー…キミはまた少し」


「重くなったとか言わないわよね」

 エリーの言葉にヤトは、「まさか――」と言う。


 彼がエリーに言いたかった言葉は"少し髪の毛に違和感がでた"ということだ。

 この世界はVR、現状髪の毛はシステム的処理が他に優先を設定してしまえば、一本一本自然な動きができなくなり纏めて処理されることになる。

 優先度が記憶の調整に傾いてそういった部分が疎かになっているのだ。

 その違いを気にするのもおそらくはヤトだけだろう。


 ヤトは視線を空に向ける。

 しかし、それは空を見ているのではなく、その先――――


「……………見ているのか…俺たちを」


「なに?」


「…いいや、別に。ここで立ち話もない。さっさと家に入ろう」

 そう言ってヤトはエリーを抱いたままビルへと歩きだす。

 その後ろから彼がマリーシャと呼んだ女眷属と10人の男の眷属がついて行く。


 数時間前に数分かけて階段を上ったエリーだがヤトは階段など使わない。

 高度文明の産物であるエレベーターで上へ上がる。

 その中で白髪長髪の眷属の男がソワソワして、同じく白髪長髪の真祖がプルプルと震える。

 エリーはエレベーターが苦手で普段なら絶対に使わない。

 ついさっきエリーが跳び下りた時に、先にマリーシャが下にいたのもこのエレベーターを使ったからだ。


 数十秒足らずで20階まで着くとようやくエリーはホッとした表情を浮かべる。

 エリーを抱えたヤトは彼女が寝ていたソファーのある部屋へ入り、そのさらに奥にある寝室へと向う。

 部屋の前で男たちはそれぞれ別の部屋へと入り、青みがかった髪に灰色の騎士風の服を着た男だけが背中に背負った包みをソファーに置くために入る。

 ヤトとエリーが寝室へ入るとマリーシャはその扉を閉めて部屋の前に立つ。

 そんな彼女に青みがかった髪に灰色の騎士風の服を着た男が話しかける。


(あね)さん…このあと2人はなにするんでしょうかね」


「……………」


「一週間ぶりくらいだからきっと絡まって絡まって~」

 男の言葉にマリーシャは表情すら変えない。

 そして、しつこくヤトとエリーのことを言ってくる男についに口を開いた。


「――しているでしょうね」


「はい?」


「2人はきっとセックスしているわ。…………なに?変な顔して。子どもじゃないんだからセックスぐらいで騒がないで」

 その言葉に男は、「…ですよね――」と苦笑いを浮かべて彼女の前を立ち去る。

 そして、1人になったマリーシャは呟いた。


「面倒ね…子どもみたいな大人って――」


 部屋の外でそんなことが起きていることはヤトもエリーも知らない。

 寝室ではエリーがキングサイズのベットでヤトがくるのを待っている。

 ヤトは寝室の奥のバスルームで体を洗っている。


 本来この世界では体臭や何かの臭いが体から発することはない。

 しかし、彼は水が体を伝う感覚が好きでそうしているのだ。

 そうして体を洗い終えたヤトは、髪の毛が濡れている状態を再現しているからか、髪を拭きながらバスローブ姿でエリーが寝ているキングサイズのベットに腰掛けた。


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