3 自由(秩序)な世界
君の名前を聞いてもいいかい?
男は笑顔でそう言った。
「ヤト」
「ケージェイだ」
差し出された手。
普段ならこちらから差し出すことはないが、事が事であるため右手を差し出す。
165の俺と比べると男は190ぐらいはあるだろうか。
「ヤト…みんなも聞いてくれ!」
男は注目を集めると、これからどうすべきかを話し始めた。
「俺たちテスターの有利は今一番発揮されている。今を逃せばいずれ数で勝る非テスターたちが有利となるだろう」
「だからってどうすんだよ!」「非テスターの数を減らすのか?」
「いいや、違う。最初に作るのはギルドだ」
男の言葉にその場の多数が首を傾げる。
「すまない、言葉を間違えたかもしれない。ギルドと言ったが作るのは"最強のギルド"だ」
男の言い分は"圧倒的な抑止力"を作るということなのかもしれない。
「一つのギルドにテスターも非テスターも従う。いいや、決まりを反しない限りは得をすると言って聞かす」
「一万人のプレイヤー、その上にギルドを作るとして上限が200――」
メガネの男がそう言う。
単一のギルドで200という定員は多い。VRMMOでは珍しいが、もしかすると大規模なPVPを予定しての設定を匂わせている。
「テスターだけでギルドを作って、それでどうするんだい?」
メガネの男の言葉は当然の質問だ。
たかが単一のギルドでは8000ものプレイヤーを力で云々は無理がある。
「今、頭で"無謀だと"思い浮かべたなら、まだ発想が足りない」
ケージェイは指を立てて言い切る。
「8000人にギルドを作らせる。ギルドマスターは1人だ1ギルドに対し上限200。40ギルドに40人のギルドマスターなら御し易い」
1人で200もの人間を仕切ることなどできはしない。
8000の中でそんな資質を持った人が何人いるだろうか。いいとこ十数人だ。
「人は誰かに導かれなければその場で足踏みをし続ける。希望と自由を与えてやれば彼らは水を得た魚のように泳ぎ始める」
「非テスターたちが一斉に敵対したらどうする。8000人ともなるとどうにもならないだろ?」
俺がそう言うとケージェイは腕を広げてみせた。
「彼らは自由だ!好きなもの同士でギルドを作って好きなように過ごせばいい」
それなら不満を持つことはまずない。が、一部ではやはり不満が現れるだろう。
「それでも敵対する奴が出てきたらどうする気だ?」
メガネの男の質問は的を射ている。不満は増幅し伝染する。
「もちろんその不満は沈静化…いや、鎮圧しなくてはいけない。自由の対価に彼らにはこちら側に協力を要請する」
つまり、不満を持った集団をテスターと非テスターで罰するということ。
「非テスター同士で律しあうのか…それなら不満がテスターに偏らないな。僕はその考えに賛同するよ」
メガネの言葉に他のテスターたちも反応する。
「俺も」「俺も賛成だ」「まずはテスターに説明しなくちゃならないだろ?」
「どうだヤト?この考えに不満があれば聞きたい」
「………不満――」
不満などない。が、上手くいく保障もない。全ては仮定の段階だ。
「実際にやってみないと上手くいくかは分からない」
なら、やってみようじゃないか――
ケージェイの言葉に俺は少しだけ悩んで右手の拳を突き出した。
「ならすぐに行動しないといけない。時間は待ってはくれないからな」
「そのつもりだ――」
拳と拳がぶつかり合い、俺たちは互いに同意しあった。
その後、ケージェイとフレンド登録を済ませた俺は、その時初めて彼がKJと書いてそう読むのだと知る。
転移ポートでそれぞれテスターたちを集めながら、俺たちは8000人のいる始まりし街へと向かった。
始まりし街に転移すると、そこは人で溢れかえっていた。
広場はそれなりに広いはずなのだが、さすがに1万の数が集まると狭く感じてしまうものだ。
「責任者だせよ!!」「どうすりゃいいんだよ!」「怖いよ」「お母~さん!」「誰か助けてぇ…」
今にも割れそうな風船。
誰かが鋭利な物を突きたてた瞬間割れてしまうが、現状にそれらしき者はいない。
俺たちがそうなるかもしれないが――
群集の中をKJは先頭に立って進んで行く。
その後ろに俺が付いて歩く。
将来的に何かのイベントで使うであろう、今はまだ何も載っていない台座に飛び上がった彼は、声を張り上げて注目を集める。
「きみたちは!現状を理解しているか!」
騒いでいた集団が一斉にKJに視線を集める。
テスターだぞ…。テスターだ。そんな声がヒソヒソと囁かれ、呟かれる。
「我々は現在!このBCOの世界に!囚われてしまっている!」
自身の置かれた状況を知る術が、あのピエロ言葉だけでは不安になっても仕方がない。
「今も!何人か!突然な強制ログアウトしていることを確認している!」
もし自分が、この視線に晒されたとして、こんなにも堂々と話すことだできるだろうか。
「リアルでHMCを外したことによる強制ログアウト!彼らの安否は不明だ!」
ここで死ねば元の世界に帰れるだろ!
そんな誰かの言葉にKJは一つの打開策を打ち出す。
「死ぬな!今ここで死ねばリアルで本当に死ぬのかもしれない!一日だ!一日待てば分かる!」
なにを根拠に言ってやがる!
そうよ!一日待ったからってリアルで死んでいる証拠にはならないわ!
「証明にはなる!」
KJの言うとおり証明にはなる。
現在ここにいる人間が一日経っても変わらずここにいた場合、向こうで"そういったこと"が実際に起きていなければ説明がつかない。
話に納得した声が上がる中、1人の男が声を荒げる。
「わいは!騙されへんで!あんさんらテスターは殆どがデータ引き継いどる!一日が二日!二日が三日ってなって!そん間に!上手い狩場やらでレベル上げる気やろがい!」
茶髪に今時の髪型をした男の言葉に、一度は落ち着いた空気が再び燻りだす。
「前にも似ぃた事件で!ベータ上がりのテスターが!そうやって新人を出し抜きよったって聞いたで!」
過去の事件の当事者の一つの見解だろうが、そういうことをしたβテスターがいたと本か記事で呼んだ記憶がある。
その事件をきっかけに、日本内では"β"という言葉の使用をFD環境下のVRMMOでは控えるようになったのも事実だ。
「そうだ!俺も聞いたぞ!」「俺たちを騙すつもりか!」
騒ぎ出す群集、それを収める手段は少ない。
言葉による説得か、もしくは、力による説得か。
徐にKJは背中に背負った俺の身長より少し小さい大剣を手に取り、横一線に薙ぎ払う。
空気が広場全体に行き渡って肌がピリつく。
大剣を肩に乗せたKJは笑顔で言った。
「今更遅い!もうキミたち非テスターと私たちテスターには大きく差がある!」
過去の事件とは違う。
過去の事件では経験に差はあったが、スタートが一緒だったために、βとそうでない者で競争が起きた。
しかし、今回で言えばすでにスタートのラインが違う。
しかも、過去の事件では、"仮想世界に囚われる"ということ事態が初めてだった。
だが、今回はその事件でなんとなく皆が想像に得難くない物を始めから持っている。
「私たちはキミたちを見捨てない!こうしてここに立っていることこそが―――」
――その証だ!




